夫の視点

会食後は寄り道をせず帰宅した。懐に拳銃を抱えているので職質に引っかかるとまずいと考えてのことだった。


家につくと妻の様子を確認する。カウチで寝ている。


ここ数日、妻は鬱状態でふさぎ込んでいる。父親…つまり義理の父が亡くなってから義理の母の干渉がひどくなってきたと自分でもわかった。アレは駄目、これをしなさい…そういうことには小さい時から慣れていたのだろう、妻も軽くいなしながら生活をしていたようだ。


その反動で今は何もしたくないんだろうというのがよく分かった。妻と母は簡単な共依存関係にあったのかもしれない。


寝室に入る。自分のスペース…過去の趣味で使った道具やら衣類がしまってある棚の引き出しを開けた。野球のグローブを取り出しその間に拳銃を隠す。その棚には拳銃の他にも銃身を短く切ったショットガンも隠してあった。仕事用とは違う少し新しいショットガンだった。


気が付くと扉の横に妻が立っていた。


「帰ってたの?」

「うん、収穫はあんまりなかったけどね」

「そのグローブに何を仕舞ったの」

「…拳銃だよ。次の仕事で使うんだ」

「会社から支給されたものでなくて自分で買ってきたものを?」

「会社が支給してくれない類のものをテストケースで使うんだ」

「床に弾が落ちてた、これは何?」

そういって妻はショットシェルを渡してきた。しまった、しっかり仕舞い忘れたものだと思った。

「これで私を殺すの?」

妻はぼんやりとした目を向けながら私に言った。

「いいや、少なくとも今は殺す理由がないから殺さない」

「じゃ、いつ?」

「君が死んだときさ」

「なにそれ」

そういうと妻は再びカウチに戻っていた。


予想以上に妻のうつ状態は悪化している。とはいえ病院に連れて行って適切な薬を処方してもらうことも面倒だし、何よりこのうつは一過性で終わるのか死ぬまで続くのか分からなかった。ただ、兄弟姉妹のいない彼女が繋がっている人間が自分だけになってしまったということは理解できた。


彼女を守らなければならない。何があろうとも。そう思いながら明日の出勤日の準備を開始した。

装備をまとめ必要なものをひとまとめにしたバッグはおいてある。それに今日仕入れたSIGのピストルを突っ込み自宅にある微量の弾丸を詰めた。


ひと段落してリビングに行くと妻が冷蔵庫から何かを出してきていた。葬式の残りものの寿司だと気づくまで数秒かかった。

「面倒くさいからこれでいい?」

「いいよ。あまり腹も空いてないし」

食器類を用意しレトルトの味噌汁を作り見栄えをよくした。


「ねぇ、社会復帰しようと思うんだけどどう思う?」

「仕事の話?金が足りない?」

「お金は十分。ただ…今の生活に飽きただけ」

「なるほど。目星はついてる?」

「全然。取り合えずパートから始めてみようと思うんだけどどう?」

「いいんじゃない。俺の仕事が影響しない仕事だったらウェルカムだよ」


自分の仕事の対外的な評判は知っていた。死体運び、家族を断絶させるもの、子殺し…そういった類の書き込みをネットの大型掲示板でよく見る。


「あなたの会社で事務とか…ちょっと考えたんだけど」

まさかの話を聞いて驚いた。作業班以外の仕事としては企業的にはホワイトの部類に入るので事務作業だけであれば問題ないとは思った。


「本気で興味があるなら紹介するよ。ペーパーワーク要員は入れ替えが早いからいつも募集しているし」

「じゃ聞いてみて。その方が話が早いし何より…あなたの普段が知りたいから」

なるほど、そんな面倒くさい理由が付いていたかと思うと少し後悔したが戦力的には悪くないだろう。前職から考えても守秘義務も守れそうだ。

「分かった。明日人事に伝えとく。そのうち連絡がいくと思う」

「ありがと」


静かなディナーを終えて書斎に戻り今日の出来事を整理する。

ロシア製の拳銃、サプレッサー、高田馬場の店、行方不明の韓国人女性、津村の家から持ち出されたPC一式、西新宿の整形外科…津村が何か考えていることは間違いなかった。

義母を殺したのが誰か、これは警察に任せた方がいいと思うが、津村の仕業だと考えるのは早合点だろうか。

そもそも津村はまだ「津村」なのだろうか。既に亡者になってその辺をうろうろしているかもしれない。病院から奪われた抗体は3本だった筈。そろそろ使い切っていてもおかしくはない。


そう思いつつメールボックスを開く。圭から今日の捜索結果の連絡があった。新宿エリアも高田馬場エリアも成果なし、逃げるとすると土地勘のある清掃の終わっていない南平台辺りではというのが圭の見立てだった。

個人的にはあり得ないなと思いつつ、明日からそのあたりを回らされることになると考えると虚無感に襲われた。あの辺りは面白いものは何もないと記憶している。


それとは別に圭からもう一通個人あてに連絡が来ていた。同居人(名前は書いていなかったが理解はしている)の鞄の中に不審なUSBを見つけた。捨てPCで開いたら同居人の盗撮画像が山ほど入っていたそうだ。


圭はメールの最後に「津村は生きている」と書いていた。間違いない、ヤツは生きていて会社の周りをウロウロしている。だが何のために?

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