第3話のおまけ 姉と宿主が合わさったら、ろくなことが起きない

部屋に戻ってから少し時間が経った頃。

「お風呂入らなきゃだね」

「んー、そうだな」

正確な時間はわからないが、感覚的にはもう風呂に入って寝るくらいの時間だろう。

「ルデア、一緒に入っちゃう?」

「頷くと思ったか?」

「うん!」

「自信満々に答えるなよ、俺は後で入る。先に入ってくれ」

「えぇ、やだよぉ。ルデアと一緒じゃないとやだ!」

「子供みたいに駄々だだねてもだめだ」

「じゃあ、大人みたいに駄々を捏ねたらいいの?」

「どんな状況だよ、それ」

「お姉ちゃんは立派に大人だよ?ルデアより、3つも上なんだから!」

「大きくなってるのは体だけだろ。姉ちゃん、勉強もスポーツも、何やっても昔からダメじゃん」

「か、体だけって……、そんなことないわよ!ちゃんと心も大人に……」

「心も大人になった人が、スライムに可愛いって言って近づいたりしませんよ〜?それで飲み込まれて、スライムになっちゃったり、しないですよ〜?」

「そ、それは……違うもん……ぐすっ、違うもん……」

ルデアが少しからかってみると、リリスは突然、泣き出してしまった。

「あ、ちょ、い、言い過ぎた!ごめんって!」

「ルデアさん、女の子を泣かしちゃダメじゃないですか〜」

「ど、ドールさん!?いつから居たんですか」

「んー、『ルデア、一緒に入っちゃう?』の辺りからですね」

「かなり最初からですね!?なんで気づかなかったんだろーなー!」

「存在感を消す魔法、使ってましたから」

「なぜゆえにわざわざ?!」

「私がルデアさんと同じくらいの年の頃は、存在感を消す魔法なんて使わなくても、誰にも認識されないような……。そりゃあ、もうそろそろ、なにか起こりそうな予感がしましてね」

「なにかって、何が起こるんですか?てか、さらっと昔の黒歴史を晒さないでください」

「それは、起きてからのお楽しみですよ」

ドールはそう言ってくすくすと笑うと、リリスの方を指さした。

「えへへ、ルデアぁ〜」

ルデアが振り返ると同時に、柔らかいものが顔を包み込む。

「ちょ、姉ちゃん!」

ルデアは、のしかかってくるリリスを、少し強引に引き離す。

「姉ちゃん、顔が真っ赤じゃないか!」

「薬が聞いてきましたかね」

「薬!?」

「はい、精力をつけてもらおうと思って♪」

「せ、精力って……何考えてるんですか……」

「若いお二人のお助けをしようと思って♡かわいい少女の善意100%ですよっ♪」

「かわいいは否定しないですけど、年齢的に少女ではないでしょ……」

「次それ言ったら、ルデアさんのにも薬、盛りますよ?」

「す、すみませんでした……」

ドールの笑顔が怖い。

「ねえ、ルデアぁ〜。一緒にお風呂入ろ〜?」

「だから、ダメだって!今の姉ちゃんになら、何されるかわかったもんじゃないし」

「ルデアさんは、興味ないんですか?まさか、ホm……」

「ちがいます!興味はありますけど、姉とそういうことはするべきじゃないですし……」

「その、というのは、何を基準にした考えですか?」

「何をって、世間体せけんていとか、法律とか……」

「じゃあもし、ルデアさんがリリスさんのことを、本気で好きになって、恋愛対象としてみるようになったら、その時はどうしますか?」

「もしそうなったら……、その時は、してしまうかもしれませんけど……」

ルデアが顔を赤くして答えると、ドールはゆっくりと、深く頷いた。

「そういうことなんですよ、愛って。法律や世間体が邪魔をしていても、結局は止められないものなんです」

「ほ、ほぉ……」

「まあ、ここでそういうことされても、私は困るんですけどね。あっちの方にあるピンクの看板のホテルとは違いますから」

「な、なら、なんで薬なんか……」

「あれは冗談ですよ、これは魅惑みわく魔法です。リリスさんは今、別に破廉恥はれんちな気持ちをいだいている訳じゃなくて、私がルデアさんにかけた魅惑魔法によって、ルデアさんに恋してる状態なんですよ」

ドールはその後に、私にはそんな薬、手に入れる勇気ないので、と付け足した。

「ただ、ルデアさんを試しただけです。もしも、ここでリリスさんを押し倒したりしていたら……、その時はその時の対処をするつもりでしたが、心配いらなかったようですね」

ドールはふふっと笑ったあと、小声で何かを唱えた。

「ん……あれ?私、何をしてたんだっけ?」

「姉ちゃん、大丈夫か?」

「え?全然大丈夫だけど、どうかしたの?」

どうやら、リリスは元に戻ったらしい。

「あ、そうだ!お風呂に入るんだった!じゃあ、ルデア、先に入るね!」

そう言ってリリスは、ふろ場に入っていった。


「ドールさん、本当に、こういうことはやめてください」

「どうしてですか?押し倒してしまうかもしれないからですか?」

「いや、そういう事じゃなくて……」

「なにか、事情があるみたいですね?」

「実は、そうなんです……」

ルデアは一呼吸置くと、落ち着いた声で話し始めた。


「実は、俺と姉ちゃんは母親が違うんです。姉ちゃんの母親が病気で亡くなって、その後に、今の母親から俺が生まれたんです」

「つまり、腹違いの姉弟ですか」

ルデアは頷く。

「だから、俺と姉ちゃんとの血は、半分同じで、半分違う。だから、顔もよく似てないって言われるし、性格だって全然違う」

ルデアは、リリスに聞こえていないかを気にしながら、話を続ける。

「家族だって意識はあるけど、姉だって認識はあるけど、昔から何故か、姉と言うよりも異性という感覚が前にいるんです。だから、俺は姉ちゃんが苦手で……、その気持ちを隠すためについ強い口調になったりして、その度に傷つけてるのかなって……」

ドールは話を聞きながら、何度も頷き、言葉を止めたルデアの目を見て言った。

「青春、ですね〜」

「はぁ?」

「いや、あれだけ美人のお姉さんがいれば、意識するのも無理はないですよね!おまけに半分他人と来たら、もうこれは、押し倒しちゃっても仕方ないですね!」

「仕方なくねぇよ!?」

「なんて、冗談は置いといて」

「冗談だったんですか……」

ドールは突然真面目な顔に変わり、真っ直ぐにルデアを見据えた。

「自分の気持ちに正直になれないことに悩んでいるなら、少しずつ、鍵を外していきなさい。ゆっくりでいいから、あなたの旅が終わるまでには、全ての鍵を外して、自分に素直な生き方ができるようになりなさい」

ドールの真っ直ぐな目から、その言葉が真っ直ぐに放たれたように感じた。

「心の鍵……」

「なんて、おばあちゃんの受け売りですけどね!」

ドールはそう言って、明るく笑う。

「嘘や隠し事がない人なんていません、なぜならそれは必要だから。でも、自分に対してつく嘘ほど、不必要なものはありませんよ」

ドールはルデアの肩を軽く叩きながら言った。

「嘘のない人生ほど、楽な生き方はないと思いますけどね」

その声は、ルデアの心を優しく持ち上げてくれたような気がした。

「それも、おばあちゃんの受け売りですか?」

「いいえ、今のは私からルデアさんへの言葉ですよ」

ドールはそう答えて、ベットに寝転んだ。

「私もここで寝ちゃいましょうかね」

「いや、なんでだよ?!」

「いや、逆になんでですか?!今のはそういう流れだったじゃないですか!」

「どこがだよ!」

「ひとりで寝るの、そろそろ寂しくなったんですよ!実家を飛び出したことを後悔し始めそうなんですよ!」

「知らないですよ!なら、実家に帰ればいいじゃないですか!」

「飛び出してから100年以上経ってるんですよ?今更……」

「家出、長すぎだろ!」

「とにかく!私もお二人と一緒に寝たいんです!」

「まあ、もうどっちでもいいわ!勝手にしてください!」

「じゃあ、私はベットの右側ですね!」

「修学旅行の学生かよ……」

「で、リリスさんが左側で……、ルデアさんが真ん中ですね!」

「えっ?!俺もそこに寝るのかよ!」

「そりゃあ、お客さんを別の部屋で寝させる訳にはいきませんから!」

「そう思うなら、ドールさんがほかの場所で……、てか、初めに二部屋頼んだのに断ったの、あなたですよね!?」

「記憶にございません」

「に、逃げた……」


結局、ルデアの願いは見事に全て無視され、3人とも、ひとつのベッドで寝ることに決定してしまった。

ちなみに、風呂から上がったリリスに『みんなでベットでねる?』とドールが聞いたところ、ものすごい速さでOKされた。

ドールは既に風呂に入っていたようなので、ルデアもさっさと済ましてしまい、ベットに入った。

「じゃあ、おやすみなさい」

「おやすみなさい、ルデアさん、リリスさん」

「お、おやすみなさい」

(こんなの寝れるわけないだろぉ!)

ルデアは、そう心の中で呟いて、目を閉じた。


結局、ルデアが一睡いっすいも出来なかったことを、誰も知らない。

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