最低野郎の探索者

級長

ネクノミコ脱出編

1.最低野郎ここに憚る

 生まれた時から、気づけば一人だった。空腹の体を引きずり、ゴミを漁る毎日。ゴミさえない日は他の人達とため込んだ食料という名のゴミを奪い合った。一日中太陽の昇らない、重力の井の底で、少年は金色の瞳を濁らせて毎日を生きていた。

 そんな世界にも、一筋の光が差す場所があった。いつかあそこへたどり着く。それが少年の目的になった。

「誰にも負けない金持ちになって、ゴージャスに暮らすんだ!」

 恵まれた少年が夢に見るスポーツ選手やパイロットなどは一文字も頭を過らない。それだけが彼の夢になった。


「時間だ」

 ただいまの時刻は朝の七時。しかし辺りは真っ暗である。車でシートを倒し、眠っていた茶髪の少年は金色の瞳を開いて仕事の時間を確認する。この星は常夜の星、惑星ネクノミコ。朝日が昇ることは決してない。

 少年は夜に溶ける様な漆黒の車を降りて、毛布代わりに使っていた黒いパーカーを羽織る。フードを被ると目立つ髪色と瞳色を覆い隠し、その姿が闇に消える。助手席から取り出したリュックを背負い、闇夜へ駆け出していく。

彼はそのまま仕事の現場へと向かう。閑静な住宅街の空き地に車は止まっており、少年は値踏みする様に住宅を見回していく。そして、一件の住宅の前で足を止める。塀などに囲まれていない、シンプルな二階建ての戸建てである。駐車場に車が無いこと、電気が点いていないことを確認すると、彼は納得した様に頷く。

「ここが今日の獲物だ」

 少年はそう言うと、玄関口まで慎重に歩を進める。二本の針金で器用に鍵を開けに掛かる。しばらくして、少年は背後に迫る気配に気づいた。

(誰だ?)

 急いで振り向くと、成人ほど肥大化したゴキブリが羽ばたきながら横切っているだけであった。とりあえず人ではなかったので安心して彼は作業に戻った。

「なんだビックローチか……脅かしやがって」

 冷や汗をかきつつ少し作業を再開すると、鍵は容易に開いた。少年は通行人がいないことを確認すると、住宅へと侵入した。中は暗く、何も見えないほどであった。少年は持っていたフラッシュライトを点けると、辺りを物色し始める。

 耳を澄まし、二階に人がいないか確かめながら。

「お、ルーターあんじゃん」

 窓際に置かれた小型の電化製品に狙いを付けて、盗品をリュックに詰めていく。最初に盗んだのは、インターネットに機器を接続するための小さな機械である。これが小さい割に高く売れるのだ。

途中でキッチンに立ち寄り、食料品も保存が効くものは拝借する。盗んだパンを齧りながら、少年は住宅の二階へ歩を進めた。出来る限り音を立てない様に、慎重に。この家に住民はいないと予想しての行動だが、万が一誰かいたら一発で通報されてしまう。またそこまで近所付き合いのある地域ではないが隣の家に異変を察知されることも防ぎたい。

 二階に辿り着くと、寝室へと進む。高価な品物は大抵こういうところにあり、狙い目なのだが住民が寝ているかもしれないというリスクがある。フラッシュライトを一回消し、窓から差し込む街灯という僅かな灯りを頼りに人の有無を調べる。

「よし、いないな」

 誰もいないことを確認すると、少年は寝室に忍び込む。そこには金庫があり、いかにも高価なものをしまっていると主張している様なものであった。彼はリュックから聴診器を取り出し、それを装着して金庫に当てる。

「金庫なんざ、このジン様に掛かればちょちょいのちょいやで」

 少年、ジンは身長に金庫のダイヤルを回し、手ごたえを確認する。中の音を聞いてダイヤルとロックの噛み合いを確認するのだ。

「ん?」

 その時、外で物音が聞こえた。タイヤがアスファルトを切り、エンジンが唸る音だ。もしやこの家の住民が帰ってきたのか? そんな不安が押し寄せる。その時、外からスピーカーで発せられた声が聞こえる。

『こちらはアークウイング自警団です。最近、空き巣などが多発しております。戸締りはしっかりしましょう』

「なんだよ脅かしやがって……」

 外にいたのはパトロールの車だった。それが遠ざかるまで、ジンは静かにしていることにした。アークウイングというのは地球からこの星にやって来た移民船団のことで、自分もその子孫らしいことは彼も知っていた。しかしそれについて特に語るべき感想をジンは持たない。

再び金庫に取り掛かってからものの数分、ダイヤル番号を確かめて組み合わせ、見事に金庫を破ってみせた。

「うひょー、宝の山だ」

 中には現金や宝石類がゴッソリ入っていた。札束の入った封筒に高価な指輪やブレスレットなどのアクセサリー。中にはデジカメやタブレットなどの小型だが高値で売れる電化製品も入っていた。

それを急いでリュックにしまうと、ジンは頃合いと見て住宅を脱出する。キチンと扉を閉めて、物色の痕跡も出来る限り残さない様にする。そして怪しまれない程度の速足で車に戻ると、盗品を確認する。車の電気を点け、リュックの中身がよく見える様にした。

「大量大量、ゴージャスな暮らしにまた一歩近づいたぜ」

 中身は盗んだ現金や電化製品、宝石でいっぱいになっていた。ついでに盗んだ食品をつまみに酒の瓶を開け、ラッパ飲みで祝杯を挙げる。彼は十代前半にしか見えないが、この星では些細な法律を守って生きる余裕など持ち合わせている人間は少ない。ジンには酒が苦いものの気分の高揚する飲み物程度の認識しかなかった。

「はっはー、いやーいい気分だ」

ほろ酔いかつ大喜びで車のエンジンキーを回すジンだったが、そこで異変に気付く。点けていた電気が消え、何度回してもエンジンが掛からない。

「あれ?」

 一度キーを抜いて再度回すも、やはりエンジンは掛からない。

「壊れた……?」

 仕事の道具である車の故障に戸惑うジン。この車も盗品であり、かつ彼は免許を持っていない。なのでロードサービスを手配するなどというブルジョワの発想には至ることができなかった。

「うそーん……」

 さっきまでのテンションはどこへやら、すっかりジンは萎れてしまった。仕事道具を失い、諦めて徒歩でこの住宅街を出ることになった。車からの荷物も突っ込んだ重いリュックを背負い、ジンは暗い住宅街をトボトボと歩く。リュックの容量にも限界はあり、重い食品や酒は諦めざるを得なかった。

 自宅でもあった車に別れを告げたジンの気持ちは沈んでいた。また屋根のある場所を探すか車を盗むしかない。さてどうしたものか。

 夜空には星一つ無く、街灯だけが街を照らしていた。時刻が時刻なのか、自分と同年代の学生服を着た一団とすれ違うことも多々あった。別にジンは羨ましいとも思わない。この星で学校に通えるのはごく一部、限られた勝ち組だけなのだから。自分はそこに生まれなかった、それだけのことだ。

 それどころか定住も出来てはいない。この星ではそんな人間が多数いる。その一人に、ジンは過ぎなかった。

「ぜってぇゴージャスな暮らしをしてやる……今に見てろよ……」

 しかし自分の境遇に諦観もしていないというのが事実であった。ジンはいつか訪れるゴージャスな暮らしを夢見て、今日も盗みを働くのであった。


 しばらく道を歩くと、住宅街を抜けることに成功した。酒を飲んだものの、長いこと歩きっぱなしだったので喉が渇いてしまった。

「喉乾いた……」

 その時、ジンは町の中で一際輝く建物を見つけた。それはコンビニエンスストアであった。彼は一度中に入り、その構造をよく確認する。レジは無人で客が会計する仕組みになっており、品出しを下半身がタイヤになっている人型ロボットが行っている店であった。

(ここはダメか……)

 一通り店内を見て回り、客の振りをして様子を伺うジン。冷ストッカーに置かれた紙パックの飲み物の底面を確認すると、黒いシールが貼られており思わずため息を吐く。これでは盗むことが出来ない。

 この星では多くの労働力がロボットに置き換えられており、コンビニ店員もその一つである。自動レジの為に商品には黒いシール、電子タグが付けられており、これを会計無しで持ち出せば即座に警報が鳴って働いているロボットや店内で事務作業をしている店員に捕まってしまう。こうした自動化の波でネクノミコは失業者に溢れている。

現金も持っているので普通に払えばいいが、盗めるものは盗んで節約をしたいのがジンの思惑であった。

 このコンビニを諦めて、ジンはまた歩く。するとまたコンビニを見つけた。その店内を半分諦めながら彼は覗く。

レジには一人の店員しかおらず、店内には品出しをしている店員もいない。さっきのコンビニとは大違いである。店舗もどこか古めかしい。

(これはひょっとするとひょっとして?)

ジンは興奮を抑えつつ、レジから見えないおつまみの棚にある商品を裏返し、黒いシールが貼っていない。

(ラッキー! 自動レジじゃないコンビニだ!)

 ジンは心の中でガッツポーズをする。働き手が腐るほどいて人件費の方が安いためか、未だ多くのコンビニが自動化していない。そういう店を見つけては盗みを働くのがジンの手口である。彼はペットボトルのジュースを一つ拝借し、コンビニを堂々と出る。こういう時、こそこそしていた方が怪しまれるのである。

 そして盗むものは最低限に。あまり欲張ると危険であることを彼は身をもって知っている。そんな失敗も積み重ねながら、彼は今までこの常夜の星を生き抜いていきたのである。

「ふぅ、冷たくて旨いぜ」

 コンビニから少し離れて、そのジュースを堪能する。夜の街は彼の犯行を見透かすお天道様もいない。悪が憚る星の一日はこうして過ぎていく。


 しばらく歩いていると、ジンは空腹を感じた。もう時刻はお昼。一日中真っ暗なので頼りになるのは己の腹時計だけだ。片側二車線、中央分離帯もある大きな道路を歩いているが、ここを走る車は少ない。

「腹減ったなあ」

 盗みを働こうにも、この辺りはコンビニも少ない。そう思っていると鉄を擦る様な、騒がしい足音が聞こえてきた。ジンは歩道の防音壁が付いたガードレールに身を隠し、少し顔を出して様子を伺う。

「シャドウだ……! 兵士型か?」

 道路を闊歩しているのは、軽装の鎧に身を包んだ人影の集団だった。鎧の隙間からは影の様に真っ黒な素肌が覗いており、胸には赤い宝石の様な物が埋め込まれている。瞳は金色のポツリとした点で、キョロキョロと何かを探している。手は刃物と一体化した様な形をしている。

その一団はジンに気づかず、中央分離帯を乗り越えて反対車線へ行ってしまう。彼は一安心し、また歩き出す。この星ではビッグローチだけでなくこの様なシャドウと呼ばれる化け物も歩き回っており、戦闘能力を持たないジンにとってはどれも脅威に成りうる。

「あーもう、安心したら余計腹減ったぜ……」

 空腹のジンが歩いていると、青い屋根のファミレスが道路沿いに見えた。店舗の周りには旗が立っており、『自社工場製安全な合成肉100%』などと書かれていた。この星では天然の肉は貴重品。一部の金持ちくらいしか食べられない。野菜は工場、不足した日光を紫外線発生装置で補う農業プラントがあるので食べることは出来るが、生物だけはどうしてもそう上手くいかないものだ。

「さて、この店にするか……」

 ターゲットを見定め、ジンはこの店に決めた。店内に入るとそこは飲食店、綺麗なものである。場所が場所だけに待っている人はおらず、すんなりと席に案内された。

 ジンはメニューを見て、食事の内容を決める。ハンバーグステーキにコーンスープ、パンの付いたセットを頼むことにした。食後のデザートも忘れずに頼む。

「食後の飲み物はどうされますか?」

「ホットコーヒーで」

 一切値段を見ない不惑の決定だったが、ウェイトレスは全く怪しまない。この段階ではまだ客にしか見えないからだ。ジンは第一印象で怪しまれない為に、盗品であるものの服装に気を遣うなど身なりをちゃんとしているのだ。これがボロボロの服を着ている人間なら、一発で食い逃げ目的の浮浪者だと見抜かれてしまっているだろう。風呂に入れなくてもシャワーシートで全身を拭く、盗んだ金で床屋に行くなど、少しの手間で怪しまれにくくなるものだのだ。

 ジンは運ばれてきたコーンスープを暖かいうちにスプーンを使って飲んだ。ここのところ暖かい食事はご無沙汰だったのでこれだけでも体の隅から隅まで染み渡る様な感覚を覚えた。

「あー旨い。こういうの久々かも」

 遅れて鉄板に乗ったハンバーグステーキとパンが運ばれてきた。丸くて小さいパンは温められており、焼きたてのように外はカリカリ、中はもっちりしている。付属のマーガリンをバターナイフで塗るとよく溶ける。ハンバーグも合成肉をミンチにしたものでありながら噛む度うま味があふれ出す仕上がりであった。付け合わせの野菜もジンは残さず食べる。

「すいませーん、食後のデザートください」

 彼はベルでウェイトレスを呼ぶと、食後のデザートを要求した。デザートはイチゴのパフェである。甘いソフトクリームはしっかり牛乳の味がするが、これも合成乳脂肪である。イチゴのパフェと銘打っているが生のイチゴは見当たらず、ソースが掛かっているだけである。果物はあくまで嗜好品、高価なのだ。イチゴソースは添加物で味を再現したものに過ぎないが、甘酸っぱく本物のイチゴの様であった。ジンは本物のイチゴなど食べたことないのだが。

「ふう、こんなもんかな」

 コーヒーを飲んで一息つくと、ジンはリュックを忘れずに持って店外へ出る。あくまで堂々と、怪しまれない様に。

「よっしゃー、食い逃げ成功」

 ジンは無事、無銭飲食に成功する。呼び止められたらお金も持っているので会計を忘れた振りしてとぼければいいのだ。その気負わなさが不審さを軽減していると言える。


 また道を歩くと、今度は車のディーラーが見えた。ちょうど足と住宅を失っていたジンはそれを確保するため、ディーラーを覗いてみることにした。壁一面がガラス張りで中に展示してある車を外から見ることが出来る。

「いらっしゃいませー」

 ディーラーのスタッフはジンを笑顔で迎える。商談スタッフは高級そうなスーツや腕時計を身に着け、この星では上位に位置する境遇の者と見受けられた。

この星では免許を取るのに年齢は関係ない。そのため、実は無免許のジンでも客として見てくれる。ジンは近くにあった白い高級そうな車に目を付ける。

「何をお探しですか?」

「この店で一番いい車を頼む」

「でしたらこちらなんかいかが?」

 彼の予想通り、この白い車が一番高級なものであった。ジンは試しにと車の扉を開けて運転席に乗ってみる。扉を閉めるがパワーウインドウは開けて、商談する気がある様に見せかける。

「どうでしょう? なかなかの座り心地でしょう?」

「ああ、そうだな」

 椅子は確かに以前の車よりも座り心地がいい。ここはベッド兼ソファになる場所なので重要なポイントだ。話ついでにキーを探してエンジンを掛けようとするも、エンジンキーを差す場所が見当たらない。あるのは電源と思わしきボタンだけである。

「これ話題のスマートキーってやつ?」

「はい。こちらハイブリット車となっていますのでとても静かですよ。掛けてみますか?」

 ジンはキーを渡され、エンジンを掛ける。動いているのか心配になるほど静かなエンジン音が店内に響いた。

「本当に静かだな」

「静かすぎるのが心配でしたら角で歩行者に警報を出せる機能もオプションで付けられますよ。こちらの車には付いています」

 久々の客だからか、セールストークが止まらない。買ってもらうためにはこの車のいいところを余さず伝えなければならない。不景気の星で車などそう売れるものではないが、上はただ売れとこのスタッフに命じているのだろう。

「色が少し目立つな……」

 以前の車は黒かったのでそこだけが気になった。これでは夜道で目立ってしまう。しかしこの方が却って怪しまれないだろうかとも考えたりする。

「確かに汚れは目立つかもしれませんが、お手入れを欠かさなければとても美しいでしょう」

 ジンの頭の中などスタッフに読めるはずも無く、的外れな会話が続く。

「気になるお値段の方なんですがこのモデルでは破格の850万フィンです! 1000万フィン切らせていただきます」

「そうか、そうか……」

 ジンは値段を聞いて悪そうな笑顔をニヤリと浮かべる。そして、何も言わずにアクセルに足を乗せる。

「どうですか、お気に召しましたか?」

「ああ、そうだな」

 気に入ったという返答を受けて、スタッフも一層、作り笑いから本物の笑顔に変わる。しかし、ジンの目的は購入などではない。

「一番気に入ったのは、値段だ」

 そして突如アクセルを全開にするジン。車はタイヤを唸らせて、展示されていたスペースから逃げ出そうとする。

「あー! お客様困ります! お客さヴぁあ!」

 止めようと前に出たスタッフを跳ね飛ばし、ジンは車を飛ばしてディーラーの窓ガラスをぶち割って走り去る。ジンは軽快に笑うと、窓を閉めてそのまま夜の道を爆走していく。

「ははははは! さようなら御機嫌よう! はははは!」

 白い車は自由を得て、ジンと共に走っていった。


 しばらく走り、車は何もない空き地に辿り着いた。そこでジンは車を停めて降り、夜空を眺めていた。時刻はすっかり夕方なのに、空模様は変わることがない。

「ん?」

 その時、空が光り輝いた。何かが降ってくる。炎を纏った大きな塊が天から降りてくるではないか。それはよく見ると、飛行機の様な形をしていた。

「なんだ、ありゃ……」

 赤い輝きが地上へ降り注ぐ光景に、ジンは見とれていた。その輝きが地平に触れた時、体を揺らす様な轟音が響いた。

墜落したのはこの辺りだ。ジンは車に飛び乗り、その輝きを追った。その出会いが彼の運命を大きく変えてしまうことにも気づかないまま。

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