夫の視点

二手に別れてから20分、自分の車を先頭にして駒込駅のロータリーに到着した。ここから少し先の高校に熱源があると砂原から話があり敢えて学校を選んだ。理由は二つ、ホテルと比べて窓が多いこと、そして何より自分が通っていた学校だったからだ。

「学校に最後に行ったのは何年前?」と圭から問われ10年以上前だと答える。校舎が改装されていなければ部屋の位置関係などを図面から把握する必要はないと考えての選択だった。


ほどなくして校舎前に到着した。すぐ近くに数年前に流行った新興宗教の建物があった。今はもう見る影もない、もしかするとあそこにも人がいるかもしれないと思いつつ車から装備を下ろす。

一瞬迷ったがドアブリーチ用のショットガンを持っていくことにした。圭が車からAKを取り出すのを見て不要だと声をかけたが「お前が持たないなら持っていく」と聞かなかった。


入り口前のグラウンドを抜けて大階段を上がる。通っていた頃に悪ガキが落ちて濡れるのが名物だった噴水はもう水を吐き出してはいない。

「5階から行こう。部屋数が少ない」と圭に声をかけ正面玄関から入ろうとする。案の定施錠されていたので一瞬迷ったがドアのガラスを割って入ることにした。ショットガンの台尻で叩いてみたが映画のようにガラスが砕けることはなかった。中の人間に気がつかれたくはなかったが仕方なくガラスに二発発砲した。大きな穴が開いたのでそれを広げてスペースを作り中に入る。

懐かしいエントランス。2階が中学職員室で3階が高校職員室、4階が専門教員の職員室になっていた。教室はガラス張りになっているところとそうでないところがあるので捜索はしやすそうだった。潜んでいるとすれば地下の食堂かホール、音楽室、別で独立している体育館のどれかだろう。

5階の視聴覚室には誰もいなかった。ドアが分厚くブリーチングはできなかったが準備室のドアガラスを切り内側の鍵を開けて侵入した。人の気配はなかったが誰かがいた形跡はあった。チョコレートの包み紙とテイッシュが残されていて包み紙にはまだチョコレートの香りが残っていた。


4階のフロアに移る。理科実験室や職員室を回るが人の気配はない。各教室も見て回ったが人がいた形跡はない。読み通り普段は地下フロアにいるのだろうか。3階フロアに移ろうとした瞬間廊下突き当たりに影が見えた。一瞬追おうか迷ったが、罠だったときのことを考えて圭に声をかけた。

「影を見たような気がしたんだけど追う?」というと「罠かもしれないから嫌だ」と言われた。お互い思うことは同じようだった。取り敢えず3階の捜索を始める。高校職員室、それぞれの教室には生活痕はなし。2階をすっ飛ばして地下に行くことも考えたが2階の礼拝堂あたりで比較的大きな音がした。間違いなく何かいる。


元々この学校はプロテスタント系の学校で毎週その礼拝堂で礼拝の時間とっていた。恐らくさっきの影はそこに戻ったのだろう。圭にその辺りの事情を説明して礼拝堂に向かうことにした。


礼拝堂の出口は四箇所。下の席側の出入り口から自分が、上の出入り口からは圭がそれぞれ捜索することにした。

ドアに施錠はされていなかった。拍子抜けしたが罠が仕掛けられているかもしれないのでゆっくりドアをずらして仕掛けがないか確認する。ブービートラップの類はなさそうだったので静かにドアを開け中に入る。室内の照明は点灯していた。


学生時代から思っていたが随分と立派なホールだった。ここも安全確保が完了すれば使用も開始されるかもしれない。そう思うとできるだけ発砲は避けたかった。


舞台袖から人が現れた。見た所30代後半のように見えるが、頭髪に白いものが混じっているので正確な年齢はわからない。

「厚生労働省の者です。ここにご家族はいらっしゃいますか?」と声を掛ける。女性の目つきが変わった、自分が誰だか気がついたようだ。

「家族はおりますが死体はありません」としっかりした声で帰ってきた。「であれば皆様を保護します。マーカーを配りますので、お手数ですが全員で何名いらっしゃるか教えてください」と両手を挙げながら近づいて行った。

「保護の必要はありません。フェンスができる前からここに住んでいました。ここは安全です」そう言いながら女性は左上を1度見た。嫌な予感がして後ろに倒れこむ、股間を見ると少し先にボウガンの矢が刺さっていた。まずい、狙撃されたと圭に伝えようとした次の瞬間、うめき声と共にボウガンが一階フロアにガシャンと音を立てて落ちた。「排除したよ」とインカムに声が入る。いつの間に女性はいなくなっていた。「消えた女を探す。お前はバックアップを頼む」と返しショットガンを構えながら舞台袖を伺う。誰もいないが外廊下に抜けるドアが開いていた。おもむろに天井に向けて発砲する。銃声に反応したのかドアと逆側で何か固いものを引きずる音が聞こえる。音の先をライトで照らすと2人の女の子が立ち上がろうとしていた。足は鎖に繋がれている。なるほど、あの女は母親か、と思った瞬間背後から硬いもので殴られた。態勢を崩して倒れこみながら殴ってきた相手を確認する、先ほどの女性ではない、大柄な影が目の前にあった。影は自分が手放したショットガンを拾おうとする。その隙に腰からテーザー銃を抜いて撃った。男が倒れてから少し間をおいて先ほどの女性が出てきた。腰からグロックを抜き「動かないで。拘束します」と告げた。伸びているいる男は夫だろう。「この子たちは生きてる!触らないで!」と叫ぶ母。だがどう見ても生体反応はなさそうだし、何より脳死から数ヶ月経っているようで肉体は腐りかけている。どう見ても立ち上がるのがやっとの状態だった。

「この子たち火葬してからお届けしますので安心してください」と言いながら男の手に拘束具をつけ女性に近づいた。女性は抵抗する素振りを見せたが次の瞬間身体をやなりにして倒れた。


「さっさと済ませよう」と反対側の暗がりから圭がテーザーを構えて出てきた。電流を止め慣れた手つきで拘束具を両手にはめる。

ジャラジャラと音のする方に歩いて行くと他にも数名の子供と大人が横たわっていた。死者かどうかを判断するために心臓の音を確認する。鎖で繋がれた2人の女の子以外は弱々しいながら心音を確認できた。だが回収までに持つだろうか。


その間に圭は既に活性化している2人の女の子の頚椎をバールで砕きGPSマーカーを腕にはめ処理を完了した。本来なら火器を用いて頭を潰すのが早いのだが人道上避けることというのが会社からの通達だった。


自分も生存者の腕にマーカーを取り付け、念のためオペレーターに状況を伝えておく。「複数名の生存者がいるがそのうち数名は虫の息だ。活性化する可能性があるので手足を拘束しておく。安全確保の際活性化していたら処置してくれ」

副島より了解の連絡をもらってから次の場所に移る。次は地下ホールと体育館だった。時間は15時、津村の件もあってスタートが遅れたせいでここまで飯も食えてない。残り3時間で定時だった。

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