夫の視点

今日は珍しく刺身だった。義母が気を使って買うように勧めてくれたという。同時に出て来た豆腐のグラタンとの食べ合わせは微妙だったが、久々の動物性タンパク質は嬉しかった。

検疫をやり過ごして調達したモエとウイスキーを振る舞い義母も妻も満足したようだった。

食事中に義母が「基くん、仕事はどう?」と声をかけて来たときは焦った。しばらく仕事の話はしなかったし、しかも義母から聞かれるとは思わなかった。。「ちょっと怖いですけど大丈夫ですよ。毎週予防接種もしてますし検査も受けてますから」と返すのが精一杯だったが、妻の「朝出てくときくらい声かけてくれたらいいのに」という一言から話が妻の遅起き癖に変わったので安心した。

義母と話すのは嫌いではなかった。寧ろ自分の両親より懐いているのではないか。そういえば実家にしばらく連絡していないと思いつつ食事会はお開きになった。

送っていくという妻に「大丈夫、一駅だし歩いて帰るわ」と義母は言うので玄関先で別れた。


「今日はごめんね」

「急に何?楽しかったよ、仕事も無事終わったし、今日はいい1日になったよ」

「お母さん、仕事の話聞いてきたでしょ。料理してるときお父さんの話したんだ。それで、私がお父さんみたいになったらあなたが対応してくれるか気にしてた」

「お母さん、気にしてるんだな。俺がお父さんを殺したことを」

「違う、あのときお父さんは死んでたってお母さん言ってた。ただ、私に迷惑かけたくないだけだと思う。あなたとの結婚を積極的に応援したのもそれが理由じゃないかな」

そうかもしれないと思っていた。本当なら父親を撃った人間と結婚など絶対させないだろうと考えていた。最初に声をかけた時も、自分としては謝りたいからという気持ちの方が大きかったので声をかけて話をした。

その後。義母と対面して挨拶をしたとなんといっていいか分からず黙っていると、義母の方から感謝の意を伝えられた。ここにきてお話をすることを迷ってと伝えると「娘と私を守ってくれた。感謝しています」と伝えられた。

それから結婚までは少し時間がかかった、フェンスの中での銃器使用と殺人に当たるかを争点に裁判が行われたからだ。

裁判自体は1年少々で片がつき、それが終わってからひっそりと籍を入れた。世間の目をできるだけ避けたかったからというのもあるが、父もいなければ母も怪我を負っているということもあり式はあげなかった。


そんなことを思い出しながら洗い物をする。

「明日も早いの?」

「いや、ゆっくり起きて運動したら帰ってくるよ。また池袋のスポーツセンター行ってくる」

週末の習慣として運動と水泳をしていた。自分が回収の手はずをしている遺体を燃やした熱で発熱したプールに浸かるのはなんとも言えない気分だったが、今はそれすら考えずに機械的に運動しているだけだ。


「何か映画でも観ようか」

そういってラック内から適当なディスクを取り出す。気分的にはホラーだったが妻のためにヒューマンドラマを選んだ。13歳の男女が駆け落ちし、大人たちが大慌てするコメディ要素の入った映画だった。寝ないで最後まで観ることができるか心配だったがスタートさせた。


妻がハイボールを作ってて渡してくれた。まず間違いなく寝るなと思いながら二人で画面を見続けた。

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