第3話 友だちの目標
「で、だ」
ラテをひとくち飲んで、話を進める。
「宇佐美。お前、どうしたい?」
「?」
「いや、あのなあ……」
何をするにせよ、目標の設定は大事だ。
目標を設定しておかないと、自分がどう行動したらいいのかとか、自分の行動の成果が出ているのかとか、何も目安がなくなってしまうから。
もっと直接的に言わないとダメか。
「鷺坂と、どうなりたいんだ?」
「ひょぇ」
自分のことだっていうのにきょとんとした顔でココアをすすっていた宇佐美が変な声を漏らして、耳が一瞬で赤くなる。
名前聞いただけでそんなに反応しちゃうのかあ。こりゃ前途多難だなあ。
「まって」
「俺は別に彼女には興味ないけど。他の人はそうじゃないかもよ?」
……実際のところ、あの娘、地味な感じだからそこまで人気が殺到する自体にはなんない気もするけどね。
いやほら。ちょっとくらいは焚き付けた方が面白いことになりそうだし。
「え? そう……そう……か。かわいいもんな……」
ちょっとくらい地味な方が実は人気出るらしいぜ、なんて出任せを言うまでも自己完結しましたよこの子。
ほんとなんなの。どんだけ惚れてんの? いっそ羨ましいわ。
「はいはい」
わかってるって。好きなんだね。はい。幸せになって。末永くお幸せに。
……というか、万が一にも傷心なんかされたら俺だって困るもん。
「うう……そりゃ……」
「そりゃ?」
「そりゃ、好きだよ」
「好きで?」
「お近づきに、なりたい、けど」
「ほーん。じゃあ友達になれればいいんだ」
「ともっ……」
いや正直さ、男子校でおとなしめのグループの方で何年も暮らしてるとさ、女子と友人関係築くだけでも大がかりな仕事だよな。
俺も宇佐美も、文化祭でうぇーいってやるタイプではないから、ね。あとはお察しください。
「トモダチ……」
"友"という概念をはじめて知った宇宙人みたいに、口をぱくぱくさせてしまっている。
……いくら純粋培養男子校生とはいえ、さすがにうぶすぎる気もするけど。
「おーい?」
そのまま何も言えなくなっている宇佐美の目の前で手をひらひらさせる。あ。再起動した。
「……うん。友達、なりたい」
「恋人じゃなくていいの?」
「……まずはお友達からでお願いします」
「まずは、かー」
にやにや。
「ほっとけ」
「はいはい、がんばろうね」
「ぐぬ……」
「それじゃあ目標を立てよう」
なんて偉そうにリードしているけど、俺だって女子とお近づきになろうとしたことなんて
……まったくないわけじゃないけどさ。
それでも、少しでも宇佐美に協力しようとしているのには理由がある。
同じ高校出身のよしみってのは当然あるんだけど、それ以外。
俺は、宇佐美に、傷ついてほしくないのだ。変に失敗してほしくないのだ。……俺みたいに。
いやほら、だってさあ。
宇佐美は、小説が好きで。読むだけじゃ飽き足らなくなったらしくて。
高校生になったくらいから、こいつは小説を自分で書いている。恋愛小説。
ウェブ小説サイトにアップしてて、俺にも教えてくれたんだけど、これがまた良くてね。ファンタジーどかーんみたいなやつではなく、かといってラブコメどったんばったんおおさわぎでもなく、なんというか、ただカップル未満のふたりがいちゃいちゃしてるだけなんだけど。だがそれが良い。
「目標?」
で、だ。
もしこいつが鷺坂さんにフラれるようなことがあったら――
そんなことがあったら、こいつの生み出す良質な小説が読めなくなる可能性がある。傷心しちゃったら続きを書く気が起きなくなっちゃうかもしれないし、それどころショックで公開を取り止めちゃうかもしれない。
……それは、嫌だ。
「そうそう。いつまでに友達になりたいのか決めよう」
「えぅ」
こいつの小説に癒してもらった傷だって、いくつかあることだし。
守りたい、この心。
「……4年生、卒業まで?」
それに。
もしうまいこといって鷺坂さんとくっついたら、それはそれで小説の表現に磨きがかかりそうな気がする。ただでさえ"良い"やつがもっと"良く"なるためなら、俺は協力を惜しまない。
「友達になった瞬間離ればなれじゃないか、それじゃ」
「うぅ……」
「4月中な」
「は?」
「4月中に、彼女と――鷺坂さんとお近付きになって、お友達になること。いいね?」
* * *
勉強はほっといたらなぜかマスターしてるし、小説だってほっといたら書けるのに、人間関係はどうしてこんなにポンコツなんだか――それを導く俺もポンコツなあたり、このコンビ大丈夫かねえ。
今後の行動目標が決まったところでカフェを出て、俺たちは大学に戻ってきていた。
「帰るんじゃなかったの?」
「明日の計画を練らないといけないだろ、下見だ下見」
いやー、他人のことだと気楽でいいわ。
「下見……?」
「明日の教室を、な」
明日もなんかのガイダンスがあるから、大学に来ないといけない。
クラス別に教室に詰め込まれて、話を聞くわけだけど――
不慣れな校舎の構造と教室の番号の振り方に戸惑いながら、明日の集合場所にたどり着く。
「ここか」
「見てどうするんだよ」
高校のホームルームとは違って席が固定でもないから、鷺坂さんの座るだろう机に何か仕込むとかそういうことは無理である。
でも、例えば。
クラスの人数と教室の大きさを照らし合わせれば、教室がどれくらい埋まるかは見当がつく。
……よし。これならいけそうだな。よかった。
「宇佐美」
「なんだよ」
「明日は別々に来るぞ」
高校が同じで最寄り駅も同じだから、今日は電車の時間を合わせて来た。ほっとくと心配だしね、迷子とかになりそうで。
でも明日は別だ。俺が一緒に来たら意味がない。
「えっ」
不安そうな目で見たって、別に俺の考えは変わんないっての。
* * *
翌日。あくびをしながら、ひとりで、大学に向かう。
今日は、朝の10時からガイダンスだ。
……ガイダンスって言っても、「未成年は酒飲むな」とか「おくすりやっちゃダメだよ」とか、そういう感じの大学生活の注意みたいな感じの内容が主体らしい。
普通なら退屈するところだけど――今日は宇佐美と鷺坂さんを観察するっていう面白い用事があるからな。
教育用ビデオを見るふりしてふたりを見てれば、飽きるなんてことはなさそうだ。
昨日の放課後に確認した教室に着き……まだ全然人がいない。それもそうか。
ともかく、一番後ろの列に陣取った。
宇佐美の小説の更新分を読んだり大学のシラバスをぱらぱらめくったりしていると、いつの間にか9時57分になっていた。ホワイトボードの前には、いつの間にか教員が立っている。
さて。そろそろあいつが来る頃かな。
ところで、普段の宇佐美はこんなギリギリには来ない。俺も、こんなに早くは来ない。
俺が1本遅延してもなんとか間に合うくらいの電車に乗って、宇佐美もそれに合わせる感じだ。
なんで今日に限ってこんなことをしてるのかっていうと、俺が宇佐美に指示を出したからである。
佐谷賢一:明日なんだけどな
佐谷賢一:ギリギリに来い
佐谷賢一:具体的にはこの電車
佐谷賢一:[画像を送信しました]
うさみ :えっ
うさみ :なんで?
佐谷賢一:いいから
佐谷賢一:俺を信じろ
今日使う教室は、人数の割に席数が少ない。ドアはホワイトボードを挟む感じで、前側に2つあるのにね。
はじめの方に来た人は、まだ友人関係も構築されきっていないから、ちょっとずつ間をとって席を選んでいく。
ところが、ギリギリに来た人はそうも行かない。間隔を取ろうにも、物理的に席数が足りないのだから。
彼らはどうするか。
そう。既に座っている人たちの、隙間をどこか選んで座ることになる。
ここがポイントだ。
選べる。選ぶことが不自然にならない。
つまり――宇佐美が、仮に鷺坂さんの隣を
これは、大学1年生が始まってすぐだからこそ取れる手法だ。
思いついた俺に宇佐美はもっと感謝するべきだと思う。
そういえば、鷺坂さんはどこにいるんだろう。シラバスに没頭してたからチェックしてなかった。
見た目的にちゃんとしてそうだから、さすがにもう来てると思うんだけど。
……あれ? いない?
きょろきょろしていると、
あいつは、俺とは違う列の一番後ろで腕を組んでいる。不機嫌オーラが漂っているのか知らんが、横にはまだ誰も座っていない。当然、鷺坂さんだって座っていない。ちなみに俺の隣には5分前くらいに人が座った。これが人徳の違いってやつよ。
あれー。内川が隣にいるだろうから前でも後ろでも座れたらラッキーだな、くらいには宇佐美に言ってたのに。
まさか本人がいないだなんて、これは想定外。どーしたもんかな。
……あ、宇佐美来た。ドアの前で立ち止まって、きょろきょろしている。鷺坂さんは残念ながらまだみたいなんだ、ごめんな。
と、その時。
とてとてと走ってくる音がして、宇佐美の入ってきたのと反対側のドアからひとりの女子が駆け込んできた。
ちっこい体、肩まで伸ばされた艶やかな黒髪。鷺坂さんだ。
まだ教室の前方にいた宇佐美も誰かが入ってきたことに気付いたらしく、そちらを向いて――
行け! そこだ!
俺は、心の中で宇佐美に念を送る。
隣に座りませんかって誘うんだ!
……あ。もう並びの席空いてないじゃん。開始ギリギリだから。
じゃあほらせめて! 俺のこと覚えてますかって! 聞こうぜ!
ほら! 行け!
宇佐美と鷺坂さんの視線が交錯した次の瞬間。
いや。
ひとことも話さないんか~い。
しかも鷺坂さん。君もだよ。明らかに君も宇佐美のこと意識してますよね? なんで挨拶もしないの?
こりゃあ、やっぱり、前途多難だ。
そう思いながら机に向かってずっこけると、横の方でもがたんと音がした。
机に上体を預けたままそちらを向くと――なんてこったい。また、
「それじゃあ、始めます」
宇佐美と鷺坂さんが慌てて手近の席に座り(結局はなればなれだ)、退屈なガイダンスが始まった。
にしても、なんで内川まで――いや、これは考えないでおこう。あいつと関わるなんて、もう金輪際お断りだ。
* * *
ガイダンスが終わると、昼飯にちょうどいい時間になっていた。
学食は混んでいたので、生協で弁当を買って、適当なベンチで食べることにする。宇佐美も一緒だ。
「残念だったな」
「僕はどうすればよかったんだよ、あれ」
「話しかけに行く」
「話しかけたところで席が空いてないんだが? 誰かさんのせいで?」
ちょっと肘でつっつかれる。
「鷺坂さんが早く来るのとギリギリに来るのと、どっちが確率高いと思ってた?」
「……前者」
でしょうよ。だって真面目そうな見た目だし。絶対早めに来ると思ってたよ。
まあ、その期待は裏切られたわけですが。人は見た目によらないって、このことか?
「じゃあ仕方ないな。はいこの話しゅーりょー」
「おい」
しっかりしてくれよ、という感じの視線を向けてくる。
いや、俺は悪くないってことが今実証されたじゃん。
「まあまあ、切り替えていこうぜ。この後はサークル見学だ」
いわゆる「新勧」だ。キャンパスの色んなところで、色んなサークルが新入生を手ぐすね引いて待っている。
昨日もらった冊子に一覧が載っていたけど、あんまり読んではいない。
「サークルって何があるの?」
「調べてないのかよ」
「研究室しか興味なかったし」
なるほど。
「部活と違って、趣味みたいなもんだろうし。なんかないの?」
「……小説?」
「なるほど。行ってみよう」
いくつかあった。文藝の会とかSF研究会とかミステリ研究会とか、書いてある。
それじゃ、午後は宇佐美をガイドして、創作系のサークル回ってみますかね。
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