夫の視点

妻が眠りに落ちたのを確認したあと、寝室に運び布団をかけてやった。そのまま自室のPCを立ち上げ会社のネットワークに繋ぐと津村の行動記録ファイルをダウンロードした。


義母の爪から採取された皮膚のDNA情報は鑑定中だが、このあたりに土地勘があって銃器を入手できる人物だろうという話を刑事から聞かされた。確か津村はこの辺りの学校出身だったし、何かにつけて高田馬場界隈で下車していたような気がする。また、御用達のアダルトショップやお気に入りの如何わしい店もあったはずだ。


もともと津村の経歴は把握していた。中三で親を殺し、高校で同級生の着替えを盗撮したビデオをネットに流して停学処分に。ギリギリの日数と補習で卒業した後は私立大学に入学、入学後に中学の事件のことが学校に広まり居づらくなった津村はそのまま大学を中退。仕事をするからと祖母を保証人にしてアパートを借り派遣で事務の仕事をしていた。その後、その経歴を面白がった石川恵のスカウトで今の職にありついている。


ここまでは独自で調べた結果だった。仕事をする相手のことは徹底的に調べるのが自分の流儀である。若干違法な手も使ったが基本的には新聞記事やネットに散らばる情報ソースから引っ張ってきた情報だった。

仕事の態度に問題はなかったが、一度だけ会社のロッカーから小型の受信機が見つかった。小型カメラの映像を受信できるもので若干問題にはなったが、それ以外のものは特段問題がなかったため不問にされた。

ただ、本人がどこかにカメラを仕掛けて映像を保存しているだろうというのは自分を含めて全ての人間の思うところだった。三上や石川は外部のトイレを使うようになったし、以降津村の持ち物から変なものが見つかることもなかった。


ただしここまではあくまで自分の推論だ。別に奴が義母を殺したと決まったわけではない。それに自分は活性遺体処理業者で法執行官ではない。犯人を捕まえることも裁くことも、そして殺すこともできない。自分はただの私人であり何の権限もない。むしろ家族を無理矢理断絶させてきた罪人側であると自覚していた。


時刻は20時を回ろうとしていた。携帯に着信が入る、ディスプレイを見ると砂原の名前があった。

「もしもし、なんでしょうか」

「夜分にすまん。お義母さんのことを聞いて電話した」

相変わらず弊社のネットワークの凄さに驚く。

「びっくりしました。昨日晩飯を一緒に食べたばかりだったもんで」

「そうか・・・警察はなんて?」

「馬場あたりに土地勘のある、銃器が入手できる人間というのが犯人像だそうです。なんかの冗談かと思いました。貧相な想像力ですよ」

そう言いながら津村のファイルをダウンロードした自分と重ね合わせていた。

「そうか・・・撃たれたのか?」

「ええ、頭を一発。その前に腕も折られてます。抵抗したらしく爪には相手の皮膚が残ってたそうです」

砂原に情報を故意に漏らしたのは会社の情報収拾能力で犯人を割り出せないかと思ったからだった。DNA検査も銃弾の線状痕の称号も、会社経由でアメリカに情報を送れば割り出せるはずだ。

「お前が何を考えているかはわかる。個人的な事情で会社の備品は使えないからな」

口に出すということは食いついたということだ。暇な管理職としては食いつかない手はないだろう。

「わかってます。私刑もやりません」

「お前、誰がやったかの目星はついてるだろ?」

「いいえ、津村だと思って行動履歴のファイルを見ましたが不審なことは何もありませんでした」

事実だった。女を犯したという話をした後すぐにメディカルチェックを受けて陽性反応が出た後、会社の隔離室に入りそのまま世田谷の病院に移されるまで特別なことはなかった。

「津村だったら話は簡単すぎる。ただ、あいつは馬場のはずれにある建物にちょこちょこ行っている。病院を抜けた後もそこに行ってるな」

私用の回線に連絡してきたのはその話をするためだったのか。

「バイタルの確認はしているがそのうちGPSも取り除きにかかるだろう。その前になんとかしないと」

「もし津村が殺したとして、会社としてはどうする気ですか?処分しますか?」

どう処分するかは聞かなかった。どうせ捕まったら殺して燃やすしか選択肢がないのだから。問題は誰が捕まえて誰が殺すかということだった。自分はもう仕事を休むことに決めていた。身内が死んだんだ、休んでもいいだろうとは思っていた。それに来週からの津村捜索のメンバーにも入っていなかった。

「砂原さん、津村の件はそっちに任せます。私は葬儀諸々があるので休暇を取りたいです」

「そのことなんだが・・・お前捜索やらんか」

何を言ってるんだろう。個人的に犯人と疑っている人間の捜索に自分を?ということと同時に弊社はブラック企業だなと思った。

「いや、流石に休ませてくださいよ。カミさんだけで葬儀なんてできませんし、仮にも母親亡くしてるんですよ。一人にしておけないですよ」

本心だった。

「それもそうか・・・いや、俺と三上が担当だったんだが石川部長が宮本と藤島をっていうもんだから」

「理由はなんですか?津村と組んだことのある2人だから?」

「端的に言えばそうだ。行動特性を理解している2人に頼みたいとのことだ」

確かに部長の説には一理ある。ただ、組んだことがあるとは言え特別何か関係性があったわけではない。作業中はお互いの端末をリンクさせて状況がわかるようにしておく必要があるが、それがあったとしても思考の中まで共有できるわけではない。ヤツが何を考えどう動くかなんて見当もつかなかった。

「わかった。今週は俺と三上で担当して、来週はお前と藤島がやってくれ。その頃にはもう検査の結果も出てるだろうし・・・」

よほど自分を捜索にまわしたいのだろう。会社的には津村が犯人であって、個人的なリベンジで自分が殺せば対外的にも発表しやすいのかもしれない。そんなことしたら現在の制度がガタガタであることが証明されてしまう。

「わかりました。来週の当番はやりますが今週は葬儀が終わるまで休みにさせてください」

「わかった。こんな時に申し訳ない。それじゃ、また。」


通話後、どうしたいか考えた。津村のこと、義母を殺した犯人のこと、葬式のこと、そして壊れかけている妻のこと。全てを同時並行で進めなくてはならなかった。まずは妻のケアをしなくては、他のことはそれからでいいと思うと同時に、改めて妻が自分の大切な人であることに気がついた。

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