第7話 元カノの計画

 そういうわけで、晴れて(?)、俺と内川は協力体制を築くこととなった。

 両片思い状態の宇佐美と鷺坂さんを、うまいこと、変にすれ違ったりしないように誘導して、くっつける。


 大したことじゃあないかもしれないが、なんせ宇佐美は男子校出身のぽんこつである。わざわざ内川がついているということは、鷺坂さんも似たようなもんだろう。あれ、あいつ内川女子校出身だよな。まあそのへんはおいおい確認すればいいことだ。


 それよりも、どうせ協力するなら、割と急いだ方がいい案件がある。

 まだ電車の中だけど、忘れないうちにやっておこう。


   佐谷賢一   :とりあえず、なんだけど

   うちかわはるか:取り急ぎ


 枕詞を送りつけた次の瞬間、向こうからも枕詞が届いた。

 ……なにこれ。同じタイミングで似たようなこと考えてたってこと?

 協力者としては最高なのかもしれないけど、相手が元カノだから嫌な感じが先にきてしまう。


 まあでも先に言い出したの俺だからな! はいこの勝負俺の勝ち! 勝利!


   うちかわはるか:サークルね

   佐谷賢一   :サークル、どうにかしないとな


 おい。そこ割り込んでくるのかよ。ふつう待つところじゃないのかよ。

 俺がなんか出遅れたみたいになってるじゃないか。一発目で勝ったの俺なのに。


   うちかわはるか:真似しないでよ

   佐谷賢一   :いや割り込んだのそっちだろ

   うちかわはるか:はあ……

   佐谷賢一   :で、どうするんだ


 サークル活動。

 高校までの部活動より幾分ゆるいイメージがあるけれど、「大学生活4分の2説」の要素の1つになっているくらいには重要だ。

 なんでも、勉強、バイト、サークル、恋愛のうち、成功できるのは2つまでらしい。俺にはまだ全然ピンと来ないけど。キャパシティの問題なのかな。


 で、だ。

 そもそも宇佐美と鷺坂さんが同じ学部に進学したところからして幸運なことだし、1年時のクラスが一緒だったのはもう超特大ラッキーだと思うけど、来年以降、専攻とかが始まったらきっと離れ離れになってしまう。

 そうなる前に、ふたりの縁を、確実に繋いでおく。あとほら、サークル入ると一緒に合宿行ったりして接点増えるだろうし。


   うちかわはるか:そんなの決まってるじゃない

   うちかわはるか:おんなじところに入れるのよ


 内川も同じ考えのようだ。うん。合理的だからね。うん。一致したって何の問題もないよ。


   佐谷賢一   :鷺坂さん、どこ入りたいか聞いてる?

   うちかわはるか:見学行ったところでまだ迷ってるみたい


 どっかのサークルの先輩は「サークルなんてノリだよノリ。うちは年会費もないし、ふらっと決めてふらっと抜けたっていいんだからな」とか言っていたけれど、やっぱりどうしても一度入ると抜けにくくなっちゃうだろうから、4月のうちにたっぷり悩んでおくという姿勢はわかる。


   うちかわはるか:宇佐美君は?

   佐谷賢一   :たぶん同じ

   うちかわはるか:そう

   うちかわはるか:じゃあ、提案があるわ


 彼女はそう言うと、計画の説明を始める。

 ……悔しいけど、悪くない計画だと思ってしまったので、同意をした。明日決行だ。


 * * *


 さて、翌日。

 4限がクラス単位で受ける必修の授業だったので、教室に4人が揃っている。


 とはいえ今日は、俺-宇佐美の座った席と内川-鷺坂さんの座った席の間には3列くらいの間が空いている。

 さすがに隣接してやったら不自然すぎるからな。


 さて。講義も終わったことだし、作戦行動開始だ。

 席でうーんと伸びをしている宇佐美に、心もち大きな、、、声で話しかける。

 帰り支度は、まだ始めない。


「そういえばさ、宇佐美」


「ん?」


「サークル、どうすんの」


「あー、まだ迷ってて」


 同じようなやりとりを、3列前の内川も鷺坂さんに対して仕掛けているはずだ。


 宇佐美と鷺坂さん、お互いがお互いを意識していることは間違いないんだ。

 宇佐美の方は俺から見てれば明らかだし、鷺坂さんの方は内川から見てれば明らからしい。


 で、問題が。

 意識しすぎてまともに会話が成り立ってないんだよね。

 入りたいサークル聞く、みたいな仲良くなる方向の話は、お互いに意識しちゃってふええってなってる。

 なんなら履修が確定した授業の時間割見せ合うのでもふええってなってた。


 これじゃあいけないというのが俺と内川共通の認識である。

 せっかく興味というか趣味の方向も被っているのに。

 でもだからといって、俺らが聞き出してしまうのは意味がない。俺が宇佐美に「鷺坂さんはあのサークル入りたいらしいよ」なんて伝えたらどこから聞いてきたって話になってしまう。


「迷うよなあ」


「いっぱいあるからね」


 そこで、内川提唱のこの計画というわけだ。

 教室で、そこそこ大きな声でサークルのことを話して、宇佐美と鷺坂さんにも候補を言わせる。

 授業が終わった直後のごちゃごちゃざわざわした教室なら、会話が筒抜けすぎるってこともない。

 がんばれば、聞かせたいところだけ伝えることもできる。


「候補とかは?」


 ポケットの中のスマホが震えたのを確認してから、宇佐美に聞く。


「一応2択までは絞ったんだけど……」


「ほう」


「ラブコメ研と漫研なんだけど」


 どっちも初日に話を聞きに行って、その後食事会に行ったところだ。ふーん、その2つか。

 まあこれを俺だけが知ってても意味がない。不自然にならないギリギリくらいの今日一番大きな声で、俺は宇佐美の言葉を復唱する。


「ほー、ラブコメ研と漫研で迷ってるんだ!」


 すると、それに呼応するように(いや実際してるんだけど)鷺坂さんと向かい合う内川の声が聞こえる。


「にしても、漫画研究会とラブコメディ研究会のふたつね、なやむねー」


 ここまで所要時間1分くらい。我々、けっこう優秀なのでは?

 さっきスマホが震えたのは、「鷺坂さんから聞き終えた」という合図だった。どっちかを先に叫んじゃうともう片方が自分の意見変えたり引っ込めちゃったりするかもしれなかったからね。


 というか。

 なんだよこれ。宇佐美と鷺坂さん、迷ってる先まで一緒なのかよ。もう結婚しろよ。


「ちなみにさ」


 この偶然の一致をいじらないのはもったいないので、宇佐美に一歩近付いて耳元で小さく言ってやった。


「鷺坂さんと一緒のとこじゃなくていいの? 候補被ってるみたいじゃん」


「え……さぎ、さかさん?」


「内川――さんが言ったの聞こえただろ」


 っぶねー。呼び捨てにするとこだった。


「あう……」


 整備不良のロボットのように、かくかくとぎこちない動きで鷺坂さんの方に目をやろうとする宇佐美。

 俺もつられてそちらを向くと、赤いメガネの奥の瞳を真ん丸にしてしまってるちっこい女子の姿があった。

 もしかしなくても、このぽんこつなふたりが目を合わせてしまったようだ。しかもお互い(のサークル)を意識させられている時に。


「っん」


 たまらず妙な声を上げ、机に突っ伏してしまう宇佐美。鷺坂さんも耳を真っ赤にして、うつむいた顔を両手で隠してしまう。


 え? 俺は内川と目線合わせたりなんてしないよ。誰がするか。

 ……まあでも、お互いよくやったよな。ぽんこつなふたりがまだ下を向いていることを確認してから、サムズアップをしておいた。

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