12.自然惑星ネイチャール

 ジンが新たに降り立った惑星は、ネイチャール。宇宙港から出てすぐに、ギアズとは違った趣の木造建築物が並ぶ街に出る。この街は宇宙港を中心に栄えたらしく、コンクリート造りの宇宙港を囲む家々が異彩を放っている。

「ここが氷霧の故郷、ネイチャールか」

 ジンの服装がここでは目立った。この街に住む人間は皆、氷霧が着ている様な裾や袖の広がった変わった服を着ている。また町人はエレシアが多いのか、耳が尖っている者が見受けられた。

「あれが噂に聞く着物ってやつか、ここも変わってんなー」

 大通りは舗装されておらず、土のまま。建物の屋根は黒く、木ではないもので作られていた。見れば見るほど、ネクノミコやギアズとは異なる文化が目に付く。

「おーい、こっちだぞ」

 クインに呼ばれ、ジンは歩き出す。今日は氷霧も一緒である。今回は氷霧の要請でシーカーではないジンを必要とする仕事をするとのことだ。彼の特殊技能と言えば盗みに関することばかりであるが、果たしてどんな仕事をするというのだか。

「こっちに今回の仕事を依頼した火付盗賊改という役所に行くよ」

「なんだそりゃ?」

 氷霧の語る火付け盗賊改とは如何なる場所なのか。ジンは聞いたことが無かった。随分と長く仰々しい名前であるが、盗賊と言えば自分のことだろうと予想は出来た。まさか捕まりはしないだろうかと

「警察みたいなもんさ。泥棒や火付けを取り締まる役所さね」

 クインの説明で悪い予感は的中してしまう。やはり自分を突き出すつもりなのか。

「やっぱ捕まるじゃないですかやだー!」

 逃げようとするジンをクインが抑え込む。警察と聞いて逃げないコソ泥はいない。しかし用件は違うらしく、氷霧が丁寧に説明する。

「そこの頭である長谷川様が盗賊を捕らえるのに役立つ人間はいないかと探されててね、それでジンに目を付けたの」

「警察が泥棒を捕まえる為に泥棒を使うのか?」

 ジンからすれば信じられない話であった。彼の知るネクノミコの警察と言えば点数の為に無実の人でも捕まえる様な連中だ。クインも彼と出会った時、ベースシップの墜落現場に野次馬しにきていた人を捕まえていたのを見ている。

「蛇の道は蛇って言葉がネイチャールにはあってな。ここじゃ別段珍しいことじゃないんだよ。特に長谷川さんはそういう傾向強いから」

 クインもネイチャールの文化には詳しく、また火付け盗賊改の頭、長谷川なる人物を知っている様だった。しかし、次に氷霧がした説明でまたジンは不安になってしまう。

「長谷川様は鬼の平蔵という異名で知られる腕利きのお役人。だから安心して」

「安心できねぇ!」

 鬼というのは盗賊に対してなのだろうが、その盗賊であるジンには一切安心できる要素が無かったという。あんまりにもワイワイ騒いでいるのが目立つのか、ジンは物売りに呼び止められてしまう。

「へい兄ちゃん、長門の都は初めてかい? だったら寿司食ってけ!」

「寿司? でもそれって高級なんだろ?」

 屋台を出しているお店では、いくつも握り寿司が並んでおり、街の人が二本の棒でそれを器用につまんで食べていた。

「いやいや、二貫で百スケイルだ」

「随分と安いな……」

 ジンはネクノミコでは考えられない寿司の安さに少し店を怪しんだ。ネクノミコで寿司と言えば地球文化の極東で食べられた高級料理というものだが、ここでは違うのだろうか。そこの違いを宇宙港があって異星の観光客に慣れているのか店主が説明する。

「寿司と言えばここじゃ押し寿司とかのことをいうもんでね、こういうところで食べる握り寿司はハイカラな言葉で言えばファストフードってやつだ。氷のマナ結晶のおかげで港からとれた新鮮な海の幸が鮮度そのまま食べられるってもんだ」

「へぇ、すごいなそりゃ」

 ジンが席に座ろうとすると、クインが引きずっていく。

「何自然に食おうとしてんだ! 目的を忘れるな!」

「ああー! いけずー!」

 結局ジンは寿司にありつけないまま火付盗賊改の本拠地を目指すことになった。


 火付盗賊改の本拠地は塀に囲まれた屋敷の様な場所であった。槍を手にした門番が立っており、随分と物々しい雰囲気である。

「なぁ、これって通してもらえるのか?」

「氷霧が顔パスで通れるからね」

 クインの言った通り、氷霧の顔を見るや門番たちは門を開けて通してくれた。氷霧が如何に信用を得ているシーカーなのかわかる一幕であった。

この星では屋内で履物を脱ぐ習慣があるのか、氷霧が履いていた草鞋を脱ぐ。それを真似てジンも靴を脱いだ。建物は廊下も木で作られており、部屋の仕切りが木と紙の扉であった。独特とも言える建築物にジンは舌を巻く。中では男達がせわしなく動きまわっており、ジンもついキョロキョロと目で追ってしまう。

「長谷川様、先日お伝えした者をお連れしました」

 屋敷のある部屋に入ると、氷霧がそう告げる。草のカーペットに低い机を置いて、そこに正座で向き合い仕事をしている人物が長谷川平蔵らしい。歳の男で、髪型は頂点の髪をそり上げ、左右の伸ばした髪をそこに束ねて乗せるという独特なものだ。耳も尖っているからエレシアなのだろう。

「おお、ヨウか。これが噂していたジンという盗賊かね?」

 長谷川はジンをよく見る。彼は蛇に睨まれた蛙の様に固まった。取り締まる者と取り締まられる者、まさに蛇と蛙の関係に二人はあった。というのもジンにとっては過去の話なのだが、如何せん長い泥棒生活の癖は抜け切らない。

「畜生働きはしていないようだな。血の匂いがしない男だ」

「畜生働き?」

 ジンが聴き慣れない言葉に首を傾げる。長谷川は追って説明する。

「ああ、なんでも私からすれば同じ様なものだが、盗賊の世界には人を殺さず、女を手籠めにせず、貧しきから盗まずといった盗賊の三ヶ条があってな。それを満たしたものを『お勤め』というらしい。畜生働きというのは、それを破って人を殺めた盗みのことだ。私は畜生働きをした者を密偵にはせん」

「なるほど……確かに人殺しはしてません」

 ジンは盗みをする上で殺しはしない、というルールを持っているわけではない。ただ、リスクを考えると自然に殺しは選択肢から外れるのだ。家人を無理矢理黙らせる力があるならまだしも、子供の力では返り討ちに遭う危険が多いからだ。それによしんば殺しが出来ても、そうした者は早急に警察から危険視され、捕まり易くなる。そんな短絡的な者を囮にして盗みを働く方がリスクとしては見合っているから殺しはしない、それがジンであった。

「お主の素性は大方分かっておる。ネクノミコの盗賊で、今はシーカーを目指しておるようだな。お主に頼みたいのは、最近になって長者街を荒らしている盗賊の捕縛だ。盗賊目線でぜひ、この仕事に一役買って欲しい」

「盗賊目線……って言っても俺、この街初めてだしなぁ」

 長谷川はジンに期待を寄せるも、彼はこの街どころかこの星についてよく知らない。ネクノミコならまだ少しは勝手が分かっただろうが、家屋の構造も全く分からないときた。この紙と木で作られた扉にどんな防犯性があるというのか。しかし、長谷川は続ける。

「安心するといい。今回捕まえる相手はねずみ小僧と呼ばれる名うての盗賊だ。そやつは盗み働きの前に必ず、入る家に予告状を出す。つまり標的といつ盗みに入るかはわかっているのだ」

「それなら多少やりようはあるかも……」

 相手は何と、自らリスクを上げるという正気の沙汰とは思えない行為をしてくるのだった。それなら何とか、ともジンは思ったが、そんなことをしても捕まらないとはよほどの腕利きなのだろう。厄介な相手には違いない。

「困ったなぁ……」

 ジンは早速この難題に諦めそうになっていた。そこに横から見ていたクインが発破をかける。

「お前なぁ。泥棒スキルでも他人に負けてたらマジで誇れるもの無いぞ?」

「つってもまさか盗みに入る家に予告状出すとかそんな真似しねーし! するとしたら予告状を出して全然違う家に入るとかをやるよ俺なら!」

 ジンとしてはそこまでスキルが極まってなくても食っていくには問題が無かったのだ。しかし相手はその一芸を極めた者。これにどうやって立ち向かえばいいのやら。

「とにかく今は予告のあった家を見ておくことだな。現場を知れば自ずと答えが出てくるやもしれぬ」

 思わぬ強敵に苦戦の予感を感じるジンだったが、長谷川の提案で現場を見ることになった。

「クイン、ヨウ、お主らは最近活発になってきた山猿の鎮圧に当たってくれ」

「はいよー」

「山猿?」

 長谷川は二人に別の仕事を頼んだ。山猿とは、一体何のことであろうか。ジンはクインに聞いてみた。

「なぁ、山猿ってなんだ?」

「言ってしまえばギアズのフェアウルフみたいな亜人種だよ」

 このネイチャールにも人類を害する亜人種が存在したのだ。そういえば、とジンはシーカー試験の面接での一幕を思い出す。

「そういえば、シーカー試験で面接が被った奴が半魚人倒したいって言ってたな。オーシアにも亜人種がいるのか」

「リュウオウ太陽系には亜人種がネクノミコ以外どこにでもいると思っていいな」

 クインが言うにそういうことらしいが、ネクノミコには亜人種はおろか先住民の姿が見当たらない。これは一体どういうことなのか。

「そういえばネクノミコにはいないな。なんでだろ?」

「アークウイングが全滅させたんじゃねーのか? 詳しくは知らないけど」

 アークウイングはここでも暗い影を落としていた。ネクノミコの先住民は亜人種ごと放逐されてしまったのだろうか。人が住める惑星、誰もいないはずがない。とはいえ今回の問題はネイチャールだ。

「山猿ってのはとにかく狂暴だから早く倒すに限る。というわけで行ってくるからお前は盗賊の方頼んだぞ」

「頼んだ」

「お、おう……って俺知らない人と二人きり?」

 クインと氷霧は山猿退治に行ってしまった。ジンは天敵ともいうべき火付盗賊改の長谷川と行動を共にすることになってしまった。

「ん? なぁ長谷川様、氷霧のことヨウって呼ぶんだな」

 ジンはふと、長谷川が氷霧を呼ぶ時の言葉が気になった。クインやジンは彼女を氷霧と呼ぶが、彼はヨウと呼ぶ。

「ああ、つい昔の癖でな。この星には幼名という文化があって、十四になると元服し大人になる。その時名前も変わるのだが、ついつい幼名で呼んでしまう。ヨウは元服したてでな、氷霧の名を先代から継いだのだ。まぁ、先代と分けて呼ぶにはこうするしかないのだが……」

 これもまた文化の違いだった。ジンの住むネクノミコでは二十歳になったら大人になる。酒もたばこも二十歳からだ。一方、ネイチャールでは十四が大人への仲間入りの年齢となっていた。


 ジンが長谷川と一緒に来たのは、火付盗賊改の本拠地にも負けないくらい大きな屋敷であった。予告状が来ただけあり、警備員も巡回しており非常に厳重な守りであった。

「いくら警備が硬くてもベースが紙と木の家じゃなぁ……」

 ジンはこの星の邸宅がそもそも防犯に向いていないことを気にしていた。ネクノミコの家はコンクリートなどで作られており、玄関をピッキングするしか殆ど侵入口が無いのに対し、こちらは警備員の目を盗んでしまえばいくらでも隙がある。

「では中へ。家に入ればその心配も無くなるだろう」

 長谷川に誘われ、ジンは靴を脱いで屋敷の奥へと進んでいく。ここも火付盗賊改の本拠と同じく、木の廊下に紙と木の扉、草のカーペットと防犯性の欠片も無い様な作りになっている。それでいて治安はネクノミコよりいいと言うのだからこれがわからない。

「ここもなんだけど建物って少し地面から離れてるよな。これって下に入れないか?」

「うむ、湿気対策に床下が開いているが、確かに下から入れるかもしれんな」

「問題はこの草のカーペットの下だよ。どうなってんです?」

 ジンは長谷川に聞いてみた。この草のカーペットを彼はめくって下を見せる。カーペットが分厚く、容易に刃を通さないと思われたが彼がした様に容易にめくれてしまう。

「これは畳と言ってな。この星特有の文化だ。下は、木の床だな」

「うーむ、下にも隙があると言っていいのか……」

 ジンは思ったより隙だらけな家の構造に頭を悩ませる。道具さえあればどこからでも侵入可能な感じである。しかし、その心配はないとばかりに長谷川は屋敷を案内する。ある一室に差し掛かると、その扉を開けてジンにあるものを見せる。

「これだ、舶来の金庫。これがあれば大方大丈夫だろうが……」

 部屋に鎮座していたのはジンの背丈ほどもある大きな金庫だ。畳を傷つけない様に赤いカーペットが下に敷かれている。舶来の品、ということはこの星の製品ではないのだろう。

「あのー、非常に申し上げ難いにんですがこれ……」

 ジンはその大きな黒い金庫を目の当たりにし、鞄から聴診器を取り出す。この手の金庫破りは慣れたものだったりする。治安の悪いネクノミコでは金目のものを金庫に仕舞う習慣があり、これが出来ないと盗みはリスクとリターンが見合わないものになる。

「それは何かね?」

「こいつで音を聞けば金庫の番号が分かるんすよ」

 ジンは聴診器を付け、金庫のダイヤル付近に当てる。そのままダイヤルを回し、番号を探っていく。

「出来た」

 彼は数分もしないうちに金庫を破ってみせた。金庫は何事も無かったかの様に開き、中の金銀財宝を長谷川に見せる。

「うむ……想像以上の手際だな」

 この腕には長谷川も舌を巻く。ジンは金庫を開けてみた感想を呟く。

「いくら舶来の金庫っていっても相手はあのねずみ小僧だ。金庫破りの手立てくらい持っているはずだ。どこから侵入するのかわからねーんじゃ取り押さえるのも一苦労だぞ……」

 いくらでも侵入口のある、ネクノミコとは勝手の違う家屋、意味を成さない舶来の金庫。ジンの対策は完全に行き詰っていた。これではいくら警備しても盗まれてしまう。相手が名も知れぬ泥棒ならまだしも、敢えて予告状を送り付ける様な凄腕の盗賊だ。どう対抗すべきだろうか。

「まいったなー……」

「お嬢様! いけません! 安静にしていないと!」

 ジンが考えていると、女中の声が聞こえてきた。パタパタと廊下を走り、彼らの前に姿を現したのは白い着物を着た黒髪の少女であった。尖った耳からして、エレシアなのだろう。彼女は目を輝かせてジンに声を掛ける。

「外の惑星の密偵さんが来ているというのは本当なのですか?」

「ああ、こちら、ネクノミコの元盗賊、名をジンと言う」

 長谷川は少女にジンを紹介する。少女は艶やかな黒髪を伸ばし、雪の様に白い肌をしていた。

「ジン、こちらはこの家の令嬢、お怜だ」

「こんにちは。あなた、ネクノミコの人ですのね。私、ネクノミコの方に会うのは初めてです」

 お怜と呼ばれた少女はジンに挨拶をする。ここ最近、結構ぞんざいな扱いが多かった彼は丁寧なやりとりにドギマギしながら返す。

「どうも、初めまして。ジン・クレッシェンドです……」

「今時間いいかしら? お茶でもしながらぜひネクノミコのお話を伺いたいのですが……」

 ジンはせっかくの誘いだが仕事中だしなぁと悩んだ。しかし、何かを思いついたのか長谷川が場を設けることにした。

「よい。話してみなされ。もしや過去の体験を辿ることでいい対抗策が思い浮かぶかもしれん」

 そんな彼の好意で、ジンはお怜にネクノミコでの過去を話すことになった。


「どこから話したもんか……」

 ジンは家の縁側で、お茶とお菓子をいただきながら自分の過去について話すことになった。この星のお茶は緑色をしていて渋く、他の星のお茶とは異なっていた。エルヴィン邸やウェストの家で飲んだお茶は赤褐色でお茶に甘みがあったが、この星はお茶が苦い分なのか、お菓子が非常に甘く仕上がっていた。何の塊か分からない黒いお菓子だったが、舌触りはなめらかでジンの口にも合った。

「まず親を亡くした俺はスラムってところに行ったんです。そこには俺と同じで親や家を無くした子供がたくさんいて、その中で気が合う奴と盗みをすることになりましてね」

 ジンは自身の過去、盗みをすることになった経緯から話す。聞かれなかったが、仕事をしなかった理由についても添えておく。

「普通に仕事があれば一番よかったんですがね、大人さえも仕事が無い中、子供に仕事があるわけもなく、それでは食っていけないからお金のある家から盗んで金を稼ぐって手段に出たんです。まぁ最初は滅茶苦茶のグダグダでしたけどね。侵入したのがバレて家の住人に追いかけられながら逃げたりする中で、泥棒のスキルを磨いていったんです、まず侵入に気づかせない鍵開け、物色、それから脱出までいろいろと」

「苦労なさったんですね……その時のご友人も一緒に密偵になったんですか?」

「いや、その時のダチは警察に捕まった時に離れ離れになっちゃって、行方が分からねーんです。薬の運び屋をやってる時に商品に手を出してそのまま中毒になっちまってな……仕事も雑になって。俺も捕まったんだけど、なんとか逃げおおせてね。選択当番の時に、濡らしたシーツをコンクリの壁に叩きつけて、そうするとシーツがひっつくんでね、それで壁をよじ登って脱出したんですよ」

「そうなんですか」

 ジンが注射を嫌う理由には、かつての友が薬によって破滅した過去があったからだった。薬をやる前とやる後の変貌具合は今も彼の目に焼き付いて離れない。

「その後、一人で行動してたらシーカーのクインが乗った宇宙船が落ちてきてな。そいつと行動を一緒にしてたらなんやかんや今の位置にいるというか……」

「いろいろあったのですね。やはり一人の時は盗賊を?」

 お怜に聞かれたので、ジンは持っている道具を見せながら解説する。

「まぁね。このキーピックで鍵を開けて侵入するんです」

 キーピックとは安全ピンを改造して作った二本の針金である。これで鍵穴をほじってこじ開けるのだ。

「そして金庫にはこの聴診器で音を聞く! これでダイアルの辺りの音を聞いてカチカチやるとダイヤルの番号が分かるんだ」

 この聴診器も病院から盗んだものである。めくるめく泥棒グッズの数々にお怜は目を輝かせていた。

「やはりこういう道具は必須なんですね」

「それはもう! だって絶対貴重品とはは金庫に入ってますからねぇ……!」

 ジンはそこまで言って、あることに気づいた。ねずみ小僧が侵入するルートは分からない。だがどこへ至るかはわかっているのだ。

「そうか……そういうことか!」

 ジンはある作戦を思い付いた。長谷川の計らいは決して無駄なものではなかったのだ。


   @


 ねずみ小僧とその男は呼ばれていた。金持ちから盗み、貧しい人に分け与える。それこそが自分の考える正しい盗賊の盗み働きだと信じていたからである。今宵も柿色の装束に身を包み、灯りの少ない町を歩いていく。下手に走れば、それだけで怪しまれてしまうからだ。

 彼は目的の屋敷に辿り着いた。ここに予告状を出しておいたのは、警備を敢えて厳重にするためだ。厳しい状況で盗みを成功させる腕に自信があるばかりではない。目標は困難なほど達成し甲斐がある。一種のスリルを求めての行動であった。

 日銭を稼ぐのがやっとな盗賊には考えられない行動だろう。これは彼に余裕があっての精神性でもあったりする。ねずみ小僧は適当な民家の影に隠れると、爆竹を取り出して火を点ける。そしてそれが爆発する前に、目的の屋敷の付近まで戻る。

「なんだ?」

「この音は……?」

 爆竹が鳴り、周りを守っていた火付盗賊改の面々が一斉に音の方へ走り出す。火付盗賊改はその名の通り、火付けにも対応しなければならない。特にこの長門の都の様に木造の建築物が並ぶ場所で火付けは大罪だ。その特性から警護の任を負っていても、確認せねばならない。流石に少数は屋敷に留まるが、この程度なら目を掻い潜るなど容易であった。

 先に放った密偵の情報から金庫のある部屋をねずみ小僧は既に把握しており、一直線にそこへ向かう。舶来の金庫と言えど、密偵が既に番号も特定しており無駄だった。盗賊達には独自のネットワークがあり、密偵が金目のものがありそうな家には使用人や馴染みの商人として出入りしており、金品の場所などの情報を売っているのだ。これも盗みをただの犯罪行為ではなく立派なお勤めへと昇華するには必要なものだ。

 そうして得た情報を元に、ねずみ小僧は金庫を見つけた。これが目的の物だ。まずは金庫の周囲に気配が無いか確かめる。ここで誰かが待ち伏せしていれば、忽ち捕まってしまうだろう。しかし気配は一切見られない。そこでねずみ小僧は金庫に近寄り、密偵の情報通りに番号を入力する。

 金庫は容易に開き、中の金銀財宝をねずみ小僧に見せる……はずだった。

「来たな」

 中にみっちり詰まっていたのは、茶髪に金眼の、地球移民の少年だった。小柄で身体が柔らかいのだろうが、いくらなんでもこんなところに詰まって待っているなどねずみ小僧にも想像が出来なかった。

「な、何ぃー!」

「確保―!」

 ねずみ小僧はついつい衝撃の光景に固まってしまった。舶来の金庫ですら珍しいのに、その中に人が詰まっているなど見世物小屋でも見かけないような珍しいシーンだ。しかし少年は容赦なく固まったねずみ小僧に飛び掛かる。

「しまった!」

「はっはー! 油断したなねずみ小僧め!」

 ねずみ小僧は少年に取り押さえられる。少年の体重が軽い上に素人の捕縛なので抜け出すのは容易だったが、それだけの時間があれば家に残った火付盗賊改の役人が来るには十分だった。こうしてねずみ小僧は遂にお縄となったのである。


   @


「俺は思ったんだ。『スタートがわからないんならゴールで待ち構えればいいじゃない』とな」

「つってもフツー金庫にみっちり詰まるかお前」

 ねずみ小僧を捕縛したところに駆け付けたクインはジンから話を聞いて呆れていた。どこから侵入するかわからないのであれば必ず辿り着く金庫で待ち構えればいい。とはいえ金庫の周囲で待ち構えれば気配でそれがバレてしまう。なら金庫の中にいればいいという結論にジンは至ったのである。

「ねずみ小僧を捕まえてくださったんですね!」

 一連の騒動で家人達も起きていた。それはお怜も例外ではない。ジンはもう完全に自分の手柄なので誇らしげに語る。

「ふふん、蛇の道は蛇。盗賊なんぞこの俺に掛かればこんなもんだ!」

「誇れて無いぞ。お前もコソ泥ってことなんだからな」

 クインはツッコミを入れるが、ジンは気にしない。長谷川もジンの手柄は認めていた。

「いや、発想だけではなく金庫に隠れるその忍耐、なかなかのものだ」

「火付盗賊改の頭である長谷川様に認められるなんて、名うての密偵なのですね!」

 長谷川が太鼓判を押したことでお怜のジン株は急上昇であった。この現象にはクインも頭を抱えるしかなかった。

「いや……こいつは単なるコソ泥で……ああ、どうしてこうなった……」

 このままジンがシーカーになったらどうしよう、と考えるクインなのであった。

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