作業終了

砂原は焦っていた。三上と2人で捜索に入ったホテルで大量の活性遺体と遭遇した。数十体を処理したが、2人では対処できないと判断して撤退と増援をオペレーターに依頼した。

「不味いな、まるで待ち伏せじゃねぇか」とAKのマガジンを変えながら出口へ向かう。

見た所、このホテルは外国人の宿泊客が多く食料が尽きてそのまま亡くなったようだった。その滞在者が活性化して襲ってきたのだろう。しかも襲われている最中に三上とはぐれてしまった。あの女のことだ、おそらくもうバラバラにされているか出口で待っているに違いない。

命からがら建物の入り口にたどり着き近くの駐車場に停めてあるハマーのドアを開け中に滑り込む。端末をオンにして三上のバイタルを見ると反応していた。まだホテルの中にいる。

「三上、生きてたら応答しろ。今どこにいる」

「砂原さん、今3階廊下で2名処理しました。2階が片付いたら出ます。」

恐ろしいヤツだ、1人で処理しているなんて。

「お前みたいに度胸がないから逃げてきた。1階と2階の一部は処理済みだから早めに出てこい」と声をかけ無線を切った。


隊の人間で一番肝が小さいのは自分だと思っている。元々一般企業に勤めていたが予備自衛官の資格も取っていた。前の会社の給与に不満があったので資格を盾に転職したが従える部下たちがそれなりに奇人変人や猛者ばかりなので自分はあまり特徴のない人間になった。

気がつけば課長という肩書きを持ち部下を指揮するようになったが、今の部下は有能なのであまり自分でも体を動かさずに済んでいた。


ただ今日は違った。


ホテルの入り口を見ると骸骨のマスクをした大柄な女性が出てきた。三上だった。

三上は175センチ、両腕が長くリーチがある。高校生の時に外人に強姦されそうになり、近くに落ちていた鉄筋で相手を刺し殺したという経歴の持ち主だった。無論正当防衛が認められた。しかし普通の女子高生が人を殺したという事実は彼女の心を壊すには十分だった。半年間学校を休んだ挙句自殺未遂をして病院に担ぎ込まれた。その病院の中で暇つぶしに行なっていた学習教材の中に厚生労働省作成の活性化遺体取り扱い免許取得の手引きがあった。そのまま資格試験を受け今に至るという経歴の人間だった。


「砂原さん、完了です。ただしっかり処理できていないものもあります。匿っていた家族も相当おかしいので後続部隊は覚悟してきた方がいいと伝えてください」とヘッドセットから三上の声が響く。

「わかった。とりあえず車に乗れ。ご苦労さん」

三上が乗ったことを確認するとイグニッションボタンを押す、あと15分で定時だ。


「宮本、そっちの状況はどうだ?」

「無事完了です。13世帯、30名が隠れていました。そのうち生存者は18名、マーカーを配布して遺体は適切に処理しました。後続隊への引き継ぎも完了したのでこれから出るところです。」

声が少し弾んでいた。おそらく戻る途中で何か見つけたのだろう。壁の外から何かを持ち帰るのは立派な窃盗だったが、給料の少ない我々にとっては結構な小遣い稼ぎになるため会社も黙認していた。

「土産は会社に着くまで隠しとけ。確認と消毒をしてからロッカーに入れろ」

待ち合わせ場所は巣鴨公園の前だった。ここで事故を起こすと面倒臭いと思いながら少し速度を落としながら巡行速度で向かった。後方に三上の乗るジープラングラーが見えた。車から降り停車位置を教えてやる。よく見ると三上は血だらけだった。

「おい、噛まれたのか?」

「いえ、腕も足もプロテクターで固めてましたから大丈夫です。処理した時の返り血なので車も服も洗浄しないと」


比較的落ち着いた様子で話している。メンタルもバイタルも問題ないだろう。

仕事をする前に生身の人間を殺しているヤツは恐ろしいと砂原は思った。自分はこの仕事を始めてから人間を殺したが、三上も宮本も藤島も、何かしらの形で人を殺してからこの仕事を始めている。しかし皆普通の生活を営むことができている。砂原には不思議に思えた。

しばらくして3号車と4号車が到着した。2人とも疲れていそうだが大きな怪我などはしていないようだった。


「今日はどうだった?」と声をかけると藤島が「宮本が股間を撃ち抜かれそうになりましたよ」と半笑いで言った。

「ビビりました。まさかボウガンで撃たれるとは」と言って没収したボウガンを砂原に手渡す。スコープ付きの競技用ボウガンだった。これは使えそうだ。

「みんな大きな怪我もなくて何よりだ。さて、洗浄してゲートを越えよう」


スピークイージー前の扉に至るまで検疫しなければならない。まず服のまま消毒をし、その後全裸になりさらに消毒、その後着替えてフェンス内の装いに着替えて装備品や車を事務所に戻す。ただし今回は三上の車はフェンス内で消毒をしてから検疫後に会社に返却される。基本的に活性遺体の血液や唾液、その他が付いている状態ではフェンス内には入れない。


皆順調に洗浄しゲートをくぐった。返り血が多かった三上の装備は車と同時に返却されることになったので藤島の車に同乗することになった。

ゲートを越え時計を見る。18時半、我ながら上出来だった。本部に帰還の連絡をすると「津村の件で話がある。事務所で待て」と部長の石川よりメッセージが入っていた。今日も残業だと思うと憂鬱だった。だが生きて帰ってこれたことに感謝しなければ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る