第4話 元カノと久しぶりの会話
「さて、行くか」
食べ終えた弁当の容器をごみ箱にシュートして、校舎に戻る。
えーと、まずは……一番近いのは文藝の会か。階段を上って……203、ここだ。開けっ放しのドアの前に、チラシを持った先輩が立っている。
「こんにちは! 文藝の会です! チラシだけでも!」
"芸"じゃなくて"藝"なあたり、文学的な感じがする。
「いや、ちょっと興味あって」
「ほんと? やった!」
「あ、後ろのこいつが」
宇佐美をすすっと突き出す。
「……君は?」
「付き添いです」
よくあることなんだろう。そっか、とつぶやいた先輩はチラシを俺たちに押しつけ、教室の中にこう叫んだ。
「
……ん?
俺の疑問は、すぐに解消されることとなった。
「あっ」
説明ブースのようになっているところで、まさに今着席しようとしていた二人組がいた。どっちも女子だ。
片方はちっこくて黒髪ロングで赤いメガネをかけていて、もう片方は茶色のポニテでこちらにキッと視線を向けてくる……あれ? あっ。彼女らを認識した瞬間、自分の喉の奥から変な声が漏れるのがわかった。
いや。だって。
鷺坂さんと内川さんじゃないっすかー。
なんでこんなところで会うの? なんで同じサークルに興味持ってるの?
しかもなんでタイミングまで一致するわけ? ……なあ。
隣では鷺坂さんを見つけた宇佐美が固まっているし、鷺坂さんの方も目を大きく見開いて硬直状態だ。いやいや、君たちね。もう少しなんか反応があるでしょう。
とまあこんな具合に、4人とも大きな反応をしてしまったので、文藝サークルの先輩の方々はきょとん、である。
このまま「いやなんでもないんです」じゃあ収まらない状況だ。
「ん? どうしたの?」
先輩が心配そうにこちらを見てくる。
最悪宇佐美を矢面に――ダメだ、固まったまま耳を赤くしてやがる。鷺坂さんも役に立たないだろうし、これは、あれか。
俺が、
「あー、いや。おんなじクラスの人がいたので。びっくりしちゃいました」
「あの子たち?」
「そうですそうです」
心の中でため息をついて、覚悟を決めて、あいつの方に向き直る。
顔には笑顔――とまではいかないまでも、普通の表情を無理やり貼り付けた。取り繕えてる……といいなあ。主に鷺坂さんを騙せてれば上出来だ。
「こんにちは、同じクラスでしたよね、えっと……内
(なんでこんなとこいるんだよ。そもそも大学一緒とか聞いてないぞお前)
表情は変えずに、視線だけで
「内
(あんたこそなんでいるのよ。早く帰って)
無理だった。そしてなんか副音声が聞こえる気がする。まあ、こっちも不自然にならない程度に念を乗せてるのだが。
「佐
(お前その刺々しいのやめろ。あと読書は嫌いって言ってたよな)
「ああ、それは……
(別にあんたには関係ないでしょ。あたしは興味ないわよこんなの)
実紀って誰のことかと思った。鷺坂さんの下の名前か。
「へー、奇遇だね。俺も宇佐美についてきたんだ。高校が一緒でさ」
(別にお前に興味なんてねーし。こいつに付き合ってるだけだから)
という応酬をひとしきり終えて、宇佐美の様子を見る。……硬直している。
鷺坂さんはどうだ? ……やっぱりフリーズしてる。
ダメだこいつら。
そして。
俺と内川が繰り広げた念の殴り合いを遠巻きに見守っていた文藝の会の先輩が、おずおずとカットインしてくる。
「え、えっと……仲、いいんだね?」
はい? 話の内容聞いてました?
表面的にも(そして副音声的にも)仲いい要素ひとっこともなかったと思うんだけど……?
「仲良――」
反射的に、「仲良くなんてないです」なんて言いかけてしまった。やっべ。
内川だけなら罵倒くらいどうでもいいし、先輩方も別にサークルに入らなきゃいいだけだからどうでもいいんだけど、鷺坂さん(と宇佐美)の前で喧嘩を始めるのはまずい。
「――くはまだないけど、なれるといいね、内川さん」
(しゃーない、ここは一時休戦。上っ面だけだけどな)
「趣味合うかはわかんないけど――よろしくね」
(今のはあんたのミスでしょうに。ほんと最低)
目は合わせずに、不機嫌そうに揺れるポニーテールを見ながら、握手を交わす。
仮にも元カノだというのに、手と手を触れ合わせたのははじめてだった。
はじめて握る女子の手は、思っていた以上に、華奢で、ひんやりとしていて。
強く握ったら壊れてしまうんじゃないかなんて思ったけれど、やっぱり憎いのでそれなりの力を込めておいた。
「いや、仲いいじゃん」
隣の宇佐美がぼそっとつぶやいた台詞は、聞かなかったことにしておく。
* * *
結局、「知り合いなら一緒に説明していいよね?」ということで、4人仲良くサークルの説明を受けた。部誌を作ったり学園祭に出たり部誌を作ったり部誌を作ったり、なかなかアクティブなサークルのようだ。
名前からして古くから続いてるみたいだし、やっぱり伝統あるところはそれなりにノウハウとかが蓄積されてるんだろう。
「じゃあ、食事会でまた会おう! ばいばい!」
4月中に入会するサークルを決めるのがふつうのパターンらしく、授業が始まってからも、放課後にあたる時間に勧誘のための食事会が開かれるんだそうな。
今日は来てない人もいるから、また来てサークル全体の雰囲気をつかんでね、とは説明してくれた人の談。
勧誘って「今入部を決めてくれたあなたは! なんと年会費がタダ!」とかそんな感じでガツガツ押してくるイメージがあったけれど、別にそこまでではないみたい。
まあそうか。大学くらい大規模になると、会員不足とかそういう概念からはおさらばか。
さーて、次は。SF研か。
宇佐美を引っ張って目的の教室に向かうのだが――なんか余計なふたりがついてきてるな。
「下に行く階段は反対側だったよ」
(ストーカーやめてもらえます?)
「あ、あたし達上に行きたいから大丈夫」
(あんたらこそ、なんでこっち来るのよ)
「じゃあ一緒ですね」
(まさか……嫌だぞ)
こつこつと階段をのぼっていると、後ろで待望の初会話が成立したのがわかった。
「あ、あの、さ、鷺坂さん……」
「ひゃ……は、はい……なんでしょう……うう……宇佐美くん」
「次はどこに行くの?」
「えっ、えっと、えす……」
「もしかして、SF研?」
「あ、はい!」
鷺坂さんの声がぱあっと明るくなった。すげえ。
「そっかあ、一緒だね」
……いやそこでもう一言いっとけよ! 今ぜったいうまく会話続けられる流れだったでしょ!
まあでも。男子校出身にしては頑張った方と言っていいかもしれない。よしよし。
結局、 SF研の次は推理研、推理研の次は漫研、漫研の次は……と、ずっと宇佐美&鷺坂がシンクロしていたので、結局午後中ずっと一緒に行動することになってしまった。
彼らだけならいいんだけど、元カノが、内川が、いたんだよな。つらかった。
まあでも。
最低限の会話(次どこ行くとかそういう業務連絡だ)だけなら、そこまで苦痛ではなかったことを白状しておく。
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