妻の視点

午前6時半、スマートフォンのアラームで目が覚めた。寝入る前に隣にいた夫はもういない。

昨日は珍しく早く帰ってきたと思ったら「明日は早いから早めに寝たい」と言い食事の後特に会話もせずにベッドに向かった。

そんな夫が嫌いではなかった。元々多くを話すタイプではなかったが夫はそれに輪をかけて話をしない人間だった。

ただ映画と酒と食事の好みが同じだったのが大きかった、私が映画の話をし、彼はその映画に合わせて酒を選び料理を作った。いい意味で空気のような存在で、同じ部屋で生活を始めるまでそう長くはかからなかった。


同居を決めたのはそれだけが理由だったが一番の理由は自分の父の人生を終わらせてくれたことだった。


父は心臓発作で倒れた。一緒にいた母が心臓マッサージやAEDでの心肺蘇生を試みたが意識は戻らなかった。

その30分後、父は母の肩に噛み付いた。

肩から血を流す母を見て叫ぶことしかできなかった。叫ぶ私を見て「生き物」を認識した父だったそれはこちらに向かってきた。

左手を伸ばし私を掴もうとした瞬間、父だったそれの身体が後ろに吹き飛んだ。何が起こったか解らず頭から血を流す父を見て気を失った。


気がつくと病院のベッドの上だった。目が覚めてしばらくして医師から細菌感染者の入る隔離区画にいること、母の容態は安定しているが感染のため血液を人工血液に入れ替えたこと、処置が早く入替え量も多くなく透析が必要ないことを聞かされた。私自身も怪我をしていないこともあり血液検査で陰性なら直ぐに出られることを告げられた。


退院後、父を撃った人間と対面した。それが彼だった。


父が父でなくなって直ぐ卒倒してしまったので解らなかったが、彼は「壁」の外での仕事を終えて持ち物を事務所に返却する途中だった。

父の検死に立ち会う際、父を撃った際の状況を報告するために参考人として同席していた。そこで一言二言会話をしたのは覚えている。


その後、近所のロンドンパブで何度か見かけて向こうから声をかけてきた。そこから夕食を2度ほど、酒を何度か飲み気がついたら一緒に住むようになった。母も歓迎していたこともあったが、母も私も父を失った後を埋める存在が必要だったからかもしれなかった。

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