第2話 元カノと自己紹介
大学に入ったらクラスなんて関係なくなると思っていたけど、一応、存在はしているらしい。
必要な書類の配布(クラス名簿も紛れていた)と教員からの説明が終わると、そのまま自己紹介が始まった。こういう時、名字があ行の人は大変だよな。宇佐美とか宇佐美とか。
「……なあ、何話せばいいと思う?」
前の席に座った宇佐美が、小声で話しかけてくる。
「知らん」
自己紹介でそんなに緊張するタイプじゃないでしょうに、君。
おおかた、
とはいえ、もう自己紹介は始まってしまっている。アドバイスできることはあまり多くない。……そうだなあ。
「具体的な作品名は出さない方がいいと思うぞ」
「えっ、だめ?」
「だめです」
理由も話す間もなく、宇佐美の番が回ってきてしまった。
釈然としない表情を消しながら、宇佐美が立ち上がる。
「
流れ的に出身高校くらいは言っとけよとも思ったけど、まあいい。事故ってはないだろう。
そして、次――
「
ポニーテールが弾む。さっきは気付かなかったけど、髪色が前よりちょっと明るくなっている。染めたのか。大学デビューなのか。
パンツスーツと大人びた顔立ちが相まって、なんだかキャリアウーマンのみたいな雰囲気まで漂わせているあたりが腹立つ。
「
何が腹立つって、こいつ、そもそも美人なんだよな。クラスで何番目にかわいい、みたいな例えは男子校出身の俺には難しいが、街で見かけたら首を動かして追ってしまうかもしれないくらいには顔立ちが整っている。
……当時男の園に幽閉されていた俺が血迷うには、それだけでも十分だったろう。ぐわあ。
「サークルはまだ決めてません、よろしくお願いします!」
俺とは目も合わせないまま、あいつは着席する。……まあ、それがいい。
非干渉――ができれば一番いいんだけど、どうなんだろう。逆に怪しかったら業務連絡くらいはしないといけないよな。
あーもう。気が重い。なんで新年度早々こんな気分になんないといけないんだ……
「……どうした? 頭でも痛いか?」
本来なら机に突っ伏して悶え苦しむところを鋼鉄の意志で押さえつけ、両手を頭に持って行くだけに留めたのだけれど、それでも宇佐美から突っ込まれてしまった。
「……いや、なんでもない」
終わったこと。あれは終わったことだ。
俺には一切の負債も債権もないし、あいつにだって何もない。
俺らの間には、ただちょっとした、不幸な、すれ違いがあっただけだ。
「それより、あの娘の名前、なんて言うんだろな」
「ひぇ?」
宇佐美の口から変に空気が抜ける音は、聞かなかったふりをする。
「なんのはなしですか」
「受験の日のことを俺がもう忘れたとでも?」
お前ほど天才じゃあないけど、この大学になんとか受かる程度には学力あるし頭のスペックだってあるっての。
「うう……忘れろ……」
「協力してやんないぞ」
「うっ」
「というか、
さっき自己紹介にアドバイスしてやったもんな。
そもそも、俺が知らない女子が「宇佐美くん……」だなんて言ってた時点で感づいてるよ。
「ぐっ」
なんて宇佐美をいじっているうちに、俺の番が回ってきそうだ。
えっと。次の鷺坂さんが終わったら俺だな。何話そう。
「ぇ……えっと……
前の席に座る宇佐美の体がびくんと跳ねて、耳がほんのり色づく。
がこんがこんと音が立ちそうな不自然な動きで、宇佐美は彼女の方を向いた。
どうやら。
俺の元カノの隣に座る、俺の友人の想い人の名は、鷺坂さんと言うそうな。
肩まで伸ばされた黒髪に、赤いフレームの丸眼鏡がちょうどいいアクセントになっている。
背は低く、服にも着られている感じで、気弱な雰囲気で――なんというか、小動物的なかわいさを感じた。
「漫画が……好きです」
あ。宇佐美、「好きです」に反応してる。なんだこいつ。やべえ。マジの惚れじゃん。
「えっと……ぁ……よろしくお願いします……」
ぱらぱらとおざなりな拍手の中で、鷺坂さんは席に戻る。
さて、次は誰だ……って。俺じゃん!
慌てて立ち上がったはいいけれど。
「はい。えー、
話す内容なんも考えてないよ。どうしよ。
「ケンイチは『賢い』と『
口が回るに任せたら、ひどいことになった。
誰もぴくりとも笑ってくれないでやんの。ねえ。自虐ネタだから笑いづらいのはわかるけどさ。
そんな感じで自己紹介が回り切ったところで、教員が解散を宣言した。
ぴくぴくして挙動不審マンになりかけていた宇佐美を引っ張って、教室の外に出る。
「えっと? 佐谷?」
「まさかいきなり告白に行こうとか思ってないだろうな?」
小声でまくしたてる。
「えっ」
そうするのが当然だと思っていた、みたいな顔をしたので、処置が決まった。
「よし、一旦撤退だ。落ち着け」
* * *
やってきたのは、今年2回目のご入店となるカフェ。
生協の食堂とかも行っておきたかったんだけど、適当に宇佐美を引っ張ってたらついたからこっちでいいや。
「何してくれるんだよう」
いつぞやと同じくココアをすすりながら、宇佐美が恨みがましい視線を向けてくる。
「いや、暴走しそうだったから止めただけ」
「暴走したっていいだろ! 僕は一回逃してるんだよ? 次いつ逢えるか――」
はあ。やっぱりな。
「ほら暴走してる。次は明日にでも会えるだろ」
「……へ?」
ガイダンスの続きがあるのだ。当然、クラス単位で。
話せるかはわからないけれど、顔くらいは確実に見られるはずだ。
「それもそうか……」
にしても、
鷺坂さんと、あと
そんなことを思ってしまったからだろうか。
ちょっと落ち着いた宇佐美を見守りつつスマホを取り出すと、何やらメッセージが届いていた。
もう一生見ることがないと思っていた文字列。
高2の俺の黒歴史。
元・彼女――
うちかわはるか:どうも、佐谷くん
うちかわはるか:相変わらずつまんない自己紹介ね
そういえば。
あいつと出会った時の自己紹介も、こんな感じだった気がする。
……なんてことを思い出させてくれるんだ。
「佐谷? 顔変だぞ?」
はっ。油断してた……
悔しいから、既読無視することにした。
だいいち、久しぶりの連絡があれっておかしいだろ。
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