第3話 勝負はカードも買い物も、白熱するもんだ

「広い街みたいだし、宿屋くらい至るところにあると思ったんだが、なかなか見つからないな」

「でも、ルデア?」

「ん?さっきと同じ質問なら受け付けないぞ?」

「えぇ〜、だって、宿屋が無いならホテルでいいでしょ?」

「まあ、ならな?」

「あのピンクの看板のホテル、あれは普通じゃないの?結構安いみたいだけど……」

ルデアは足を止めて振り返り、リリスの肩を掴んで強めの口調で言う。

「姉ちゃん、ピンクの看板をしたホテルの中に、普通のホテルがあると思うな。あと、安さに釣られてあそこに入ったら最後、入った時と同じようには戻れないと思え」

「わ、わかりました……」

リリスはイマイチ納得出来ないという表情だが、世の中には知らなくていいこともあるのだ。

リリスがさっきから言っているホテル、あれはいわゆる大人専用のホテルだ。

そう、LとO、Vと最後にE、この4文字が前についているホテル。

しかしまあ、18にもなる姉が大人のホテルの意味も知らないとは、弟としては彼女の将来が心配で仕方がない。

ともかく、彼女を入らせる訳にはいかないと、先程の説明が確か、13回目だ。

というか、LOVEのつくホテルを見かける度にリリスに説明させられているんだから、問題があるのはリリスではなく、この街の方だ。

いくらなんでもLOVEのつくホテルが多すぎやしないか。

そう心の中で呟いていたルデアをよそに、リリスはまた何かを指さして声を上げる。

「あれ!宿屋じゃない?」

「お?そうみたいだな」

リリスの指し示す先にある建物は、木造のおそらく二階建て、屋根の上の看板には『宿屋 ドール』と描かれてある。

「やっと見つかったな」

「ルデアがホテルはダメだってわがまま言うから……」

「その話はもういいから!」

リリスが余計なことを言いそうなので、無理やりストップさせて、2人は宿屋の扉を開く。


「いらっしゃいませ!」

宿屋の中は綺麗に片付いていて、店にいるたった一人のお姉さんも、リリスと変わらないくらいに見える。

まるで、新装開店のようだ。

「わぁ、ここすごい綺麗だね!あ、あれなんだろ!」

「あまりはしゃぎすぎるなよ〜」

リリスは窓辺に置いてある変な形の置物に興味を持ったようで、子供のように走り寄っていった。

「お二人ですか?」

「はい、二部屋借りたいんですけど」

「え?」

ルデアが二部屋と口にした途端、リリスがすごい速さで振り向き、同時に飛びつくように駆け寄ってくる。

「なんで二部屋なの!?」

「いや、そりゃ、年頃の男女が同じ部屋とか……」

「私たち姉弟だよ!?そんなこと関係ないからさ!お姉さん、一部屋でお願い!」

「いや、それはない!いくら姉弟でも、同じ部屋とか無理があるから!お姉さん、二部屋で頼む!」

リリスは宿屋のお姉さんにグイグイ詰め寄りながら何度もお願いする。

それに負けじと、ルデアもお姉さんにグイグイ詰め寄る。

「え、えっと……そう言われましても……」

宿屋のお姉さんは2人を何度も見比べて、何かを閃いたような顔をすると、コホンと咳払いをした。

「あいにく、現在、一部屋しか空いておりませんので、それで構いませんか?」

お姉さんは、申し訳ないというオーラを全面に出して、ルデアにホンワカとした笑顔を見せる。

「それなら……仕方ないですけど……」

「ありがとうございます!では、お部屋の方にご案内しますね」

お姉さんは小さく頭を下げると、2階へ続く階段へと2人を誘導する。

ルデアは、姉が小さくガッツポーズをしているのに少しイラッとしたが、宿屋のお姉さんの笑顔に免じて、見なかったことにしておいてやろうと思った。


「お部屋はこちらになります」

2人が案内されて入った部屋は、大きな窓と大きなベットが特徴の綺麗な部屋だった。

お姉さんは、2人が荷物を置いたのを確認すると、ゆったりとした口調で話し始めた。

「本日は、宿屋 ドールにお越しくださいまして、ありがとうございます‪。私、宿主のクリシア=ドールと言います、よろしくお願いします」

クリシア=ドールと名乗ったお姉さんは、小さく一礼すると、どこからか一枚の紙を取り出した。

「では、何泊ほどする予定ですか?」

「予定としては、1日か2日くらいでこの街を出るくらいだから……」

「では、2日と書いておきますので、もし、延長をご希望される際は、私の方までお声かけをお願いします」

ドールは紙を折りたたんで胸ポケットにしまうと、ごゆっくりと言って、部屋の扉を開く。

「あの、ドールさん?」

「まだなにか御用でしたか?」

「いや、御用っていうかさ……。案内してもらう時にほかの部屋も覗いたんだけど、どこも空き部屋に見えたんだけど……」

ルデアがそう言うと、ドールは先程のように咳払いをして、綺麗な笑顔で言った。

「気のせいですよ」

「そ、そうですか」

ルデアはなぜかそれ以上問いつめる気になれず、閉じられた扉をしばらくの間、見つめていた。


「もうこんな時間だけど、どうする?」

ルデアは窓から見える第12恒星(地球で言うところの太陽)を眺めながら言う。

「んー、日も傾いてるし、夜ご飯の準備をしないとだし……」

ルデア達の世界には、時間を知る方法が普及していない。

東の国には、時間がわかる機械があるらしいが……。

「なら、街の散策と武器の調達は明日にするか」

「うん!じゃあお姉ちゃん、お買い物に行ってくるね!いい子にして待っててね!」

リリスはそう言うと、ルデアの頭を撫でてから部屋を出ていった。

「また、子供扱いしやがって……」

そう呟いたルデアの頬は、ほんのりと赤くなっていた。


「さて、何を買おうかなぁ♪」

リリスは街の商業区にやって来ていた。

商業区は活気に溢れていて、大量の人で溢れかえっていた。

「う……、この人混みに入らないといけないのね。でも、夜ご飯のため!私、頑張る!」

そんな独り言を呟いて、リリスは人混みの中に飛び込んだ。


一方その頃、ルデアは、

「ドールさん、何してるんですか?」

することも無く、1階の受け付けにいたドールに話しかけていた。

「これ、知ってます?『スライムか、パンサーか』というカードゲームです」

「初めて聞く名前ですね。でも、カードゲームなら、相手がいないとできないのでは?」

「いえ、私の場合は1人でもプレイ可能なんです」

ドールがそう言うと同時に、ドールとは離れた場所にあるカードが1枚、ひとりでに動き始めた。

「え!?」

ルデアが驚いた表情をすると、ドールは少しからかうように笑い、魔法ですよ、と言った。

「魔法って、あの有名な?」

「そうです」

ダルダムスにいた時に読んだ本には、魔法というのは普通、長い時間をかけて習得するもので、攻撃防御、その他にも幅広い種類があると書いてあったはずだ。

しかし、目の前で魔法を使っているドールは自分ともそれほど変わらないように見える。

そんな彼女が魔法を使えるというのか。

ルデアは疑問に思って聞いてみる。

「ドールさんって、何歳なんですか?俺とあまり変わらないように見えますけど……」

「気になります?」

「え、えぇ……。魔法が使えるようになるにはそれなりに時間がかかるらしいですし、そう考えるとドールさんが何歳なのか、結構気になりますね」

その言葉を聞くと、ドールはふふっと笑って、机の上で使っていたカードを集めた。

そして、そのカードの束を片手で扇子せんすのように広げる。

「私との勝負に勝ったら、教えてあげますよ」

「勝負?」

「もちろん、『スライムか、パンサーか』で、ですよ。もちろん、ルールの説明はさせていただきますよ」

ドールは探るような目でルデアを見つめ、どうなさいますか?と付け足した。

「もちろん、やらせてもらいますよ!」

「そう言って貰えると思ってましたよ」

ドールは小さくふふっと笑い、そしてすぐに何かを思いついたような表情をする。

「勝負というのは、負けた時に損があるから本気になれるものです。今のままではルデアさんにそんがありませんよね?」

ドールはそう言いながら、先程とは違う、小悪魔的な笑みを浮かべる。

「ま、まあ、そうですね」

「では、こうしましょう!もし、ルデアさんが負けた場合、私の依頼をひとつ受けてもらいたいのです」

「依頼?」

「言ってしまえば、お願いですね。報酬も出しますし、そこまで難しくもないので安心してください」

「でも、それならドールさん自身でやった方が早いのでは?」

魔法が使えるレベルならば、自分たちにできるレベルの依頼、簡単にこなせそうなものだが……。

「それもそうなのですが……」

「なにか事情があるんですか?」

「いえ、ちょっと面倒くさくて……」

「め、面倒臭い……ですか?」

まさか、彼女の口からそんな言葉が出ると思っていなかったルデアは驚いを隠せずに、彼女の言葉を繰り返す。

「簡単な割には手間のかかる仕事なんです。なので、あわよくばお願いしちゃおうかな、なんて……」

ドールはえへへ、と子供のような笑顔を見せる。

「まあ、それくらいなら全然大丈夫ですよ!その勝負、受けて立ちます!」

「ありがとうございます。では、ルールの説明をさせていただきますね」


ドールが説明したルールは、まとめるとこんな感じだ。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

両者はスライムのカードを3枚、パンサーのカードを1枚、魔王の書かれたカードを1枚、そして、悪魔の箱のカードを1枚、その計6枚を持つ。

ゲームは5ターン制で、それぞれのカードは1度ずつしか使えない。

カードは余っても良い。

カードの強さは基本的に、魔王・パンサー・スライム・悪魔の箱の順に強い。

しかし、魔王と悪魔の箱以外の2種類のカードには、進化というものが使える。


パンサーのカードは、進化を念じてカードを握ることで、ブラックパンサーに進化させることが出来る。

ブラックパンサーの場合、ツインスライム、パンサー、悪魔の箱相手には勝てるが、魔王と、さらにスライムには負ける。

キングスライムには引き分けとなる。


スライムのカードは、2枚重ねるとツインスライムに、3枚重ねるとキングスライムになる。

重ねて進化したカードは、進化に使ったカードも含めて、使用済みになる。

ツインスライムの場合、相手が悪魔の箱、スライムの場合は勝利し、相手がパンサーを出した時、引き分けになる。

その他は敗北する。

キングスライムの場合、相手が悪魔の箱、スライム、ツインスライムの時は勝利し、相手がブラックパンサーの時は引き分けになる。

その他は敗北する。


魔王の場合、相手が魔王、もしくは悪魔の箱を出した場合以外は勝利する。

相手が魔王の場合、引き分けとなる。

相手が悪魔の箱の場合、敗北する。


今回の勝負では、ルデアはアドバンテージとして、1度だけドールに『質問』を行える。

ただし、質問はYESかNOで答えられるものでなくてはならない。

なお、ドールは嘘をつくことは出来ない。


先にどちらかが3点を取る、もしくはカードの種類によって勝敗が確定した場合にゲームは終了する。

なお、同点の場合、ルデアの勝利とする。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


「これで理解できましたか?」

「はい、大体は覚えられましたよ。でも、同点の場合は俺の勝ちって、いいんですか?」

「アドバンテージってやつですよ。初めてなんだから、それくらいの譲歩はさせてもらいます」

そう言って、ドールはルデアにカードを渡した。


1ターン目


「カードの選択時には、相手のカードが見えないようになるので安心してください」

ドールが机の横についていたボタンを押すと、二人の間に壁が現れた。

「では、カードを選択してください」

この状態では、ルデアからはドールの首から上しか見えないようになっていた。

ドールの手元は愚か、体が動いているかもわからない。

(ドールさんが不正をするわけはないが、これなら不正のしようはない、その点では安心だ)

ルデアは心の中でそう呟いて、手元にある6枚のカードに視線を落とす。


『ルデアの思考』

初回のターンでは安全にスライムで行くべきか?いや、でも、スライムは悪魔の箱以外には負けるほぼ最弱のカード、それを出すということは、相手に先に勝利を与えることになってしまう、なら……!

――――――――――――――――――――

ルデアはそのカードをセットした。

「ルデアさん、私のカードは決まりましたよ」

「俺も決まりました」

「じゃあ、カードオープン!」

ドールがそう言うと同時に、2人の間の壁が沈んでいく。

「え……?」

ドールの前の、カードが置いてある場所を見て、ルデアは言葉を失った。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

1ターン目 結果


ルデア……魔王カード

ドール……悪魔の箱


ルデア勝利数……0

ドール勝利数……1


ルデア残りカード

悪魔の箱・スライムx3・パンサー


ドール残りカード

スライムx3・パンサー・魔王

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


「まさか、初手で悪魔の箱とは……」

「ルデアさんの、初回で先制点を取っておこうと言う考えは見え見えでした。そして、そのために魔王を出すということも……」

ドールはルデアの出した魔王のカードを手に取り、それをヒラヒラとさせながら言う。

「まさか、読まれているとは……」

ドールは完全に勝負師の目をしていた。

先程とは違うドールのオーラに、ルデアは感心すると同時に、心が跳ねるのを感じた。

「やってくれますね、ドールさん……」

「まだまだ、こんなものじゃないですよ?」

「ははっ、なら、あなたを完膚なきまでに叩き潰して、華麗に逆転勝利を収めてあげますよ!」

「ふふっ、それは楽しみですね」


2ターン目


『ルデアの思考』

1ターン目で魔王を出したことで、一番強いカードを負けという形で失ったことはかなりのダメージだ。

このターン以降に、ドールが出してくる魔王に、こちら側の悪魔の箱をぶつけることが出来なければ、こちらの敗北は確定したと言ってもいいだろう。


ルデアは自分の残りのカードに視線を落とした。


こうなってくると、相手がいつ魔王を出してくるかを見極める勝負になってくる。

その時にちょうど、悪魔の箱をぶつけることが出来ればいいのだが……。

――――――――――――――――――――

「やけに悩んでいるみたいですね?私はもうセットしましたよ?」

「なかなか難しい局面ですから」

「そうですね、一歩間違えれば、完全敗北だって、しかねないゲームですからね」

ドールはうんうんと頷く。

だが、すぐに真っ直ぐな視線を、ルデアに向ける。

「ルデアさんは、このゲームのいちばん面白いところはなんだと思いますか?」

「突然ですね?一番、ですか……。進化がある、という所ですかね?」

「それもありますね。でも、私は1番面白いのは、負けることを恐れずに勝負に出るべきゲームであるということです」

「負けることを恐れずに?」

「はい、負けることを恐れて掴める勝利なんて、負けることを恐れない相手からすれば、負けるはずない相手なんです。その時点で、恐れた人は恐れていない人と同じ舞台には立てていません」

ドールは一瞬、不敵な笑みを浮かべると、1枚のカードをルデアに見えるように掲げた。

「私は次、魔王を出します」

そう宣言すると同時に、手に持っていたカードをセットする素振りをする。

ルデアからは、本当にセットしたかは見えないが、違和感のある動きは見つからなかった。

つまり、ドールはわざわざ次に出すカードを、素直に相手に教えたことになる。

「負けることを恐れない……か」

ルデアはある1枚を手に取って、笑った。

「俺はこのカードをセットします」

そう言って、ルデアはそのカードを机に置いた。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

2ターン目 結果


ルデア……悪魔の箱

ドール……魔王


ルデア勝利数……1

ドール勝利数……1


ルデア残りカード

スライムx3・パンサー


ドール残りカード

スライムx3・パンサー

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


「信じてくれてありがとう」

「ドールさんの真似をしただけです」

「そうね、私も、負けることを恐れない相手との勝負の方が楽しいもの」

ドールはそう言って、視線を下に向けた。



3ターン目


『ドールの思考』

ルデアさんとのカードの種類は同じ、勝利数も同じ。

この状況、進化が重要になってくるわね。

一番注意すべきなのが、というところね。

ブラックパンサーは、残っているカードの中で一番強いと同時に、一番弱いはずのカードに負けるという性質を持っている。

つまり、3枚もあるスライムなら、1枚を使ってブラックパンサーにぶつけても、残りは2枚、おまけにパンサーカードも残っている状況になってしまう。

逆に自分の手札は全てスライムになる。

それは危険すぎるのだ。

――――――――――――――――――――

「ドールさん、ここで質問を使わせてもらいますね」

「ええ、どうぞ」

「ドールさんが次に出すカードは、スライム、ですか?」

ルデアはそう言いながら、3枚のスライムカードを顔の横で掲げる。

「……」

その質問は、ドールにとって、負けが確定する質問と言っても良かった。

スライムを出すかと聞いて、YESと答えれば、相手はブラックパンサー以外のどれを出しても勝てる。

もし、NOと答えたなら、ブラックパンサーを出せば、ほとんどの場合、勝つことが出来る。

そして、ドールにとって、最も痛いのが、これが3ターン目であるということ。

このターン以降にはまだ、2ターンも残っている。

もちろん、カードが無くなれば、無条件でそのターンは相手の勝ちになる。

「いいえ、スライムではないです」

ドールは悔しさを滲ませた声で答えた。

それに対し、ルデアは笑顔で頷く。

「そうですか、わかりました」


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

3ターン目 結果


ルデア……カードなし

ドール……キングスライム


ルデア勝利数……1

ドール勝利数……2


ルデア残りカード

スライムx3・パンサー


ドール残りカード

パンサー

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


ドールはこの結果を見て、目を見開いていた。

「まさか、何も出してこないとは……」

ドールの思考ではし自分がスライム出ないと答えたことによって生まれた、ルデアは、という考えでブラックパンサーを出されると思っていたのだ。

だから、あえてキングスライムで引き分けにしようとした。

しかし、考えを読んでいたのは自分だけではなかったようだ。


「ドールさん、俺の質問にまんまと引っかかってくれましたね」

「そういうこと、ですか……」

つまり、ルデアはあえてスライムを出すかという質問をすることで、ドールの思考をブラックパンサーに変えたのだ。

そして、質問時の彼の行動がこの結果を誘発させたと言っても良かった。

ブラックパンサーに対抗できるカードとしては2種類ある。

キングスライムと、ブラックパンサー自身だ。

キングスライムの場合、カードを3枚消費することになるため、ブラックパンサーを出す方がこのあとのターンにおいて、良かった。

だが、ドールはキングスライムを出してしまった。

それが、ルデアの『3枚のスライムカードを顔の横に掲げる』という行動だ。

一見、何気ない行動ではあるが、あれによって、ブラックパンサーとキングスライムの存在が暗示され、自然とドールの思考を、キングスライムを出すことに塗り替えたのだ。

ルデアは相手のカードを減らし、残りにターンの内、どちらかではカードを出せない状況を作ると同時に、自分の出すブラックパンサーが絶対に負けることの無い状況を作ったのだ。


それに気づいたドールは悔しさと同時に、清々しさを感じていた。

「初めての勝負なのに、ここまで張り合えるなんてすごいですね」

「こういう勝負は姉ちゃんとよくやってましたから」

「では、リリスさんもこういうのは得意で?」

「俺との勝負で五分五分くらいですね」

「あら!では、今度、リリスさんにも勝負をお願いしましょうか」

ドールはそう言って微笑んだ。


その後のターンの結果は以下の通りだ。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

4ターン目 結果


ルデア……ブラックパンサー

ドール……ブラックパンサー


ルデア勝利数……1

ドール勝利数……2



5ターン目 結果

ドールの手札0により、ルデアの無条件勝利。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

最終結果


ルデア勝利数……2

ドール勝利数……2


同点の場合のアドバンテージにより、ルデアの勝利となった。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


「アドバンテージでの勝利という結果ではありますが、4ターン目が終わった時点でルデアさんのカードは残り3枚、私のカードは0でしたから、実質、私の完敗です」

そう言いながら、ドールが机の横のボタンを押すと、二人の間にあった壁が収納され、普通の机に戻った。

「では、勝利報酬と言っては大袈裟おおげさすぎますが……」

ドールは椅子から立ち上がり、ルデアの近くまで来ると、その耳に口を近づけた。

「私の年齢は……325歳です」

「え?」

小さな声だったがはっきり聞こえた。

「私、見た目は人間ですが、実のところ、天使族と人間族のハーフなんですよね。天使族の人たちって、何千年も生きますから、私もその例に漏れず……」

「そ、そうだったんですか……全然気づかなかった」

「それもそのはずですよ。私、外見には一切、天使族の特徴が現れていないのです。魔法が使えるのも、長寿なのも、天使族の血のおかげですが、羽だけは生えなくて、空は飛べないんですよね、残念です」

想像以上の答えに、頭が混乱してぼーっとしてしまっていたルデアだが、宿屋の扉が開く音で、正気を取り戻した。

「あ、リリスさん、おかえり……って、どうしたんですか!?」

扉の前に立つリリスの服はボロボロで、顔も汗びっしょりの状態だった。

「姉ちゃん、大丈夫か?怪我とかは……」

「えへへ、大丈夫!ちょっと、買い物バトルが白熱しちゃって」

「「買い物バトル?」」

ルデアとドールは顔を見合わせて、首を傾げた。

「この辺りの主婦って、みんな買い物の技術が高くて……、安い商品は取り合い、奪い合い。あの光景はダルダムスじゃなかなか見れないわね……」

リリスはそう言って、机の上に大量の食材を置いた。

「お姉ちゃん、頑張ったから疲れちゃったぁ」

「なあ、姉ちゃん」

「ん、なに?ルデア」

「その荷物、ポーチに入れればよかったんじゃないか?」

ルデアがそう言うと、リリスは「あっ……」と声を漏らして、小さな声で、「確かにそうだった……」と言った。

やはり、姉は天然すぎてダメだと、ルデアが改めて思った瞬間だった。


「あの、リリスさん?」

「ドールさん、なんですか?」

「あの……、言い難いんですけど、この宿屋、ご飯は私が作って出すので、食材を買いに行く必要は無いのですが……」

「な、な、なんだってぇ……」

リリスはそのまま、文字通り、膝から崩れ落ちて、動かなくなった。

あまりのショックに気を失ったようだ。

買い物バトル、それほど過酷なものだったのだろうか。


ドールに手伝ってもらってリリスを部屋まで運び、ベットに寝かせる。

その時に、ルデアはドールに「面倒臭いって言ってた依頼、俺たちでやりますよ。楽しませてもらったお礼です」と言うと、ドールは本当に嬉しそうな顔をして、頭を下げて部屋を出ていった。


その日の夜ご飯、どうやら、ルデアとリリス以外に客はいないらしく、3人で食べることになったのだが、食材がやたら精力のつくものばかりで、疑問に思ったので、お皿を片付けるのを手伝った時に、

「さっきの夜ご飯って、やたらとせい……」

と言ったところで目に映った、ドールの笑顔がなんだか怖かったから、それ以上は何も言えず、ただ、おやすみなさいと伝えて部屋に戻った。


つづく

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