第6話 壊し屋とメンテナンス

「うわ」


「うわ、って何だよ。失礼な奴だな、相変わらず」


 それは玄関先で交わされた会話。

 細身だけれど無駄のない筋肉がついた体つきの男は、ライラと向かい合っていた。


「ホントに来やがったよ。しかも連絡も無しに」


「お前なぁ」


 男、ハリスン・クーガンは呆れかえる。鍛えた体躯は賞金稼ぎバウンティハンターとして戦うためのもの。ところどころに傷の見える腕を隠そうともせずに腕まくりをし、短い金色の髪をがしがしと掻きながら言葉を探す。精悍な顔つきをした三十路半ばに見える男はふんと鼻から息を吐き出した。


「それがちょっと前までご主人様マスターだった奴に使う言葉かよ」


「だって今は別のご主人様マスターがいるもん」


 そのまま、無視をしてライラはドアを開く。

 すたすたと室内に入っていく彼女の後を、ハリスンが追いかけていってその肩を掴んだ。


「待てよ」


「待てない。大体聞いてるんでしょう? あたしに他のご主人様ついたって」


 剣呑な眼差しでライラが彼を見上げる。ハリスンとダグラスは同じくらいの身長だ。彼女にとってはどちらも大柄な成人男性。だけれどまるで物怖じはしない。

 普通の男だったら怯みそうな視線をまるっきり気にせず、ハリスンは少しだけ思案するような顔をした。


「ダグラス・テイラー、だっけ? 名前」


「そう。なんだ。やっぱ知ってるんじゃん。情報源は雑貨屋のおっさんかな」


「そいつ、何処よ」


「仕事に行ってるよ。後2時間しなきゃ帰ってこない」


 簡潔に述べて、ライラは椅子に座り込む。

 ハリスンも向かい合わせの席の椅子を引いて、勝手に座った。


「何しに来たのよ、ハリーは」


「ああ、俺?」


 聞かれてハリスンがシニカルな笑みをにやっと浮かべる。

 童話に出てくるチェシャ猫みたいな。


「愛しい愛しいお人形さんがどうしてるかなぁと思って」


「冗談言いに来ただけなら、帰って」


 ぺしん、と肩に置いていた手を叩かれて、軽く突っぱねられて、苦笑する。


「つれねぇなあ」


「っるさいよ」


「いい情報だぜ。お前の、造り手マイスターが誰なのか、分かった」


 ライラの目が見開かれる。


「ほ、んとに?」


「今そんなことで嘘ついてもしょうがねぇだろ?」


 くくっと喉の奥で笑う。その笑みが悪いものを予感させてライラの眉間にしわが寄った。


「……で、何考えてるの?」


「もちろん、情報の代金はいただけるんだろうなぁ、と思って」


「何が望み?」


「メンテナンスさせろよ」


「やだ」


 あっさり拒否。


「何で?」


 ハリスンが問う。


「点検って、ハリスンのは、違うでしょっ?!」


 顔が赤くなる。どういうことをされるのか、知っているから。


「ほぅ」


 笑みが、歪んだものに変わる。

 不穏な空気を感じ取って、ライラが身構えながら後退りする。


<<code:RT171627 program writing:fifth city master>>


「なっ」


 紡がれた言葉は、以前ライラが『登録』をした時と同じ言語。

 がたんっと椅子を倒して、ライラが立ちあがる。


<<legs...freeze>>


 かくんと体が倒れる。

 足に力が入らなくなる。


「プログラム言語使うなんて反則っ! 卑怯者っ!!」


「何言ってんだよ」


 笑いながら、ハリスンがその体をすくいあげる。


「使えるもんは使わなきゃ、だろ?」


「や、やだっ」


 半泣きのその表情は男をそそる役にしか立たない。


「寝室ってどっちだっけ?」


「ばか~~っ」


 肩に担ぎあげられるような形になって、自由になるその手でどかどかとその背中を殴ってみる。その体は薄そうに見えるのにしっかりついている筋肉のせいなのか、まるでダメージはないようでハリスンは涼しい顔だ。

 逃がしてもらえそうにはない。


「ああ、ちゃんと約束は守るから。メンテ終わったら、情報教えてやるよ」


「そーゆう問題じゃないでしょっ?! ばかーっ!!」


 会話はかみ合わないまま、ライラは寝室に連行されてしまったのだった。

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