狩る者たち

藤島圭はセーフフューネスのセキュリティエリアにいた。ここにはID登録された武器と登録前の武器を登録する際に使用する端末が置かれている。

社屋は5階建でオフィスフロアが4階にあり最上階が銃器類の倉庫になっていた。昔はイベントスペースとして使われていたのだが、他のフロアと違いエレベーターやエスカレーターでのアクセスができないということもあり、セキュリティの面で選ばれたのだった。


本来であれば管理人付き添いのもとでしか入室を許されないのだが、藤島に関してはこの週末のみ「新しく入荷する武器の調整、および登録」という名目で許可が出ている。

いつもなら家で大好きなFPSをしているはずだったが、砂原から密かに津村の捜索と処理を命じられていたので装備の調整に来たわけだった。

しかし、津村もよく地獄のような環境から逃げて来たなと思った。送致された人間は人権を無視した扱いを受け死に至るという話をよく聞いていたからだ。

藤島自身は世田谷の病院に入院したことはなかったが、同じように人権を無視された環境に置かれたことはある。


藤島は大人に虐げられながら育った。親父は物心ついたころにはいなかったし、母は母で自分の息子を強く育てるため、あるいは息子の将来に良くなるようにと思った経歴を持つ男となんの迷いもなく寝た。

自衛隊上がりでキャバクラを共同経営していたある男と付き合っていた時、鍛えてやると言ってそいつは藤島を秩父の森に連れて行って置き去りにした。

その男からしたら藤島が邪魔だったのだろう。ただし当時から藤島はタフだった。川の流れに沿って進み、線路を見つけてそこを辿り西吾野の駅に到着した。駅員に事情を説明し警察に保護された藤島を迎えに来たのは置き去りにした際に鬼のような顔をしていた男ではなく母だった。


家に着くと男が飯を食っていた。母は息子を迎えに行ったことで疲れたのかすぐ眠ってしまった。

男は母が眠ったのを確認すると藤島を荷造り用の紐で柱に縛り付けた。

「お前がいるから俺はいつも惨めな気分になる。俺の血が流れていないお前は邪魔なだけだ」

そう言いながら体をベルトで叩いた。初めのうちは痛かったが、それが3日に1回、2日に1回、そして1日1回となってくる頃にはもう痛くはなかった。男が使っていた車庫に日がな一日監禁されたこともあった。古雑誌とオイルの臭い。小学6年生まではそういった生活が続いた。


中学に上がってすぐ、同級生が学校に催涙スプレーを持って来た。そいつはたちまちヒーローになったが、女子生徒が先生にチクったらしく早々に没収されていた。

それを見て自分もインターネットの通販サイトで購入した。威力を試そうと思ったが動物でも人でも適当なターゲットが見当たらなかった。面倒だったので手近な人間をターゲットにすることにした。


まず男の自慢であったポルシェを車庫ごと燃やした。車庫には予備のガソリンがあったので、それを車体と車庫の外周に撒き、その辺で見つけたホームレスに3万円を握らせ現場近くでタバコを吸わせた。ホームレスとポルシェは翌朝丸焼けで見つかった。事件は車の整備不良と不運なホームレスの仕業だと思われ事件としては処理されなかった。


次の日の折檻は壮絶なものになるだろうと踏んでの行為だった。予想通り大事な車を丸焼けにされた男は藤島を殴り、蹴った。体勢を変えようと縄を外した瞬間に床に倒れこんだ藤島は居間の隅に隠してあったスプレーを男の目にかけた。

悶絶して手をバタバタさせる男に思いっきりタックルを見舞った。そのまま男は窓から落ちた。藤島が窓から顔を出すと男が首曲がらない方向に曲げて倒れていた。その後警察の取り調べで殺人を疑われたが、体の傷が証拠となり正当防衛ということで不問にされた。


藤島も、もしかすると母も悲しくなかったのかもしれない。警察の取り調べの後、母は藤島をしっかりとした学校に入れるため学習塾漬けにした。初めて母の意志で物事をやらされているような気がして藤島は張り切った。結果有名私立大学付属の高校に入学し、入学後も順調によい成績を収め大学に入学した。大学では法律を専攻し、将来は法曹になる予定だった。

大学在学中、インターン先の法律事務所で代表が企業の不正情報を握りつぶす瞬間を見て人生が狂った。

「金に勝るものはない」

そう言い放った師の顔はいつもの毅然とした顔ではなく、卑しい猿のような顔だった。


藤島は半年間金の流れをバックアップし続けインターネットにばらまいた。

ログも残さなかったし、国外のサーバーから行ったので藤島の仕業とは誰も気がつかなかった。ただ、法律がゴミのように見えたのは確かだった。


卒業後、直ぐにパンデミックが起こり就職難になったが成績と実績を買われていくつかの企業の法務担当に内定をもらった中で選んだのがセーフフューネスだった。ほぼ国の事業といっても過言ではない活性遺体処理という商売はこの奇病が根絶されるまで安定して稼げるだろうというのが藤島の読みだった。

入社後1年は法務担当として契約書その他の作成やチェック業務に携わったが、ある日作業班の石川部長から呼ばれ過去の話に関してヒアリングを受けた。

殺人以外は問題なかったはずだし、あれは正当防衛として処理されているはずだと思ったが、石川は見抜いていた。


「中学の時の事故、あれは君が殺したんだね。自分の意志で」


何をいっても見抜かれそうだったので洗いざらい話した。その次の月から作業班に配属された。


自分の使うAKを手に取り機関部のカバーを開ける。構造はシンプルで中に雪や石が混入しても作動する。作動する部分にブラシをし、布で汚れを拭き取ってからオイルを散布する。宮本と自分は威力の面で好んで使っているが会社から推奨されている弾丸を使用しないため弾丸の購入費用は自分の給料から天引きされている。


ふと部屋の角を見ると目新しいケースが置いてあった。おそらく宮本がオーダーしていたショットガンだろう。新しいものに目がないというのもあるが、ここで一緒に調整をしても宮本は怒らないだろうという自信があった。ケースを開けて出てきたのはベネリ社のM3スーパー90だった。しかもサイトシステムが同社の新型ショットガンM4のものに交換されている。おそらく宮本が会社を通じて直接オーダーしたのだろう。宮本のことだ、心配で2丁オーダーしたのか同じケースがもう一つ並んでいた。

ボルトを引き弾が装弾されていないことを確認する。ボルトストップを解除し引き金を引く、カチンという頼もしい音がする。オートマチックとポンプアクションの両立された機構だ、下手にいじると壊れると思い最低限の注油と作動に留めておいた。この後宮本自身が自分のバイタル情報が記録されたチップを本体にインストールするはずだ。

他には藤島がオーダーしていたクレブス社製のKTRライフルがあった。現在使用しているAKをアメリカの会社がより現代風に改修したもので様々なアタッチメントが使用できるようになっていた。


宮本も藤島も心配性で臆病だった。だから壊れず威力の高い武装にこだわる。活性化した遺体の動きを一撃で止めるにはそれなりの威力がある武器が必要だと信じている。


それにしても津村のことが気になって仕方なかった。あいつは一体逃げてどこに行こうというのか、何をするのか、藤島には理解ができなかった。死ぬ思いをして逃げてきたとすれば何か理由があるはずだ・・・


下のフロアでID認証ロックが解ける音がした。宮本のショットガンが入ったケースを持ってフロアを降りると三上が出勤してきていた。

「お前、今日土曜だぞ。またボケてんのか?」

「違う。昨日のやり残しがあったから。早く帰ろうって言ったのは誰」

そう、藤島が三上を急かして帰したのだった。先に帰って休んで欲しかったという思いが先行してしまいさっさと帰らせたのだった。


藤島と三上は一緒に暮らしていた。半年ほど前、ちょうど津村の件があって三上がナーバスになっていた時に藤島から声をかけて飲みに行った。飲ませてみると結構飲めることがわかり、その後何度か飲みに行った。一緒に住み始めたのは数ヶ月前ことだった。


「そういえば宮本の義母さんが殺されたって」

話題を変えたくて話を振ったが、我ながら最低なチョイスだと思った。

「知ってる。奥さんが心配」

「知り合い?」

「前に宮本さんの忘れ物を届けにここまできた時に対応したことがあって。綺麗だけど芯が強そうな人だったから余計に心配」

女性特有の感でもあるのだろうか。三上はPCの方を向きながら目線を合わさず話続けた。

「別にこちらの仕事に探りをかけるような仕草はなかったかな。無関心とまではいかないけど、邪魔はしたくないみたいな空気感出してたよ。」

彼女のいうことだ、おそらく本当だろう。


「ところで津村の捜索、お前と砂原さんが担当するんだろ?大丈夫なのか?」

その話は砂原から内々に聞いていた。ただし、次の週からは自分と宮本が担当すること、宮本か自分に津村を処理させること、来週社長と部長が同席する記者会見を行うことは昨夜砂原から聞かされた。

「あまり気が進まないけど。あの気持ち悪いのを探すなんてね・・・そのまま腐っちゃえばいいのに」

三上は毒づいたが未確認の情報だが病院から抗体を3本盗んで逃げたらしい。そうなると暫く活性化は防げるはずだ。

「そういいながらあいつを殺せることを楽しんでないか?昨日飲みながらそんなテンションで話してたぞ。」

盗撮被害に遭っていたかもしれない、図星だろう。ただ三上は厳しい目で見つめてきた。遺体の頚椎を砕く時と同じ目だった。

「冗談じゃない。顔も見たくない」

そんな言われようだったが、津村に同情できないこともなかった。もしかすると自分も津村と同じような人間かもしれないのだから。


「仕事を楽しむことを恥ずかしがることはないだろ。とはいえ俺もあんなやつさっさと殺しとけばよかったんだと思ってる」

会話が途切れた。時計を見るともう13時だ。飯でも食って作業をしたらとっとと切り上げよう、そう三上に声をかけようとした瞬間三上の携帯からアラームが鳴った。どうやらこの時間には一旦休憩しようと思っていたようでこちらを見るなり「ご飯いこ」と声をかけてきた。

業務にかこつけたデートか、悪くないと思いながら5階の扉に鍵をかけて外出の準備をした。近所のカレー屋でランチバイキングでも楽しんで帰ってこよう、午後はゆったり仕事をして帰ったら風呂にでも入る。藤島の頭の中は明日の日曜のことでいっぱいだった。

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