妻の視点

グラタンをオーブンに入れスイッチを入れる。あと1時間で定時のはずだが少し早めに料理を始めた。今日は母も一緒だから刺身は母にやってもらおう。私は先に用意できるものを用意して撮りためたドラマの再放送を観るか、母と一緒に映画でも観ようかと考えていた。


「お母さん、基が帰ってくるまでドラマ観るか一緒に映画を観るかどっちがいい?」と聞くと「うーん、映画かな。ドラマって私朝ドラしかわかんないし」と返事が。そう返ってくるだろうと思って先にDVDが仕舞ってあるラックに手を突っ込んだ。ドサっという音と共にDVDの隣に置いてあったアルバムが足に落ちてきた。おうっと声を出してしまいその場に蹲る。

声に気づいて母が飛んできた。「大丈夫?」と心配そうに覗き込まれたがあまりの痛さに「地味に痛い」と言うのが精一杯だった。

「アルバムが落ちてくるなんてあんたも不運ねぇ」と母は言い一冊拾い上げた。比較的古い写真が集められたものだった。


痛みが引いたところで母がそのアルバムをじっくり見ていることに気づく。「何か発見でもあった?」と母に聞くと「お父さん、今見ると結構若い頃からハゲてたのね」というので苦笑した。

確かに記憶の中にある父は普通に髪が生えていた。だが、アルバムに写る父を見ると髪はあるのだが後ろの方から前に持ってきているような髪型をしていた。極め付けは子供の頃の私と一緒に風呂に入っている写真で、結構後ろの方まで替え側が後退していた。

「マジか。なかなかショックだな」と思ったが、故人だから余計に可笑しくなってきて笑いが止まらなかった。


アルバムをめくりながら「基がお父さんを殺したと思ってる?」と聞いてみた。自分でも何故この話をしたかわからなかったが、母は私の方を見て「全然。発作だったし、基くんが止めてくれなかったら私もお父さんみたいになってたよ」と母は言う。恐らく後段は本心だろう。

DVDをセットしようとテレビをつけるとニュース番組で「世田谷の病院から数名の患者が脱走」とキャスターが喋っていた。ニュースになるなんてよっぽどだなと思いながらDVDをセットした。母が見ていなく、それでいて好きそうな映画の予想がつかなかったので万人受けしそうなミュージカル映画を選ぶ。数年前に流行ったもので、ミュージシャンの夢を諦めきれない男と女優志望の若い娘のラブストーリーだった。劇場まで観に行ってえらく気に入りしばらくはその話で持ちきりだった。父と母は見に行けなかったので話を聞きながら「レンタルになったら見ようかな」なんて話していたことを思い出した。

軽快なメインテーマとともに画面上のキャストみんなが歌い出す。夫はこの映画があまり好きではなかったはず。忌み嫌うほどではないが「もう少し大げさに演出してくれたらよかったのに。その方が非日常感出ていいよね」とコメントしていた。


「ねぇ、基くんは私がお父さんみたいになったらお父さんにしたみたいにしてくれるかしら」


いきなり母からそんなことを言われたのでびっくりした。少し考えて「多分してくれると思う。ただお父さんの場合は緊急だったじゃん。たまたま事務所に仕事道具を戻しに行く途中で遭遇しちゃったから、その後の裁判あったけど、あれも簡素化されてたし。復職できてなくてもおかしくないくらいだったしねぇ」

思っていることをそのまま話した。

「そうね。お父さんの場合は心音が止まってからというのを私も史子も確認した後だったし。それを証言したから基くんも早く出てこれたんだわけで」

事実だった。本来であれば壁の中での銃器の使用はご法度とされている職業だが、夫の場合は壁の内側でライフルを使用して人を殺傷したとされ警察に殺人の疑いで現行犯逮捕されたのだ。

その後、我々家族と駆けつけた救急隊員の証言により、死亡確認がされた後に起き上がったと認定され、夫と父の間に距離が5メートルしかなかったことから正当防衛も認定され無罪になった。

だが、世間の目は厳しく遺体不活性事業に関して議論が巻き起こった。


それを終わらせたのもまた世間の声だった。

当時は警察側の対応が遅れ、敷地内での活性化した対象に対してどう対処するのかが細かく定まっていなかった。そこで夫の所属する会社を中心とした組織と警察組織が知恵を出し合い、警察官の銃器使用の規制緩和と精神鑑定による銃器所持と不所持のルールを決め施工した。その後夫はシステムづくりの功労者となったが、全てを会社の代表に任せて自分は一兵卒に戻ることを選んだ。


それを聞いてホッとした。無口でシャイな夫が人前に出て仕事をするなんて考えられなかったからである。その後、結婚しサラリーマンとして日々粛々と仕事をしている様子を見て安心感を覚えると同時に、この後どうするのだろうか?と少し不安も覚えた。子供のことについては2人ともあまり話さなかった。スタンスとしては「できたらいいね」くらいだが是が非でも欲しいという話にはならなかった。私は私で母のこともあるし、彼は彼で「仕事を子供に説明しにくい」というのが理由だった。

仕事のことはあまり気にしていなかった。知り合いに話をすると難しそうな顔をされるのだが、仕事を除けば夫は普通の夫であり自分にとってはベストな相手であった。


ふと我に帰ると映画は主役の2人が夜明け前に幻想的な踊りを踊るシーンだった。部屋にチーズの焼ける匂いがしていることに気づき、時計を見ると18時。そろそろ夫が引き上げてくる時間だった。

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