脱走者

「高田馬場駅付近で殺人事件が発生しました。被害者は宮本敦子さん、59歳。宮本さんは昨晩から行方不明になっていたとのことです。宮本さんは過去に夫が活性遺体になり彼女自身も襲われているが軽傷だったようです。警察の発表では感染者を差別する過激派グループの犯行だと・・・」


高田馬場と新大久保の間で人を殺してから1日経った。完全に通り魔的な犯行なのにと思いながら津村はピーコックで万引きしたカップ麺をすすっていた。

以前暇つぶしにストーキングしていた韓国人女性の住む家、家主は昨日バラバラにしてから肉と臓物をトイレに捨てた。骨は砕いて豚骨と混ぜゴミ捨て場に置いてきた。これで3人殺したことになる。


女性を殺した津村はそのまま新大久保にある会社に登録していないアパートに向かった。金と個人情報が入っていない携帯電話、遊び用のPCが必要だったからだ。津村の口座は一つしかなかったが、それとは別に住んでいたアパートの押入れの壁をくりぬいて金や暇つぶしのためのツールを隠していた。

長期戦は是が非でも避けたかった。なんとしても2週間以内にあの女を殺さなければ・・・

その前に自分の身体に埋め込まれた発信機を外す必要がある。以前虫垂炎になったことがあり、その際に除去してしまったため津村だけ踝の下に取り付けてあった。ただ、筋肉組織の下にあるのでそれなりの医療施設でないと摘出ができない。だからまとまった金が必要だった。


午後になったら東新宿の整形外科に行く予定だった。そこの主治医は以前津村の客で中学生の着替え動画を津村からよく買っていた。それを言うまでもなく医者は手術のOKを出した。見返りは新作の動画が詰まったHDDだった。

「エロ医者が・・・」

手にしたマカロフを眺めがながらこの先どうするか考える。

マカロフの弾はそれほど多くない。物量では全く歯が立たないとなると頭を使うしかなかった。

社屋の出入り口は地下の1箇所と地上の2箇所、どちらも警備員と社員証による認証が必要だった。社員証は自分のもののコピーがあるから問題ない。問題は入ってから事務室のあるフロアに抜けるまでだった。人目につかないようにトイレに隠れることも考えたが、トイレは事務所の一番奥にありどうやってもそこまで気がつかれずに侵入することはできなかった。

となると会社を出た瞬間に襲うか・・・


三上は定期的に外に出ることを思い出した。事務所に詰めているときは近所のカレー屋だかオムライス屋だかで弁当を買ってきて食っていた気がする。三上を捕まえてメッセージを託して呼び出すか・・・


突然おととい殺した中年女性のことを思い出した。

しかしよくわからねぇババアだった。殺される直前、何かを悟ったように抵抗しなくなりやがって・・・


津村は納得ができなかった。自分が殺した母はもっと俺を恐れていたし、命乞いをしたのにあいつはそんな素振りを見せなかった。何かを受けて入れていたのか・・・

ダメだ、脳がどんどん蝕まれていく。とりとめのない考えに侵されていく。早く済ませないと・・・


PCを開き暇つぶし用に取りためていたデータを開く。各メンバーそれぞれの1日のスケジュール表を見ながら誰にメッセージを託すか考え始めた。スケジュールについては津村が趣味とするストーキングと記録癖によって大体の行動をパターン化したものだった。

砂原と宮本は隙がない、藤島はそもそも自分を見つけた瞬間に殺しにかかるだろうからダメだ。となるとやはり三上しかいない。ただ、格闘になった際に三上に勝てる自信がなかった。

処理班の人間は基本的に格闘、銃器の扱いに関して配属後に一通りトレーニングを受けることになっている。

自分も富士山麓にあった合宿所でアメリカから来た海兵隊上がりの人間たちからトレーニングを受けたが1日も早く逃げ出したかったのを覚えている。津村はそこで宮本と三上がスパーリングするのを見ていた。基本的にはどちらも交戦的な性格ではないので勝負が始まらなかったが、三上の蹴りが宮本の鳩尾に入り一瞬気絶したのを覚えている。格闘術で最低点をとった津村が到底敵う相手ではないのは理解していた。

津村が得意としていたのは狙撃や物陰を使った待ち伏せ術などだった。キルハウスを使ったトレーニングでは毎回他の隊員をブービートラップにはめて殺した。仕掛けられる側に回ったときも、逆にトラップを改造して仕掛けた側に怪我を負わさせたりととにかく正面切って戦わなければ無敵だった。


ヤツらは通常ビルにいる。ならばビルから出られなくして一人ずつ殺していけばいいのか・・・


ネットに接続し(回線は家主のものを拝借した)アムラックス東京のフロア図を呼び出す。といっても随分前に閉館したのでネットオークションで見つけた過去のパンフレットのフロア図写真をコピーして拡大した。

地下と1階は以前スポーツショップが入っていたので物の配置が違う可能性があるが、見たところ大まかな部分に関しては勤務していた頃と変わっていない。

フロア、特に勤務していた4Fはデスクとパーテーションで区切られているだけなのであまり目立った行動はできない。それに5Fの武器室を封じ込めない限りは見つかったら最後、撃ち殺されてしまう。


どうするか・・・そうだ


津村は初心に返ることにした。出入りの清掃業者と派遣社員の出退勤と名簿リストを見る。自分と背丈、性別が合いそうな従業員は数名いた。こいつらのどれかに紛れればいい。忍び込んでブレーカーを落とせばネットワークに入り込んで5階を封鎖する必要もない。

近場に住んでいる出入りの業者が出勤した際に片付けてしまおう。津村はそう思いながらマカロフを購入した際についてきたサプレッサーに目を落とした。


初めて引き金を引いた時にも使ったがこのサプレッサーがいつまで使えるか微妙なところだった。通常サプレッサーは使い捨てだが補給物資がない今そんなことは言っていられない。使う弾丸を絞っていくしかないと考えていた。あの女以外に弾をくれてやる必要はない。

名簿とプロフィールの住所の欄を確認していく。近場に住んでいる人間は3人いた。その中で死んでも問題がなさそうな人間、身寄りのなく勤務状況があまり良く無い人間に絞った。


PCを持って家を出る。この家の回線を使っているのでIPアドレスを辿られても自分の身分に行き着く情報には繋がらないだろうが一つ一つの行動を誰かに監視されている気がする。それが我慢できなかった。

部屋を出て大通りでタクシーを止める。

「新大久保の駅まで」

歩いても行ける距離だったがあまり人前に顔を出したくなかった。細胞組織の活性化が始まって顔のどこかが崩壊し始めているかもしれないと思うと鏡すら見ることができなかった。


新大久保と新宿の間にある整形専門の病院へ向かう。ドアには「本日休診」の札がかかっていたが構わず開けた、鍵がかかっていないのは知っていた。

「約束のもんだ。これでやってくれ」

津村は5歳から7歳の幼女の水着姿が収められた動画が700本近く入ったディスクを受付の奥にいるであろう医師に投げた。

医師は黙ってディスクを受け取りPCに入れるとデータを吸い出し始めた。

「準備はできてるから入ってくれ。どこに機械があるかわからんから先にレントゲンからだ」

業務のごとく無機質な医師の声が響く。ロリコン野郎が・・・と毒づきそうになるが、今の唯一の希望はこいつだけだということを思い出し怒りの炎を鎮火した。

津村は待合で着替えレントゲン室に入っていった。あと残り何日生きられるだろうか。あと何日この世で過ごせるだろうかと要らぬことを考えていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る