第7話 空白と造り手

「いい子にしてりゃ、悪いようにはしねぇよ」


 ベッドの上に転がされて、ハリスンに圧し掛かられる。


「やだっ」


 ライラは自由になる腕でどうにか体を引き剥がそうとする。


「やっ!」


 ぎゅう、と胸を掴まれて、体が竦みあがる。柔らかい女の形をしているそれにも神経は通っている。


「痛いっ!」


「いい子にしてろっつってるだろ?」


 服越しに撫でられるだけで、体が反応し始める。

 まるで、ヒトと同じように。


「したい、だけ、なら、他行ってしな、よっ」


「他かぁ?」


 上着を脱がせて、その肌の感触を楽しむように、ハリスンの指先が触れる。

 そのたびに、ライラの体がわずかに跳ねる。


娼館ドールハウスだってある、でしょっ? か、ね、余って、る、くせにっ」


「セクサロイド、か」


 性的な仕事に従事するためだけに作られた人形。

 それが、セクサロイド。


「でもなぁ、お前以上にいい女はなかなかいねぇからな」


「うるさいうるさい、うるさーい!」


「まぁ諦めろ」


「しつこいからやだー!!」


 そしてそのまま、ライラが気を失うまでハリスンは彼女の体を堪能したのだった。





 ぐったりと横たわったライラの体。

 うなじをかきあげ、表層皮膚を開いて接続端子を露わにさせるとラインケーブルを接続する。


空白ブランク状態じゃねぇと使えねぇってのも面倒だよなぁ」


 独り言ちて、ハリスンは携帯用のパソコンによく似た端末を起動させる。


「さて、ちょっとお邪魔させていただきますか」


 かたかたかたかた。

 キーボードを慣れた手つきで叩く。


「ちょ、待てよ。んだよ、これ」


 手が止まる。

 画面に高速で流れる情報を目視で確認する。


「あ」


 その情報に食らいつくように、画面が端から少しずつ空白に消されていく。

 そのまま、画面が消えた。

 再起動は出来ない。


「……やられた」


 ラインケーブルを慎重に外し、携帯用の端末は完全に沈黙したのでそのままダストボックスにシュート。


記録保護メモリプロテクトが十層構造な上に、ハッキングに対してウィルスで対抗、だと? あんの野郎」


 少しだけライラが身じろぎをする。


「何を、まだ、隠してやがる」


 爪を噛む。

 いらだった時の仕種。

 やがて、ライラがゆっくり目を覚ました。


「……ハリー」


「お、もう起きたのか」


 先ほどまでの『科学者』として姿など微塵も感じさせない。


「うん。ダグ、帰ってくるから」


 目をこすりながら体を起こす。ベッドの上にきちんと敷いていたはずのシーツはくしゃくしゃになっている。


「これ、解除して」


「おお」


<<code:RT19171627 program writing:fifth city master ...all reset>>


 ライラは体に入ってくるプログラム言語がきちんと書き込まれたのを確認した後、足を床につけて立ちあがる。

 先ほどのように急に力が入らなくなって立てないなんてことはなく、普通に立つことが出来た。


「何しに来たんだよ、ほんとにもう」


 ハリスンはまだ何かを集中して考えている。こうなると彼には何を言っても無駄なことをライラは知っている。

 愚痴りながら、そのままライラは浴室へと消えた。






「ハリー」


「んあ?」


「そっから退いて」


 浴室から戻ってきたライラは、ベッドの上に座り込むハリスンを酷く邪魔そうに追い払う。


「シーツ洗わなきゃ」


「ああ、なあ」


「誰のせいだと思ってんだよ」


「主に汚したのはライラだろ」


「誰のせいで、だっつってんのっ! もうっ」


 シーツを丸めて横にどかして、新しいシーツを引きなおす。

 ハリスンはその脇に突っ立ったままだ。


「はぁ」


 零れ落ちる、深いため息。ライラは本当に人間のようだ。人形であるのに。


「そういえば」


 ハリスンは今さっき思い出したかのような口調で、言葉を吐いた。


「何?」


 それに対してとげとげしさしか感じられないような声でライラが問う。


「お前の造り手マイスターのことだけど、さ」


「うん」


 引きなおしたベッドの上にライラがぽすんと座りこむ。見上げるように、ハリスンを見つめる。


「お前はディートリヒ・フォクツが創り出した人形だよ」


「……ディートリヒ?」


「この第7都市ジャバウォックの創造主マイスターマスターディートリヒ・フォクツが、お前の造り手マイスターなんだ」


 驚いたように目を見開くライラの様子に、ハリスンは少しだけ目を細める。


「そんだけ精密な造りしてりゃ、ただの造り手が造ったもんだとは思わねぇけどな」


「そう、なんだ」


「会いたいか?」


「……ううん。別に」


 あまりに突拍子がない話だっただけに、事態が飲みこめていないせいもある。


「そう、なんだ……」


 ライラは同じ言葉を口にして繰り返す。本当にヒトにしか見えないのに、彼女は人間ではない。

 しばらくその様子を見守っていたハリスンだったが、ひらりと手を振ってライラに背を向けた。


「じゃ、俺帰るわ」


 立ち去ろうとするハリスンの腕を、ライラの手が掴む。


「何、まだしてぇの?」


「ちっがーう! あのさ、ご飯食べていかない? どうせなら」


「は?」


「いや、どうせまたまともに食事採ってないんでしょ? だから、どうかなぁ、って」


「そりゃ、以前ご主人様マスターだった奴への同情?」


「ま、そんなとこ」


 悪びれずに微笑まれて、ハリスンは頭を掻く。彼女の喜怒哀楽の変化は、確かに人間とは違っていて調子が狂う。


「俺はいいけど」


「じゃあ、決定ね?」


「……なんかなぁ」


「ん?」


「同姓同名ならいいんだけどな」


 そんなハリスンの呟きを、きょとんとした顔でライラは見ていた。

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