託されし者
頭が重い、先週今週と身体を十分に動かせていない。そう思いながらデスクに突っ伏した。週明けから続く追跡オペレーションで時間外労働が続き恐ろしくストレスが溜まっている。
石川部長からは懲戒解雇を視野に入れて生きて連れ帰ることを厳命されていたが、ほぼあきらめていた。足取りは新宿の形成外科に現れたのを最後にぶっつりと途絶えてしまっている。この状況でどこを探せというのか。
形成外科の医師はクリニック内で殺されていた。死体の一部が持ち去られていたことが分かっていたが、概ね津村が「食べた」のではないかというのが会社の考えだということは皆理解している。
確かなのはそのクリニックで発信機を取り除いたこと、その後の処置が完璧だったことの二つ。その後は監視カメラが設置されていない非常階段から逃げたようでそこからの痕跡はきれいさっぱり消えていた。
どこをどう探せばいいのか、全く見当はつかない。本来自分の仕事は「人探し」ではなく遺体処理の筈だ。どうすればよいか…と考え思考の停滞を感じた。落ちると思いデスクに入っている抗うつ剤を2錠放り込む。これで暫くは神経をなだめられるだろう。
頭を切り替えて今日の日報を入力しながら今後のことを考えた。この仕事はいつまでできるのだろうか。
自分を犯そうとした男を殺したこと以外は何も特殊なことはない。憎しみをもって人を殺したわけでもないしアクシデントでそうなってしまっただけだ。それ以外は基本的に20代前半の女性と何ら変わりない筈だし、現職が少し特殊なだけで他のキャリアにもチャレンジできる。
今のキャリアを売りして本でも書こうかと思ったが、毎日アクティブになった遺体の処理とペーパーワークしか行っていない自分としては大した面白みもないものしか作ることはできないと思ったし、同業者で大々的にメディアに取り上げられた後に心を病んで自殺した人間も知っていた。
毎日続く遺体処理と家族の絆を断絶する日々。限界が近い。
今のまま圭と一緒に住むこと、それが一番簡単なことだった。ただし誰かと一緒に住んで長続きしないことは自分でもわかっていた。誰かが隣にいると眠れない、誰かの声を聞くと神経が研ぎ澄まされる感覚が分かる。
半年前から通っているメンタルクリニックで出される薬の量が増えた。仕事が仕事なのでフィジカルとメンタルの定期健診を受けることが義務化されているが、それとは別に定期的に通い投薬治療を受けていた。ここ数ヶ月どうも物忘れが激しくなった。
遺体の処理について勉強した、銃やナイフの使い方も学んだ、元々運動向きではなかった身体をトレーニングで改造した、それでも心を強くすることはできなかった。
来週のヘルスチェックで引っ掛かれば半年間の停職処分となってしまう。それまでに気分を上向きにしないと。
日報への記入を終えて帰り支度を始める。キャビネットから私物のバッグを引っ張り出してきて携帯や化粧ポーチなどを詰めなおしていたが妙な感覚を覚えた。朝見たとき順番が違う…恐らく誰かがこのバッグに手を入れたに違いない。
バッグを逆さにし全ての内容物を床に落とすとUSBメモリが入っていることに気づいた。誰のものかはわからないが少なくとも自分のものではない。圭に相談しよう、そう思い私物と一緒にバッグにしまい込んだ。
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