五月二十日

無断で休んだ次の日、定刻通り実習先に向かい、当然の如く強烈に怒鳴られた。

お前みたいな人間に指導する事なんてない、とか、医者になるのなんてやめろ、いつか絶対に人を殺す、とか。

幾つも幾つも項目を挙げられて、いつしかそれが雑音と同じ様に感じられた頃、怒声が止んだ。

横に居た助手が何事かを囁いた後、教授が最後に、もういい、と怒鳴った。

恭しく頭を下げて教授室を後にする。


その足で、新棟七階の血液内科に向かった。

真木が最期を迎えた場所。

真木の面影に触れた母親と初めて出会った場所。

真木が居たはずの病室は、当然の如く患者が入っていて知らないネームプレートが掛けられていた。

その知らない名前を見て、ポケットの中の紙に触れる。

来た道を戻ろうと方向を変えると、窓の外、遠い屋上で煙草を吸う人影が見えた。


屋上を開放しているのか、と興味本位で屋上を目指した。ああまた、大目玉だ。

今度こそ本当に実習打ち切りだろうな、頭の片隅でそう思いながら、それでも穏やかな心持ちで歩を進めた。




十四階建の屋上。重い扉を開けるとそこに、青空が広がっていた。

吸い込まれる様な青。

空に落ちる感覚。

実際にはあり得ない感覚を胸に抱きながら、貯水槽に向かって延びる梯子に向かった。

屋上の床からはるかに高い貯水槽に登れば、視界にはもう空だけが広がった。

この世界には自分一人しかいないのかもしれないという、巫山戯た思考もそれなりに通ってしまいそうな青。

嫌味なくらい澄んだ青だ。

寝転んで、ポケットから紙片を取り出した。

陽光によって文字が透かされる。その背景は鮮烈な青空。

青、青、青。

全部正反対だ。

別人の様になってしまった体も、心電図のアラームも、循環することを止め外に出た血液も。全て赤。

嫌味なほどの青が、真木の全てを定したように感じられた。


透かされた文字が滲む。

『しぬのはこわいよ、小林』


顳顬こめかみが冷たい。

「死ぬのは怖いな、真木」

そうだろう?

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