夫の視点

思いの外寝ることもなく映画を観終わったと思ったら、隣で妻が寝ていることに気がついた。今日は色々と疲れたのだろうと起こさないようにベッドから毛布を持ってかけてやる。

少しストレッチをして寝ようかと思ったがその前に今日の行動ログを残すために業務用の端末を開いた。メールボックスを見ると何通かのメールの中に砂原から「世田谷における病院脱走者について」というタイトルのメールがあった。確認すると脱走者の写真と経歴が掲載されたPDFファイルが添付されていた。


予想通り、脱走者は津村だった。


メールの続きに津村の捕獲と再収容、それができなければ処理するという簡単な方針が記載されていた。来週のウィークデーは隊の一部を津村の捜索に回すシフトが組まれるそうだ。担当は砂原と三上、あの二人なら問題なく見つけられるしその後の処理も問題ないだろう。

足取りは問題なく辿れると思っていた。活性遺体処理従事者にはバイタルと位置を特定するためにGPSその他の機能を備えた発信装置を虫垂に取り付ける手術を受けている。それを使えば地球上どこにいたって居場所は突き止められるはず。


一通り行動ログを書き終えた後に、今日ボウガンで撃たれたことを思い出す。あの時自分はどうしていたらよかったのか?撃たれた瞬間射手に撃ち返すべきだったのか?と考えながら非致死性の弾丸の使用を再度進言しようと考えた。

遺体処理の際家族から抵抗を受けることを考え催涙ガスや閃光手榴弾の使用を進言したことはあったが、上層からはいつも「説得による解決を最優先すべし」という言葉しか出てこなかった。ゴム弾くらいだったら使用しても良いと思うが、上層部は使用による怪我や死者の発生を嫌っているようだった。

その割に小口径の自動小銃の所持と使用は認められているのが不思議だった。どう考えても人体に与える損傷は小銃の方が上であり有事の際は発砲も認められていることを考えると矛盾するような気がしていた。

自分自身、配備されているAKライフルを使いたいとは思わなかった。活性遺体は物理的な攻撃に対する耐性が高くなるという理由で選定されているが政府主導の処理も進んでほぼ活性遺体が人を襲うこともなくなった今、こんなオーバーパワーなものを持つ必要があるのか?という疑問が頭を過ぎる。

考えすぎても答えは出ないのでテレビを見ながらストレッチをしようと自室のテレビをつけニュースを垂れ流しで見た

身体を動かしながら依頼した装備の入荷を思い出す。先々週、南平台の作業を行った帰りにデスクワークついでに古くなったショットガンの更新を依頼していたのだった。

今使っているものは入社時に支給された銃把と銃身が切り詰められた12ゲージの俗にいう「ソードオフショットガン」というものだった。狭い室内で作業をすることの多い自分としては一斉に襲われた時の心配もあり一点集中型の火力があるものを選ぶことが多かった。それに用途に応じて弾丸の切り替えができることも魅力的だった。ドアに鍵がかかっていればドアブリーチ用の弾丸を使うし、対象が生身の人間ならゴム弾やプラスチック弾で身動きできなくすれば良い。何より活性遺体の動きを止めるには頭を綺麗に吹っ飛ばしてやるのが一番よい、ショットガンはそれに最適だった。

ただし、旧式であるがゆえに一度に装填できる弾の少なさや手入れの面倒さが厄介だった。自分が持つのはウィンチェスター社が1897年に製造を開始したモデルで、ほぼビンテージといっても良かった。

更新の際は最新のモデルを希望していた。イタリアのベネリ社が製造するM3ショットガンだった。全長は長いがポンプアクションとオートマチックの切り替えができる。また、口径が同じであればより威力のある3インチ弾が使える。精度や信頼性も高く多くの国の法執行機関で正式採用されていた。

おそらく今週入荷するはずなのでID登録を実施してから実戦投入を予定している。


ふとテレビを見ると高田馬場と新大久保の界隈で殺人事件があったらしい。被害者は50代後半の女性、暴行を受けた痕があるという。恐ろしい世の中になったなと思いながらストレッチをひと段落させて寝ようとテレビを消した。

ふと廊下を見ると妻が寝室から出て来たのが見えた。

「寝てたんじゃなかった?」

「そうなんだけど、変な気分になったから起きてきた」

「何か嫌な予感がする?」

「いや、そういうのじゃなくて。ただ・・・」

こういう時は大概何かが起きると直感で思ったので暖かいお茶を淹れてやろうとポットに水を入れた。

「わからないけど、お父さんのことを思い出した」

なるほど、そういうことか。

「不安になった?今日お母さんが話したからかな」

「そうかもしれないけど・・・そういう感じじゃなくて」

どういうことだろう?

「ねぇ、母がああなったら貴方が殺してくれる?」

考える必要はなかった。彼女を妻とした時点でその覚悟はできていた。

「大丈夫、やるよ」


そのあと妻にデカフェの紅茶を淹れてやった。ちょっと申し訳ないが心療内科でもらっている安定剤を砕いたものも少しいれた。これで少し安心して眠れるだろう。

紅茶が飲み終わった頃にはもう眠くなったのか寝室に移動したいと言い始めた。自分もおとなしくそれに続いてベッドに入った。夫婦の営みがなくなって早2年、こうして毎日を過ごすことが自分にはやっとだということに気が付き始めてきた。

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