第5話 元カノと計画失敗
そして、宇佐美と鷺坂さんの間に何の進展もないまま。
2週間が過ぎた。
みんなサークルもぼちぼち決め始め、履修も決まって、そろそろ「一緒に行動する仲良しグループ」みたいのも形成されてくる頃じゃないだろうか。
そんな中、彼らふたりはと言えば。
「お、おはよう……」
「あ、おはよう……」
(ふたりして黙り込んで席に座る)
毎日こんな調子であった。これじゃあ恋愛するしない以前に、友人関係の構築すらままならない。
ちゃんと挨拶ができているだけでも上出来かもしれないけど、見ててやきもきする。そして、毎朝ずっこけるのはもうやめにしたい。
今日は、1限から必修の授業で、クラスはみんなちゃんと出席するはずだ。まあ、鷺坂さんはそうじゃなくてもちゃんと出てくるタイプみたいだけど。ともかく、今日はとある作戦を宇佐美に伝えてある。
そして、その作戦の前提条件である「鷺坂さんの隣に座る」は達成できている。
そもそもここ一週間くらい隣どうしにはなれてるから、順当なんだけどね。
鷺坂さんがまともに関わりを持ったクラスメイトが宇佐美だけだったらしく、なんか、自然と、「話はしないけどとりあえず行くあてもないので近くに座る」みたいな、そんな雰囲気ができあがっている。宇佐美からしてみれば割とラッキーだよな、これ。
1限の教室には、3人掛けの机がいくつも並んでいる。
真ん中を空けて、右側に宇佐美、左側に鷺坂さん。それぞれの後ろに俺と
……なんで俺は元カノとおんなじ机に座ってるんですかね。前列のふたりが挨拶しかしないのと同じように、俺らも全然会話しないから問題はないんだけど。
単純に、毎日不機嫌そうな顔を俺にだけ見せてくるのがしんどい。
ほんと器用だよな、その才能もっと別のところに使えよ。
まあ愚痴はこの辺にして、宇佐美と鷺坂さんの様子を見守るとしよう。
教室に先生が入ってきて、講義を始める。
「はい、皆さんおはようございます。そろそろ大学にも慣れてきましたか? 今日からこの講義も、本格的に始めていきますね」
前回はなんか軽い説明だけで終わっちゃったからな。
「それじゃあ、教科書の32ページを開いてください。まだ買ってない人は……次回までにちゃんと買うこと。今日は隣に見せてもらって」
そう。教科書をまだ入手していなかったり忘れた人は、隣の席の人に見せてもらうことができるのだ。
しかも、席と席の間隔が空いていると見せづらいから、宇佐美か鷺坂さんかどっちかが真ん中に詰めて、ふたりの距離が(物理的に)縮まることも期待できる。最強かよ。
宇佐美には、「教科書忘れたふりをしろ」と伝えてある。鷺坂さんに見せてもらえよ、と。俺と宇佐美母の助力があるから、実際何か学用品を忘れるなんてことはありえないんだけど。まあいい。
さて。ちゃんと鷺坂さんに話しかけられるかな? あ、俺は絶対に見せてやんないぞ。
「さ……さぎ……」
「それじゃ聞こえないぞ」
ぷるぷる震える声だったので、後ろの席からこっそり耳打ちしてやる。小さすぎるって。叫べとは言わないけどさ。
「鷺坂さん」
「宇佐美くん」
びっくりしたのは、まったく同じタイミングで、鷺坂さんが宇佐美を呼んだことだ。
……え?
「あ、ご、ごめん……お先どうぞ……」
「いやいや! こっちこそ! ほら、鷺坂さんから……」
なんだこいつら。なんでこんなシンクロしてんの。
「えっと……その……ね。教科書、忘れちゃって。見せてくれたらなー、なんて……」
「俺も」
「えっ」
「俺も忘れちゃった」
「そ、そっか……しかたないね……」
捨てられた子羊のような目をした鷺坂さんは、ちらっと
「え、えっと……それじゃあ、さ、佐谷くん」
俺の手元の教科書をじぃっと見てくる。え? 俺ですか?
「わたしたちふたりに、貸してくれたりなんて、しない……よね」
なんだこれは。
なんで引っ込み思案な鷺坂さんが俺に頼んでくるんですかね。それより前に内川の方が――って、まさか、ね。
「え、えっと……」
どうすりゃいいんだこれ、なんて悩んでいると、内川が口を挟んでくる。
「あたしも教科書持ってるから、あたし達ふたりはこっちを見ればいいでしょ」
つまりあれだ。
建前上、今、教科書は後列に2冊、前列に0冊あることになっている。
後列にある1冊(俺所蔵)のものを前列に貸してやれば、1冊ずつになって、どっちの列も公平に見られるようになる、と。それはわかる。
どうして俺に貸させるんだよ、まったく。
というか、宇佐美から聞かれたんだったら「かばんの中もう一度探したら?」って言えるのになあ。
これじゃあ、断れない。
「ん、いいよ。はい」
鷺坂さんに自分の教科書を貸す。で、俺が見るべきは内川の教科書なわけだが――
内川、なんでお前、机の自分寄りの場所で開いてるんすかね。授業中だしあんまり騒ぎ立てることはしたくないから、おとなしく移るけどさ。
でも、貸すまでは仕方ないにしても、ずれるのまで俺にやらせるのはちょっとおかしいと思う。
腹いせに、内川の開く教科書の余白に、シャーペンで落書きを始めた。
貸したのも俺、動いたのも俺かよ
すると。隣の内川もペンを手に取り、さらさらと返事を書き込んでいく。
いいでしょ別に。大した手間でもないでしょうに
どうしてお前と肩を並べて教科書見ないといけないんだ
それはこっちのセリフよ
はあ
あんたが余計なこと仕組むから
わざと忘れさせたでしょ?教科書?
聞いてくるってことはそっちもなのか
まあ、ね
んでこんなめんどくさいことになったと
ええ
そっちのせいでもあるよな?
いいや、あんたのせいよ
お前のせいな。よくわかった
だからあんたのせいって
はいはい、悪いって認めてね
後半になると、相手がメッセージを書き終える前に手を伸ばして、買い言葉を返していた。
ついついエスカレートしまった――というよりは、明らかにペンを動かしすぎだったのだろう。
気が付いたら、鷺坂さんがこちらのを振り返ってにこにことしていた。
俺たちふたりが彼女に気付くと、ルーズリーフを取り出して、さらさらとこんなことを書いて渡してくる。
やっぱり、ふたり、仲いいよね?
否定の言葉を叫ぼうと思ったが、今は授業中。首をぶんぶんと振るだけに留める。
――隣の内川も、全く同じ事をしていた。
ほら。
ルーズリーフに追加で書かれたのは、こんな文言。
だから、違うっての!
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