五月十四日
通夜と葬式は粛々と執り行われ、僕も出席した。
参列者への配慮か、棺は完全に閉じられていて、棺の横に置かれた献花台に白い花を置く。
両日ともに、時折過ぎる雲の合間から春の陽光が差す、嫌味なほど穏やかな気候であった。
全てが終わった後、帰ろうと葬儀場を出ようとした時、声を掛けられた。
振り向くと、真木の母親。
目と目が合い、頭を下げる。
「お悔やみ申し上げます」
「ありがとうございます……息子から、貴方の事は聞いております。とても良くしてもらったと、感謝しておりました。私からも、感謝申し上げます。ありがとうございました」
「とんでもない。お世話になったのは、僕の方です」
お互いのやりとりがひと段落して、なんと声を掛けようか迷っていると真木の母親は、小さなハンドバッグからそこにぴったり収まるくらいの小さな手帳を取り出した。
「息子が、死の直前まで書いていたものです。最後の方は少し、私が代筆したところもありますがほとんどが息子の書いたものです。こちらを、どうか受け取ってください」
「そんな大切なもの、僕には受け取れません。ご家族の方でどうか大切に……」
「いいえ、これは貴方のものです。中を開いて、読んでいただければわかります。これは、貴方のものです」
疲れ、窶れ果て、生気の抜けたような瞳の奥から芯のある鋭い意志が僕の瞳を捉えて離さない。
震える手を悟られないように差し出して、小さな女性の手からそれと変わらない大きさの手帳を受け取る。
真木の遺した言葉が、ここに在る。
数日前、熱に浮かされたように望んだ彼の言葉が、ここに。
ふとした瞬間に、手帳ごと言葉が霧消してしまいそうな感覚を抱きながら有り難く受け取った。
「ありがとう、ございます」
受け取った僕の姿を見て、真木の母親は柔らかく微笑した。
その優しさが滲む目元にやはり、真木の面影を見る。
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