第6話 ガチと書いて、本気と読む

「これで終わりだね」

そう言って、グレアはハンマーを振り下ろした。

だが、その攻撃はルデアには当たらなかった。

「えっ……」

グレアはバランスを崩して、倒れ込んでしまう。

いや、正確には、バランスをのだ。

振り上げていたハンマーは彼の手から離れ、落ちてくるところをルデアは、片手剣で薙ぎ払う。

「ルデアくん、なかなかやるね。思ってたよりも、ずっと……」

ルデアはその隙に立ち上がる。


グレアがよろけた原因、それはもちろんルデアだった。

だが、要因は彼、グレア自身にある。

ハンマーという武器の有利な点は、一度に大きなダメージを与えれるということ。

だが、良い武器にはそれなりの弱点がある。

この際の弱点というのが、『重さ』だ。

しつこいようだが、ハンマーは、威力の代償にスピードが落ちる。

それに、ハンマーを振っている最中、つまり、攻撃モーション中は体を守るものが何も無いのだ。

ルデアはその隙を狙って、無防備なグレアの足に蹴りを入れて転ばせたのだ。

もしもグレアが屈強な大男であれば、ハンマーの反動をもろともせず、蹴りは通用しなかったかもしれないが、彼はルデアと変わらないほどに見える程度である。

失敗すれば、そのままハンマーをくらってルデアの負け。

ルデアの勝つための賭けは、成功したということである。


「ギリギリの状況でも諦めない、憧れるよ」

「どうも、ほら、さっさと武器を拾えよ」

ルデアは落ちているグレアのハンマーに目配せをする。

「いいのかい?今なら僕を倒せるというのに」

「無防備な敵を倒すのは好きじゃない、対等であってこその勝負、だろ?」

「じゃあ、お言葉に甘えて」

グレアはそう言うと、悠長ゆうちょうな足取りでハンマーを拾う。

「僕に武器を拾わせたこと、後悔させてあげるよ」

グレアはハンマーを肩にかけて言う。

「俺がトドメを刺さなかったことを後悔する前に、さっさと決着をつけようか」

ルデアはそう言って、剣を構えた。


「はっ!」

先に動いたのはグレアだった。

彼は、ハンマーを縦に振り下ろし、ルデアはそれを避ける。

続く連撃もルデアは体を上手く使って避け、少しずつ、グレアにダメージを与える。


ルデアとグレアの残り体力が同じくらいになった瞬間、グレアは動きを止め、ニヤリと笑った。

「わかったよ、紅亜くれあ

彼は1人でそう呟くと、片手でハンマーを持ち上げて、ルデアに向ける。

「ここからが本番だ」

(グレアの雰囲気が一気に変わった?さっきまであったものとは違って、刺々しいオーラが……)

ルデアの考えを遮るように、グレア(?)はハンマーを振り下ろす。

「ぐっ……危ねぇな……」

ギリギリのところで避けたが、続く連撃が体をかすめる。

先程とは全く違う動きをするグレアに翻弄されながら、ルデアはグレアに向かって言葉を投げかける。

「グレア、お前、まさか……」

「気づいたか?」

グレアは気味の悪い笑みを浮かべながら言う。

「俺はグレアじゃねぇ。グレアのもう1人の人格、紅亜だ」

「やっぱりか……」

二重人格というのは初めて見たが、その豹変っぷりから、理解するのは難しくはなかった。

「ハンマーに慣れていないグレアなんかより、俺の方がもっとお前を楽しませれる、そう思わないか?」

「俺はどっちでもいい。俺が勝つことは確定条件だからな」

「言ってくれるじゃないか。なら、こちらも本気を出すまでだな」

残り時間は3分を切っていた。

「おりゃっ!!」

ルデアは、またも先制攻撃を仕掛けるグレア、いや、紅亜のハンマーをかわす。

だが、紅亜の動きは先程とは違っていた。

地面に叩きつけたハンマーを軸として、回転蹴りを加えてきたのだ。

不意をつかれ、よろけてしまったルデアの胸に、今度はストレートな蹴りを入れる。

紅亜の、ハンマーを軸にした体術はスピードが早く、かわすのが厳しい。

残り時間は1分しかない。


「下、右、右、A、プラス上入力……」

ルデアはそう呟くと、紅亜の胸元への蹴りを素早くしゃがんでかわす。

そして、ちょうど頭上に空中スライドしてきた紅亜の背中に目掛けて、剣を振り上げる。

「ぐはっ……!」

飴玉の効果でダメージは入らないようになっているが、人を切るというのは、なんとも言えない感覚である。

だが、今の攻撃がクリティカルヒットしたのか、グレアの体力ゲージの黒い部分は、ルデアのを通り越して、やがて、黄色い部分を飲み込んでしまった。


つまり、ルデアの勝利だ。


「なかなかの接戦で、楽しめたよ、ありがとう!」

試合が終わると、グレアは元に戻っていた。

彼は旅の途中に寄ったこの街で、偶然見かけたこの大会に参加したらしい。

自分の今の力量が分かって満足したらしく、また旅立って行った。


「ルデアくん、さっきの、キングスマッシュのコマンドよね?」

試合が終わり、グレアと別れると、すぐにセイラが駆け寄ってきた。

さっきのというのは、下とか、右とかのことだろうか。

「ああ、よく分かったな」

「私も昔はキングスマッシュをやっていたことがあるのよ」

「なるほど」

キングスマッシュというのは、少し前にはやったゲームで、2Dの格闘ゲームだ。

「さっきあなたの呟いたコマンド、あれと同じ動きをあなたは完璧にこなしていたわ」

「とっさに思いついたんだよ、やってみたら意外と上手くいくもんだな」

そう言って笑うルデアに、セイラは呟いた。

「あなた、思ってたよりも凄いのね……」

「諦めたくなかっただけだよ。どうせ負けるなら、最後まで必死にやった方が自分も清々しいだろ?」

「……そうね」

「潔く諦める、なんて、弱いやつの言い訳だ。最後まで勝ちにしがみついた方が、バカみたいでかっこいいだろ?」

ルデアは最後に、「なんてな」と付け足して、照れたように笑った。

「私、あなたのこと、ちゃんと見えていなかったようね」

「ん?何か言ったか?」

「いいえ、なんでもないわ。次の試合も勝ちましょうね」

セイラはそう言って微笑んだ。


3回戦、4回戦は、順調に勝利し、ルデアとセイラの2人は、無事、明日の準決勝に進むことが出来た。


2人はオレンジ色に染まりはじめた空の下、並んで宿屋への帰路を歩いた。

「新しい武器の使い心地はどうだった?」

「んー、あまり強くなった感じはしなかったな。軽くは感じるが……」

「それは、多分、まだ使いこなせていないからね。慣れれば、剣本来の力を引き出せるはずよ」

「剣本来の力?」

「ええ、明日にでも、わかるといいわね」

ルデアにはその言葉の意味がわからなかったが、きっといつか分かるのだろうと、それ以上は聞かなかった。



「ただいま〜」

「ただいま」

宿屋に戻ると、ドールが掃き掃除をしていた。

それを手伝うリリスの姿もある。

「おかえりなさい、お二人共、ご一緒だったんですね」

ドールが微笑みながらそう言うと、リリスは「ご一緒!?」と驚いたようにルデアの方を見つめた。

「ルデア……?お姉ちゃんを差し置いて、セイラさんとデート……?」

「いや、違うって!そういうのじゃないから!」

「じゃあなんで一緒に居るの?なんでこんな時間に帰ってきたの?どうしてお姉ちゃんとはデートしてくれないの?どうして?ねぇ、どうして?」

ヤキモチゲージが最高を迎えたリリスが、ルデアにベタつきながら、マシンガンのように質問攻めをしてくる。

「あー、もう!質問は1つずつにしろよ!てか、デートじゃなくて、途中で偶然会っただけだから!」

「ほんと……?」

リリスは、目に涙を溜めてルデアを見つめる。

「本当だ」

ルデアが大きく頷くと、リリスは笑顔を取り戻して、ルデアをぎゅっと抱きしめる。

「じゃあ、今度はお姉ちゃんとデートしようねっ!」

「なんでそうなるんだよ!?」

そんな2人を、微笑みながら見つめる2人、いや、3人がいた。


その日の夜、ルデア達が眠りにつこうとしていた頃。

「ドールはやっぱり、ここで寝るんだな」

「ええ、ルデアさん達も明日には旅に出てしまうようですし、最後の夜ですから」

「変な言い方だな……。てか、俺の腹を枕にするのはやめてくれよ」

「嫌です!ルデアさんのお腹、ちょうどいい高さと温もりがあって……」

ルデアは諦めたようにため息をついた。

確かに、明日にはこの宿屋を出て、新しい街に向かうつもりだ。

そこでドールともお別れになるだろう。

今夜くらいは、と思ってしまうのが実のところである。


「なぁ、姉ちゃん」

「どうしたの?ルデア」

ルデアは、今日、大会があったこと、明日もそれに出場することを話した。

「そ、そうなのね〜、全然知らなかったぁ」

「姉ちゃん、なんか変だぞ?」

「そ、そんなことないよ!明日も頑張ってね!お姉ちゃん、見に行くから!」

「お、おう」

リリスの様子がなんだかおかしいが、それはいつもの事なので気にとめないでおこう。

そう思い、ルデアは部屋の電気を消した。


ちなみに、ドールが、部屋の前を通ったセイラに、「ご一緒にどうですか?」と聞いたところ、慌てたように否定され、彼女は自分の部屋に駆け込んだらしい。

クールな雰囲気の彼女からは想像するのが難しい。



「ルデアくん」

その声で目が覚めた。

外はまだ薄暗いようで、部屋の中も暗い。

「セイラよ、見えるかしら」

「いや、見えないな……。お前は見えてるのか?」

声を聞いてやっと人がいることが分かる程度の明るさ、正直、セイラがどこにいるのか、ルデアには分からない。

かなり近くにいることだけはわかるのだが。

「ええ、はっきり見えているわよ」

「お前、凄いんだな」

素直に感心してしまう。

「これが普通よ」

セイラのその声が聞こえると同時に、ルデアの目の前が明るくなる。

「っ……」

突然の眩しさに目をつぶってしまう。

「あら、驚かせてしまったかしら。ごめんなさいね」

目を開くと、そこには、人差し指の先端から光を放っているセイラの姿があった。

ルデアの上にまたがって、それも息のかかりそうな程、顔が近くに。

「っ!」

驚きのあまり、体が自然と動こうとするが、ドールの頭が腹の上にあるため、動けない。

「しーっ、静かにしないと2人が起きてしまうでしょ?」

「なんでこんな時間に来たんだよ」

ルデアがそう聞くと、セイラはふふっと笑って答えた。

「サプライズ、よ」

「は?」

「わからなくてもいいわよ!とにかく、昨日のお返しなの!」

「昨日の?悪いが、なんの事だか全くわからないんだが……」

「昨日のコーヒーのこと……って、もういいわよ!今日の大会、絶対負けないから!」

セイラはそう言うと、ベットから飛び下りてドアの向こうに消えた。

「ほんと、鈍感……」

彼女がそう呟いた声は、暗闇の中に溶けただけだった。


そして、ついに大会、準決勝がやってきた。

リリスとドールも応援に駆けつけてくれて、ルデアと書かれた旗を振っている。

恥ずかしいからやめてくれ。

準決勝に残ったのはもちろん4人、ルデアとセイラ、その他の2人はまだ未知数だ。

くじ引きが行われ、見事にルデアとセイラはAコートとBコートに別れることになった。

つまり、ここを勝ち抜けば、2人の1騎打ちになるという事だ。

「では、準決勝を始めたいと思います。ここまで勝ち進んだ4人の選手!コートに入ってください!」

司会のその声を聞いて、ルデア達は選手控え室の中のベンチから立ち上がる。

だが、4人いるはずのこの場所に、今は3人しかいない。

くじ引きの結果では、相手は女性のはずだから、向かい側に座っていた全身黒ずくめの男とは違う人のはずだ。

そんな疑問を持ちながら、ルデアはコートに向かった。


どうでもいい話だが、司会が昨日とは違って、若いお姉さんになっている。

そのお姉さんの隣に、『昨日の司会は人に言えない理由により、欠席しております』と書かれた看板が立っているのがみえる。

あのおっさん、何やらかしたんだよ……。


選手控え室を出て、コートに入ったルデアは目を見開いた。

「ルデア!お姉ちゃんも、頑張っちゃうからね!」

何故かそこには、リリスがいた。

だが、昨日、ルデア達がエントリーした時、リリスは控え室にはいなかったはず。

そこでルデアは思い出した。

控え室にいたのはルデア達を合わせて25人。

だが、出場者は26人だったのだ。

その最後の一人がリリスだった。

「ルデアがいなくて暇だったから、街を歩いていたの!そしたら偶然この大会を見つけて……」

「昨晩の怪しいのはそういう事だったのかよ……」

ルデアにとって、リリスが大会に出ていることは正直、どうでもよかった。

それはリリスの自由だから。

だから、問題なのはその別の部分。

ルデアがリリスと当たってしまうことが一番の問題なのだ。

実の姉に剣を向けるなど、いくら無ダメージでも、躊躇ためらう以外にないだろう。

「でもお姉ちゃん、ルデアと戦えるの、嬉しいよ!」

「え?」

躊躇ってしまうのはリリスも同じだと思っていた。

だが、それは違ったようだ。

「だって、ルデアの戦う姿を一番近くで見られるんだもの。それに、いつもとは違った方法で、思いっきりぶつかることが出来る。だから、お姉ちゃんは嬉しいよ!」

「姉ちゃん……」

ルデアは小さい頃、自分とリリスに向かって父親が言った言葉を思い出した。


『剣は自分を守り、相手を傷つけるものだ。だが、使い方を変えてみれば、誰かを守り、ヒトとヒトを繋ぎ、わかり合うための道具にもなりうるんだ、なんてな。これは俺の父さんの言葉だ。この言葉は、お前達が受け継いでくれ』


そう言って、父親は笑っていた。

この言葉の意味を、リリスはちゃんと理解していたのだ。

「姉ちゃんがそう言うなら、俺も手を抜くつもりは無い」

ルデアは腰にたずさえた剣を強く握りしめる。

「では、選手の皆さんは飴玉を飲み込んでください!」

ルデアとリリス、ほかの2人もオーラをまとう。

「では、バトルスタートです!」

その合図とともにルデアは剣を抜く。

だが、目の前のリリスは武器を持っていない。

だが、ルデアは知っている。

彼女の身体、全てが武器だということを。

「ルデア!本気で行くよ!」

リリスはそう言うと、ルデアに手のひらを向けた。

(この攻撃は知っている。)

これは、リリスが短剣を飲み込んで手に入れた技だ。

「えいっ!」

リリスがそう言うと、彼女の手のひらから何本もの短剣が、ルデア目掛けて発射された。

「ぐっ…ぅ……」

視認出来ないほどの速さの短剣をかわせる訳もなく、それらは見事にルデアに刺さる。

「容赦ねえな……」

ルデアの残り体力は半分を切っている。

だが、ルデアが見てきた限り、リリスにはこれ以外の攻撃方法はないはず。

「なら、ここを狙う!」

リリスの短剣を発射する攻撃は、主に遠距離攻撃だ。

なら、接近すれば、攻撃の質が落ちるはずだ。

そう思い、ルデアはリリスに向かって走る、が……。

「ルデアはもっと相手を見極める力が必要だよ!」

リリスはそう言うと、ウエストポーチから鉄球を取り出した。

「へ?」

リリスは体を変形させ始めた。

「私、スライムだから、こういうことも出来るんだよ?」

そう言ってリリスがなった形は……、

「大砲?」

青い大砲だった。

そして、その中に鉄球を入れて、

「ルデア、ごめんね!」

ドォォォォォォン!!!

リリスの放った大砲の球によってルデアの体は吹き飛ばされ、同時に、ルデアの胸元の機械が、敗北を知らせる音を鳴らした。

「俺、あっけねぇぇな!」

やはり、スライム(姉)が強すぎて、俺の出る幕がない……。


そして、こちらはセイラのバトルの話。

セイラと相手の男の力はほぼ互角で、互いに残り体力は3分の1程まで削られていた。

「あんた、思ってたよりもやるのね」

「お褒めに預かり光栄だな」

2mはある巨体の男は全身黒ずくめで、見えているのは目元だけ。

「黒忍者のくにでも、我は鍛錬を積んでいる方だ。黒忍術に最も長けていると言われるほどにはな」

男はそう言うと、その巨体のものとは思えないほどのスピードで、セイラの周りを走り始めた。

巨大な体にかかる遠心力もものともせず、空気抵抗さえも弾き返す。

そのスピードによって、男の描く円の中心にいるセイラを、徐々に風が円を描きながら取り巻き始めた。

「こ、これは……」

「黒忍術・巻風まきかぜ!」

男がそう唱えた瞬間、セイラを取り巻く風はいっそう強くなり、彼女を宙に持ち上げ始めた。

「ぐっ……」

セイラはなんとか抜け出そうともがくが、その手足は虚しくもくうを切るだけだった。

「黒忍術・歯車切り!」

男はポケットから取り出した先端のとがった歯車を取り出し、渦巻く風の中へ放り込んだ。

歯車は風によって回転し、その鋭利な先端でセイラを攻撃する。

セイラの体力は、既にミリ単位まで削られていた。

「ぐっ……こんな所で……負けるわけには!」

だが、彼女は諦めない。

『潔く諦める、なんて、弱いやつの言い訳だ。最後まで勝ちにしがみついた方が、バカみたいでかっこいいだろ?』

彼は、ルデアはそう言っていた。

「最後まで勝ちにしがみつく……」

セイラは、HPのほとんど残っていない体をなんとか起こし、必死に立ち上がる。

ダメージが無い分、痛みは感じないが、受けたダメージ分の疲労感は感じるらしい。

ふらつく体を必至に奮い立たせ、敵をその目で捉える。

「この感覚、しばらく忘れてたなぁ……」

「何をひとりで呟いている?もう勝負は決まったようなものだ。潔く諦めたらどうだ?」

男のその言葉を聞いて、セイラの中の何かが弾けた。

「潔く諦めるのは弱者の戯言たわごと。勝つのはいつだって、価値にこだわったやつだ……」

「今更何をしようと、貴様に勝ち筋はない」

男はそう言うと、ふところから取り出した刀を振り下ろした。

「は……?」

だが、次の瞬間、その刀に刃はなかった。

「その程度の切れ味、刃など無いに等しいな」

彼女の目は、先程とは違う。

冷たさにさらに磨きがかかり、それでいて残酷。

「正攻法が聞かないのならこうするまでだ」

男はそう言うと、取り出した黒い玉を地面に投げつける。

砕けた玉からは黒い煙が吹き出し、フィールドは暗闇に包み込まれた。

「黒煙か……」

「貴様には我の姿が見えないだろう?ただの人間には一寸先は闇どころか、鼻先は闇……」

「見えているが?」

「は?」

男の前に、暗闇を切り裂くように刃が現れる。

男は寸前のところでそれをかわすが、刃は暗闇の中に消えていく。

「お前には、私の姿が見えていないのだろう?」

男はいつの間にか、自分にも相手の姿が見えていないことに気づいた。

いや、違う。

この状況、見えていないのだ。

「これは……暗闇の重ねがけ?!」

「今更気づいたか」

男は暗闇の中から聞こえる声に怯える。

男にセイラが見えない理由、そして、セイラに男が見える理由、それは、

「私は魔族だからな」

そう、セイラが魔族だから。

彼女は魔族であり、人間である。

つまり、魔族と人間のハーフ。

魔族は暗闇の中でも見える目を持っている。

彼女もそれは同じだ。

基本、魔法や技で効果を発生させた時、その効果は本人には発生しない。

つまり、黒煙の闇の中では、発生させた男はもちろん、魔族の目を持つセイラも見えていた。

だが、そこにセイラの闇魔法を重ねがけすることで男には見えないようになったのだ。

「つまり、ここはもう私のフィールドだ」

もう男に勝ち目はなかった。

彼女の刃が暗闇を引き裂くと同時に、刃が男の体を駆け巡り、そして、男の敗北を告げる音が鳴り響いた。

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