夫の視点

津村の足取りを追うか、それとも妻の回復をサポートするかの二択で迷っていた。本来なら後者の方を選択すべきだが、どうしても津村の足取りが気になる。

恐らく脱走の次の日かその日は何かを入手しているはず。であればその購入経路をたどるのが一番いいだろうと考えていた。


次の日からは義理の母の通夜、葬式等で忙しかった。喪主は妻だったが人前に出て話をするのは難しそうであったので喪主代行で話は自分がした。義理ではあるがよくしてくれた母だ、思い出や感謝の気持ちも沢山あったのでそれなりに想いの詰まった話にはなったと思う。


一通り終わったのが3日後だった。あれから妻は1日中動画共有サイトで過去に見たテレビ番組を眺めている。すっかり気が抜けてしまってただただ日々を過ごしているような感じだった。


「今日は何か食べたいものある?馬場のタイ料理屋でパッタイでも買ってこようか?」

「いらない」

「わかった。今日はその辺りで用事があるから」

そう言い残して家を出た。


津村の足取りを追うにしても追って何になるのかは微妙なところだった。ただ、休みを無駄に過ごすことも嫌だったので仕事に関係することをやりたかっただけだ。

一駅歩いて高田馬場のロータリーに出る。今日も学生でいっぱいだが、肌寒いこともあってか皆足早に屋内に入ろうとする。そのまま津村が行ったであろう店にたどり着いた。シャッターは閉まっていた。おそらく定休日なのだろうが、それにしても普段は開店などしていないと言わんばかりの門構えだった。

おそらくここにきているはずだが、店が閉まっているのであれば仕方がない。


そのまましばらく西早稲田のほうに歩き、別の銃砲店に向かうことにした。近所で営業していればいい話も悪い話も聞いているだろうと見込んでの行動だった。

入店早々カウンターにいた店主に声をかける。

「頼まれたもの入荷しているよ」

店主の丁はいつも通りはげ上がった頭を撫でながら笑顔を向けてきた。以前クレー射撃を嗜んでいたころから店には世話になっており、現在でも入荷した製品を眺めたり、仕事で使う道具についての相談に乗ってもらっていたりしている間柄だった。

元々は台湾出身で縦貫線に属する親分の一人だったが、勢力争いに敗れ日本に渡ってきた人間だ。アメリカへの留学経験があるインテリで、様々なネットワークを持ち日本では手に入らないものを輸入して儲けていた。

今は趣味である射撃関連商品を扱う店を隠れ蓑にして主に密輸品の中継で稼いでいた。

「いつも助かります。時間があれば駅前のタイ料理屋でもいきませんか?」

「いいね。こっちも話があったからちょうどいいや」


「馬場での殺し、情報収拾してる?」

不意に聞かれて驚いたが、界隈で話題になっているから当たり前だろう。

「ええ。被害者はウチのカミさんの母親です。できれば誰がやったかを警察より先に突き止めたい」

臆せず話したのは丁が確実に情報を持っていると踏んでのことだった。

「道具経由でたどり着こうとしているんだったら難しいんじゃない?マカロフでしょ?」

指摘は正しかった。マカロフなんてありふれた銃、北海道から沖縄まである。ほぼ旧式の銃だ、学生でも頑張れば買えるレベルの金額まで落ちてきている。

「そうですよね。いや、その線で丁さんに話を聞ければと思ってたんですが。正直お手上げです。」

本音だった。ここで手がかりがなければあとは警察に任せるしかない。


注文した食事が提供される。丁はガパオライス、自分はパッタイだった。

ナンプラーをざっとかけてがっつく。無駄足だったかと思いもらうものをもらってそのまま帰宅したかった。


「そういえば馬場のハジキの店の噂を聞きませんか?」

「あぁ、あそこね。あまり評判はよくないかな。ウチで面倒見てたけど辞めた人間があそこに行ったと聞いたよ。」

「何か噂を聞きませんか?最近何を仕入れたとかそういう話は?」

「いいや・・・あまり聞かないな」

そりゃそうか、派手に何かなければ話も聞かないだろう。もらうものだけもらって早く帰ろうと話を切り替えた。

「そういえば頼まれていたやつ、持ってきましたよ」

そういってバッグの中からグレンフィデックの18年物を差し出した。作業の合間に依頼された貴重品を回収して届けるという行為をして早2年になる。

「素晴らしい。最近若い年代のものしかなくてね」

病気が流行り始めてから輸出入の制限が厳しくなった。日本も発症地に近いという理由で不当に制限をかけられたがここ数年は緩和傾向にある。ただし一部の嗜好品についてはいまだに輸入が再開されておらず、フェンス内に存在する「在庫」を探してくるしかない状況だった。


「約束のものを渡しておくよ」

そう言って丁は紙箱を3箱取り出した。対人用のプラスチック弾とハンティング用のサボット弾だった。

「助かります。会社経由だと申請がなかなか通らなくて」

本当だった。基本的に通常の弾丸以外の購入は厳しく制限されており、申請をしても却下されることが常だ。

「それとこれも頼まれてたね」と丁がA4サイズの黒いプラケース差し出した。手に取り開けると中にSIGのピストルが入っていた。

「大口径の銃なんて持って歩いてどうするの」

丁は頭を掻く、人を疑う時に必ずする仕草だった。

「安全対策です。いつ誰に狙われるかもわからないですし」と曖昧な答えを返す。

少し思うところがあり、義理の母の件がある前からオーダーしていたものだ。一緒に頼んでいた40S&W弾のホローポイントも添えられていた。


すっかりコーヒーも冷めてしまった。そろそろ帰ろうと財布を出す。

「そういえば」と丁が手を叩いた。

「いつも連絡をくれる業者がサプレッサーを仕入れたと言っていた。うちの店はロシア製を取り扱わないから断ったけど、もしかしたら馬場の店に話を持って言ったかもしれない」

「ありがとうございます。店に直接当たってみますよ」


先ほどの話を反芻しながら新宿駅まで歩いた。恐らく津村はこのエリアにいるだろう、逃げ出した人間はそのまま行方をくらますか、それとも戻ってくるか。なんにせよ備えはしておかなければ。

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