2.宇宙の落とし物
「何が起きたんだ?」
赤い輝きが墜落したのは、片側三車線ある大きな道路の真ん中だった。三車線を埋めるように赤い輝きの正体、飛行機の様な何かは胴体を引きずりながら墜落していた。真っ先に到着したのはジンであり、他の人の姿はない。
ジンは車を降りて辺りを捜索する。どうやら派手に墜落した割に飛行機らしきものの本体は無事の様だ。一軒家ほどのサイズがある箱に羽根と機首を付けた様な奇妙な形の飛行機であった。ジャンボ機が箱型に妊娠しているようにも見えた。
斜めに倒れて左の羽根が折れてはいるが、箱やコクピットらしき機首は潰れていない。
「なんだ?」
その時、箱の一部が開いて何かが出てくる。そこから出て来たのは、ツナギを着た一人の少女だった。歳はジンと同じくらいだろうか。傍には丸い顔ほどの機械が浮かんでいた。
「痛った……よく無事に地上を拝めたなあ……」
赤っぽい茶髪をポニーテールにしており、太ももにはハンドガンのホルスターやナイフが付いている。指ぬきグローブで覆った手で体の埃を払うと、少女はジンを見つけた。彼女から受ける印象は、まるで別世界の人間がやって来たかの様な場違い感であった。
「お? 現地の人? アークウイング公用語伝わるかな?」
「あ、ああ。この言葉そんな名前だったのか……」
少女はジン達と同じ言葉を話していた。会話に難は無さそうだ。少女は咳払いをすると、自己紹介を始めた。
「あたしはクイン・カプリチオ。ノアのシーカーだ」
「ノア? シーカー?」
知らない単語が出てきてジンは困惑する。少女、クインはがっかりした様に話を続けた。
「そうだよなあ。ここシーカー支部少ないし、伝わらなくても当然か……」
そして不意にツナギの上半身をはだけ始める。ジンは慌てて手で顔を覆い、指の隙間からその様子を見ていた。
「な、何してんの!」
「何って傷が無いか確かめてんだよ。どっか折ってたらまずいし……」
ツナギの下は黒いタンクトップだった。か細い肩と腕が露わになり、ジンは目のやり場に困る。顔も良ければスタイルもいいと、口調さえ違えばまるで天女が降りて来た様な少女であった。はだけたツナギの上半身は結んで腰に巻く。
「あんた、名前は?」
「名前? ジンだ。あんたの名前長いな。クインカプリチオだっけ?」
クインはジンに名前を聞く。生憎、苗字という物を持っていないジンはクインの名前を間違えて覚えていた。
「名前はクインだけだ。カプリチオはファミリーネーム」
「苗字か……そういえばそんなのあったなあ」
二人で話をしていると、遠くからパトカーのサイレンが聞こえる。ジンは慌てて車まで戻り、クインを呼ぶ。
「おい、クイン! 逃げるぞ!」
「はぁ? なんでだ? 警察だろ?」
「警察だから逃げるんだよ!」
ジンの必死さに圧されたのか、クインも車の助手席に乗って逃げることにした。車はタイヤを唸らせ、その場を走り去る。スピードを上げてジンはとにかく墜落現場から離れることだけを考えていた。
「なんで警察から逃げるんだ? あたしも?」
「ここの警察は警察って書いて悪魔って読むんだよ! 俺も数年前ムショにいたけどそりゃ地獄だったぜ……」
車を飛ばしながら、クインとジンは会話の続きをした。
「ムショ? お前の歳で少年院じゃなくて刑務所なのか?」
「しょうねんいんってなんだ?」
「この星には少年院とか無いのか……」
クインは他の星から来たらしく、話が噛み合わない。ジンは学校に行っていないがカーナビのテレビなどからある程度情報を仕入れていた。例えば、この星の他にも人が住んでいる星がこの太陽系にあることはほんのりと知っていた。
「この星って……お前違う星から来たのか?」
「まあな。あたしの故郷は惑星ギアズだ?」
「どこだそりゃ?」
「あー、まさかとは思うがリュウオウ太陽系について全然知らない感じか?」
クインは困った様に頭を搔く。学校に行っていれば当然の知識なんだろうが、あいにくジンは学校に行っていない。
「全然、学校行ってねーし」
「噂に聞いてたけど目にすると恐ろしいものがあるな、ここの就学率」
クインはクインでネクノミコの実態をある程度把握してやって来ている様だ。彼女はいちからこのリュウオウ太陽系について話始める。
「いいか、このリュウオウ太陽系にはここネクノミコ、あたしの故郷ギアズの他にもう二つ人の住んでいる惑星がある」
「なるほど……」
「この惑星に二百年前地球って惑星からやってきたのがアークウイングって移民船で、その百年後に同じくやってきたのがノアっていう移民船だ」
「同じ地球から二つの移民船がやってきたのか」
クインによると時期は違えど地球から二つの移民船がやって来たとのこと。ノアというのがクインの言っていた単語と一致する。ジンもなんとなく話を理解していた。
「そのノアって移民船が惑星探査員として派遣しているのがあたしらシーカーだ。この丸いのはシーカーの証、ドゥーグだ」
クインの持っている丸いメカはシーカーであることの証明みたいなものだったらしい。常にこんなものを侍らせる必要があるなど、シーカーも大変だとジンは思った。
「その惑星探査員がなんでこんなとこで墜落していたんだ?」
ノアのシーカーというのは、移民船ノアに在籍する惑星探査員という意味だった。その探査員がなぜこんな場所にいるのかという疑問は尽きないが、ジンはクインの立場を理解した。
「ここにあるシーカーの支部へ向かう途中で機体がトラブっちまってな。ここどこだ?」
「俺もずっと旅してるから詳しくは知らん」
クインはジンにこの場所について聞いたが、彼は定住出来ない身。旅から旅へとこの星をフラフラしているせいでこの辺りのことには全く詳しくない。
「なんだ現地の人間じゃないのか……がっかり」
「悪かったな。この星じゃ定住できる奴は勝ち組なんだよ」
「噂に聞いてた以上にヤバいな、ここ」
車を走らせ、二人はネオンの眩しいドライブインに辿り着いた。パトカーのサイレンも聞こえなくなり、ここなら安全と思われる。殆ど車は停まっておらず、ここにいるのはジンとクインの乗る白い高級車だけだった。
「大体警察は離せたかな……?」
「なぁ、なんでナンバープレート付いてないんだこの車」
「ナンバープレートなんてどうでもいいでしょ。それよりシーカーの支部ってのはどっちだ? お礼を弾んでくれたら送ってってやるぜ」
ジンは謝礼金のことを考えて笑いが止まらなかった。クインは支部の場所を調べる為に、通信機器を要求した。
「なあ、なんかネットに繋げる端末ないか? それさえあればここがどこだかわかるんだが」
「そんなものあったかな……?」
ジンはリュックを漁る。中には今日盗んだばかりのルーターとタブレットがあった。それをクインが真っ先に見つける。
「お、あんじゃん。ほい」
彼女はタブレットをジンに手渡す。何が目的なのだろうかとジンは訝しむが、クインは話を続ける。
「ほら、ロック解除しろよ。使えないだろ?」
「ろ、ろろろロック?」
ジンは急に慌てる。何故ならロックなど外せないからだ。基本こうした盗品はブラックマーケットに流した後、分解されてレアメタルを取り出されるかハッキングが出来る人間がいればハックしてデータを初期化するのだ。ジンにはハッキングなどという高度な芸当は出来ない。
だがジンは怪しまれない様にタブレットを受け取ると、四桁もあるパスコードを何とかして入力しようとする。
「な、何だったっけなあ……パスコードパスコード……」
「お前なんか怪しいぞ?」
これにはクインも怪しさを感じて、ジンからリュックをひったくる。そして中身を見ると怪しげな現金の入った封筒どころか、鍵開けのツールやフラッシュライト、聴診器が見つかってしまう。完全に泥棒の道具を見つけ出されてしまった。
「お前……」
クインは軽蔑の眼差しでジンを見る。まさか案内人が空き巣だったとは、彼女も想定していなかっただろう。
「この星じゃ俺みたいなもんはゴミを漁るか泥棒するしかないんですー!」
コソ泥であることがバレて開き直るジン。クインはハンドルを奪うと、車を動かそうとする。
「よし、警察行こう」
「待て待て! 話を聞け! 今案内人がいなくなったら困るのはお前だぞ!」
「警察に案内してもらうし。ていうかお前案内出来ないじゃん」
考えてみればクインはジンがいなくても困らないのだ。というわけでクインは助手席から足と手を伸ばして運転をジャックする。そしてドライブインを出て、来た道を引き返す。ジンは慌てて制御を取り戻そうとするも、完全に運転はクインのものだ。助手席から見事な運転で車は普通に走っている。
「か、考え直せ! 今ならまだ間に合う!」
「いーや、ダメだね」
車はどんどん道を戻っていき、最終的に墜落現場まで到達してしまう。墜落現場では黄色い立ち入り禁止ロープが張られ、数人の野次馬を警察が連行しようとしていた。
「あれは何をやってんだ?」
「書類作るのが面倒だから野次馬をとっ捕まえて犯人に仕立て上げてんだよ! こんなとこにいたら俺らも捕まっちまう!」
「それが分かってんならなんであいつら野次馬しに来たんだ?」
「そりゃ事故の現場で火事場泥するためだろ!」
警察が野次馬を乗せて白黒のパトカーでその場を離れようとするので、クインは慌てて車から降りる。
「おい、待ってくれ!」
「どうぞご勝手に……」
無視を決め込もうとするジンだったが、クインに助手席の方から引っ張られて車を降ろされてしまう。痩せていて軽いとはいえ同い年の少年を引きずり出すとはとんでもない筋力である。シートベルトをしていないのが仇となった。
「俺はいいだろ! 離せ!」
「お前が本命だろうが!」
騒ぎに気付いた警察官がクイン達の下に駆け付けてくる。警察は闇夜で見にくい紺の制服と制帽を着込んでおり、銃で武装もしている。
「あ、お巡りさん、その墜落した宇宙船アタシのです。あと泥棒捕まえました」
「この車、付近のディーラーで盗まれたものじゃないか!」
警察官は車を見て驚愕する。クインもまさか車まで盗品だとは思ってなかった様で、驚いた表情をしている。
「お前車泥棒までしたのか!」
「その際、ディーラーのスタッフを一人、重傷を負わせています」
「呆れた……」
警察官からの報告を受け、クインも呆れ顔。空き巣の上に車泥棒である。ここまでの悪党とは出会った直後に分からなかった。警察官はジンの顔をよく見て、さらに驚くべき事実を告げる。
「ファミレスの食い逃げ犯と同じ特徴だ! あとコンビニの万引き犯とも!」
「お前何なんだよ……」
「しゃーないだろ! 金が無くて食いもんに困ってんだから! 家だって無いし!」
さらに食い逃げ万引きと犯罪を重ねていたジン。これにはクインも頭を抱えるしかなかった。
「現金なら持ってただろ! 盗んだやつかもしれないけど!」
「これは貯めてゴージャスな暮らしの資金にするんだよ!」
ギャーギャーと二人が騒いでいると、警察官はジンとクインを逮捕するため手錠を二つ取り出した。
「とにかくあなた方を逮捕します」
「はぁ? こいつはともかくあたしも? 事故は起こしたが人身じゃないぜ?」
クインは警察官の態度に反論する。事故こそ起こしたが、逮捕される様なことはしていないはずだ。むしろ警察に保護されるべき存在なのだから。
「あたしはノアのシーカー、ほら、ドゥーグもちゃんと持ってる」
「ノアだかシーカーだが知らないが道路を壊してただで済むと思うな!」
クインの罪状は道路の破壊であった。ジンは警察官の思惑に気づいていた。
「おい、まさかお前点数の為に逮捕者増やそうって魂胆じゃねーだろうな?」
「点数?」
「ああ、逮捕した奴が多いほど金が貰える、それがこの星の警察だ!」
ジンの説明でクインもこの星の警察の実態が分かった。捕まった野次馬達もパトカーの中からぐぐもった声で無実を訴える。
「俺たちまだ何もしてないよー!」
「ただ珍しいものが落ちてるから見に来ただけだ!」
「うるさい! これ以上抵抗すると公務執行妨害だぞ!」
警察官は話を聞かず、ジンとクインに手錠を掛けようとする。しかしその手錠が二人の腕に嵌ることはなかった。なぜなら、警察官を後ろから貫く存在がいたからである。
「げふっ!」
「なんだ?」
刃になった腕で警察官を貫いたのは、軽装の鎧に身を包んだ黒い生き物、シャドウであった。三体もおり、刃の腕を合わせて鳴らし威嚇する。
「シャドウだ!」
ジンはこの騒ぎでシャドウが集まってきたのだと感じる。慌てて逃げようと車まで急ぐ。だが、クインは全く動じずにシャドウを睨んでいた。
「何してんだ! 逃げるぞ!」
「いや、三体くらいならやれる」
「はい?」
クインは銃を抜く。小さなハンドガンで一体何が出来るというのか。そう思うジンをよそに、クインは引き金を引く。乾いた発砲音が街に響き、一体のシャドウが呻きを上げる。
なんと、赤い胸部の宝石に銃弾が突き刺さっているではないか。シャドウはそのまま倒れ、黒い体を霧の様に霧散させて鉄の鎧だけ残して消える。
この一撃が嚆矢となった。クインを敵の認識したもう二体のシャドウは左右から彼女に向かって飛び掛かる。しかしその攻撃はクインに当たらない。彼女は後退し、地面に敵の腕が突き刺さったのを見てから二発の銃弾を放つ。
その弾丸は一切の無駄無く、二体のシャドウへ直撃する。残された二体のシャドウも地に伏し、鎧だけを残して霧散した。
「ふぅ……」
「強えぇ……」
自分が逃げるしかなかったシャドウを軽くのしてしまうクインにジンは驚いた。生きてきた惑星が違えばこんな芸当も出来るのか。警察官が倒されたことで、隙が出来たのでジンは忘れずにパトカーに捕まった野次馬を解放してやる。掛けられた手錠も鍵開けツールで軽々外す。
「もう捕まるなよー」
「で、これからどうする? 警官は……ダメか」
クインは警察官の安否を確認する。心臓を一突きされており、もう息は無かった。他人の死体を見ても動じない辺り、クインもシビアな死生観の中で生きていた人間らしい。ジンは言わずもがな、他人が餓死したり強盗に殺されたり、シャドウに命を奪われた光景など飽きるほど見て来た。
「逃げるぞ。こんなとこ見られたらマジでヤバい」
ジンは逃げることを提案した。シャドウのせいとはいえ警察官の死体がある。こんなとこ見られたらあらぬ疑いを掛けてくるに違いないと判断したためである。
「えー、そんなに警察ってこんな信用できないかぁ?」
ギアズの警察はきっと優良なのだろう。クインは目の前で起きたことが未だ信じられないといった様子であった。だがここはネクノミコ。解放された野次馬達も自分達を警察とシャドウから救ってくれたクインの為に逃げろ逃げろの大合唱をする。
「いや、ここは逃げるべきだ!」
「警察官の死体なんか見られたら人殺しだと思われちまう!」
「俺たちは逃げるからあんたらも逃げるんだぞ!」
野次馬達は警告だけするとそそくさといなくなった。クインもここまで言われて、実体も見て流石に警察を全面で信じる気は無くなってきた。
「そうだな、逃げるか……」
「そう来なくっちゃ!」
クインはジンと共に白い車に乗って逃げる。結局はさっきのドライブインに逆戻りである。
ドライブインに戻る頃には深夜になっていた。空は真っ暗なままなのでカーナビの時計でしか知る方法はない。これからどうするかをジンとクインは車の中で話し合うことにした。あれだけ抵抗したクインも今や大人しく助手席に収まっている。
「警察が頼りにならないのはよーくわかった」
「わかってくれて結構」
クインはまず、公共の組織さえ頼れない現状を理解した。それでいて全く取り乱した様子もない。惑星探査という仕事に就くからだろうか、緊急の事態にもやけに落ち着いている。ジンは通信手段として、彼女の持つドゥーグに目を付けた。
「それで助け呼べない?」
「あーこれな。記録用のメカだから通信は出来ないんだ」
しかしドゥーグは記録専門のメカ。通信機能はないのだ。今時リアルタイムで通信できないとは結構珍しい端末である。
「え? それ通信できないの?」
「稼働時間と記録に極振りした結果だな。だからシーカーは生きて帰ることが仕事なんだ」
通信できない結果、これを持ち帰ることこそシーカーの仕事となった。しかしこれは困った。通信ができないのでは結局どうすればいいのか。話は降り出しに戻る。
「他に通信機器は?」
「このスマホだけど……ダメだな、ここじゃ通信の企画が合わない」
クインはスマートフォンを持っていたが、ここでは使えなかった。シーカーの支部がどこにあるのかさえ、今の二人にはわからない。しかしシーカーの支部というものがこの惑星にどの程度あるのかという問題が立ちふさがった。
「なあクイン。シーカーの支部ってのはこの星に何個あるんだ?」
「一個」
「……」
ジンは頭を抱えた。この広大な惑星で僅か一個のシーカー支部を見つけなければならないのだ。しかもノーヒントで。そこでしばらく考えてジンはあることを思いついた。
「ん? ネットが使えないなら使える場所に行けばいいんじゃね?」
「どういうことだ?」
「ネカフェだよ!」
ジンは車のエンジンを掛けて移動を開始する。そう、今持っている通信機器が使えないなら、使える通信機器がある場所に行けばいいのだ。車は深夜の道を駆け抜け、ネットカフェを探しにいく。
車をしばらく走らせると、駐車場のあるネットカフェを二人は発見した。どうやらシャワーもドリンクバーもあるようで、これは丁度いいと車を入れて駐車場に止める。
「さすがにここでは金払わないとな」
「あたしの分は自分で払うよ……」
店内に入るとカウンターがまず見え、ここで会計を済ませてから中に入る様だ。ここでは入る時にお金を払う必要があるので、いつもの様に食い逃げ戦法が通用しない。クインはががま口の小銭入れを取り出すと看板の表示を見て絶句する。
「なあ、まさかこの星は通貨違うのか?」
「違うって、フィンだろお金って?」
「いや、あたしらの星じゃスケイルなんだよお金」
がま口を見てみると、確かに硬貨や紙幣のデザインが違った。単位もフィンではなくスケイルというものになっている。これでは支払いなどできない。ジンはパーカーのポケットから財布を取り出し、二人分の支払いを済ませようとする。
「支払いは任せろー。ナイトコース二人分で」
しかし財布はマジックテープ式。壮大にバリバリという音が響き渡る。
「なんで財布がマジックテープ式なんだよ……」
「そう言うお前はがま口じゃねーか! 小銭入れだぞ小銭入れ!」
「仕事中はお金持ち歩かないんだよ!」
「あのー……」
喧嘩もそこそこにカウンターのスタッフが二人に割って入る。ジンが用件を聞いた。
「なんだよ!」
「すみません、部屋が一つしか開いてないんですが……」
というわけでジンとクインは一つの部屋に押し込められることになった。
「なんだってこんなことに……」
「そりゃあたしのセリフだ」
部屋にはパソコンが一つと椅子が一つ。クインが椅子に座ってジンが立ったまま画面を覗き込んでいる。机にはドリンクバーから持ってきた飲み物が置いてあった。丁寧に氷も入れてストローを差してオレンジジュースを飲んでいるジンに対し、ストローは愚か氷さえ入れないコーラを飲んでいるクイン。性格の違いがバッサリ現れることになった。
「なんだよ……」
ジンが妙にドギマギしているので、クインは気になって作業が出来ない。二人とも、休憩がてらシャワーを浴びてきたところである。
「そっちがなんだよ……」
クインはポニーテールを解いており、濡れた髪が顔に張り付いている。拭き方が雑なのか所々体に水滴が残った状態でツナギの上半身をはだけたいつもの服装なので女の子慣れしていないジンは少し緊張していた。シャンプーの香りがほのかに鼻孔をくすぐる。
「で、シーカーの支部ってのはどこにあんだよ?」
「ちょうどこの惑星の裏側だな」
「……」
ジンは思わず真顔になった。惑星の真裏とは。途方もない旅になりそうである。だが、そんな絶望的な状況にも一筋の光明が差していた。
「おいまさかお前の車で行くと思ってんのか? どっかで落ち合うに決まってんだろ」
「支部と連絡取れたのか?」
そう、クインは支部との連絡に成功したのである。これで幾分か希望が見えてきたというもの。当然、クインの生還はジンの特別報酬と一連托生、とジンは思っている。
「なぁ、お前をそこまで案内してやる代わりに報酬くれよ!」
「報酬? まぁ考えてやるよ……」
「よっしゃ!」
口約束だが報酬の取り決めも出来た。これはジンにとって大きなものとなった。彼も定住していないなど生活が厳しいのだ。ここでシーカーとやらに恩を売っておけばゴージャスな暮らしに一歩近づくというもの。
「合流場所はここから一番近いブライトエリア、ブロックCだってよ。場所わかるか?」
「いや。だがブライトエリアなら日が差すから朝になれば大体の位置は掴める」
この常夜の星、ネクノミコも全ての領域が常に夜というわけではない。ブライトエリアと呼ばれる日光の差し込む場所が存在するのだ。そこで支部の人間と落ち合うことになったのだ。
「そうか、じゃああたし寝るからな」
「あ、おい……」
明日の予定を組み立てると、クインは椅子を倒してブランケットを被り眠ってしまう。部屋にはこの一セットしかなく、無事ジンは部屋の床で寝る羽目になった。
「ま、エコノミークラス症候群になるよりマシか……」
こうしてジンの長い一日は終わった。この一日が彼の運命を大きく変えてしまう始まりとも気づかずに。
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