第6話玉砕

  倉間が去った後、秘織はどういうことか説明してと言わんばかりの顔をこちらに向けてきていた。

  どう説明したものかと冷や汗を流しつつなるべく秘織を怒らせないようにしようと頭を巡らせる。


  「あー、正直あいつの考えてることは俺にもわからん。今日の昼間にさっきの話をされて俺にもどうしようもなかったんだ」


  俺の答えに秘織が満足している様子はない。

  しかし俺もこれ以上に言い様がなかったため中々口を開くことが出来なかった。

 

  やはり会わせたのは失敗だったか? でも会わせなかったらそれはそれで倉間も可哀想だったしな。


  結局何も言えないまま三十秒程が経過したところでようやく秘織が口を開いた。

  「まあ連れてきた凪にもある程度ムカついてるけど別に怒ってる訳じゃないわ。それよりも・・・・・・」


  そう言って秘織は考えるような姿勢を見せる。

  俺は怒られなかったことに内心安堵しつつ秘織が再び口を開くのを待った。

 

  「ねぇ、今回のことについて私はどうしたらいいと思う?」


  当然の疑問だった。

  世の中一生のうちに椅子にして欲しいなんて頼まれるのは全人類の何パーセントだろうか、その問の答えを明確に示せるのはほんのひと握りの選ばれた人間だけだろう。

 

  「悪いが俺にもどうしたらいいのか分からなかったから連れてきたんだ。もし解決法が分かっていればあんな変態連れてこないさ」

  「それもそうね。・・・・・・・・・・・・はぁ、ここ最近で飛び抜けて頭の悪い発言だわ。憂鬱」

 

  秘織は頭の悪い事にアレルギーでもあるのだろうか?


  別の疑問が脳裏を過ぎるがそんなことはどうでもいいと思考を切り替える。


  「素直に断るのが一番なんじゃないか? まああの張り切り様だとその分ショックもでかそうだが」

 

  倉間には悪いが今回はどう転んでも秘織の味方をせざるおえなかった。


  何せ内容が完全にセクハラだからな。


  「そうね、ただ断る時はあんたも近くにいなさいよ。あんな変態で頭の悪い奴と一対一で会うのは恐ろしくてしょうがないわ」


  とても酷いことを言っているがこればっかりは倉間が悪いからしょうがない。

  明日また部室に連れてくる事に決まり、秘織が今日は疲れたと言って帰ることになった。

 

  「そういえば秘織の家は遠いのか?」

  「いいえ、歩いて大体二十分ってとこかしら」

 

  昨日初めて秘織と会った時は俺が先に帰ってしまいその辺の話をすることがなかった。

 

  以外と近いんだな、まあ俺も変わらないか。


  俺の家も学校まで歩いてこれる範囲なので秘織と距離事態はさほど変わらないのかもしれない。


  「ちなみに俺は右だが秘織は?」

  「私も右よ」

  「なら途中まで一緒に行くか」


  こうして高校生ならではの一緒に帰るイベントを不意にこなしてしまい内心少し舞い上がっていたかもしれない。

  よくある緊張して喋れないなんてことも無く、普通に会話をしながら並んで歩く。

  お約束の実は家が近いなんてことも無く、少し歩いたくらいの所で別れて家に帰ってきた。


 

  翌日の放課後、秘織が話があるらしいと倉間に伝えるととてもワクワクした様子で付いてきた。


  まあ秘織ならなるべく柔らかく断ってくれるだろう。・・・・・・・・・・・・多分。


  まだ知り合って間もないが秘織は慣れてない相手の前だと本性を隠して喋っている節がある。

  俺の場合は出会い頭がアレだったからまあなんとも言えないが。

 

  部室の前まで来て昨日と同じように秘織に話を通す。

  「そうだ秘織、なるべく傷付けないように断ってくれ。あんなんでも一応友達だからな」

  「分かってるわよ。いくら変態だからって酷い断り方はしないわ」

  その返事に少し安心? して倉間を部室に呼び込む。

 

  「それで詩種さん、話というのは昨日のことでいいんだよね?」

  「ええ、今日は昨日の返事をさせてもらおうかと思って」

  相変わらず謎の爽やかさを発揮しながら早速倉間は本題に入る。

  当の秘織はいつのも小うるささはなく真面目な佇まいでその可憐な見た目とマッチしてとても美しく見えた。

 

  傍から見たらイケメンと美少女のプロマッチング何だが、内輪に入った途端に全て台無しになるなこれ。


  倉間が待ちきれなさそうにソワソワしているとついに秘織が動いた。


  「ごめんなさい、倉間君を椅子にすることは出来ません」


  深々と頭を下げた秘織からは直接的だが誠意のある返事が発せられる。

  無理に濁すよりも丁寧に、かつ心のこもった使い古された言葉だ。

 

  うん、ここまでしっかり断られれば倉間も何も言えないだろ。現に何も言い返してーーーー


  そう思い倉間に目を向けるとせっかくのイケメンが台無しなくらい呆然としていた。

 

  なんだ、倉間が白いぞ。気のせいか? いや白いぞ、真っ青とかのレベルじゃなく白い。


  全身石灰まみれかと思わせるくらいに白くなった倉間はそのまま後ろに倒れてしまった。

 

  「倉間! おいしっかりしろ!」

  「え? え!? 私もしかして何かミスった?」

  「いや秘織は完璧だった。完璧だったゆえに倉間が白くなってしまった」


  秘織がやってしまったと絶望的な顔をしていたのですぐさまフォローを入れて、倉間を保健室に運び込む。


  十分くらいで目を覚ました倉間は元の色に戻っていた。

  疲れたような顔をしていた秘織は先に帰らせて、俺は倉間の話を聞くことにした。

  「大丈夫か?」

  「すまん符灯、苦労をかけたみたいだな。」


  いつも通りに戻っていた倉間を見て少し安堵しそのまま話を聞く姿勢をとる。

  「いやー、振られちまったよ。でも詩種さんが断る時も凄く気を使ってくれていたことが分かるよ」

  「これで素直に諦められるか?」

 

  念の為確認しておこうと聞いたつもりだったが倉間はまさかと首を振る。


  「今回のことで更に詩種さんに惹かれたよ。俺は諦めない、どれだけかかろうと椅子になってみせる」


  まじか、こいつも筋金入りの変態だな。


  秘織は今後も苦労しそうだなと思いつつ、今だけは倉間を励ましてやろうと内心思った。


  「まあ頑張れよ。ただあんまり周りに言いふらしたりすると秘織の迷惑にもなるだろうからそこだけは自重しろよ」

  「わかってるよ。詩種さんに迷惑はかけない。少しずつ俺が役に立つ男だって証明するさ」


  相変わらず言葉だけならかっこいいんだがなと思いつつ、その日は倉間と飯を食ってから帰るのだった、!

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