第5話 武器と医師

 ライラは商売道具を取り出して、テーブルの上に並べていた。

 持っているのは拳銃と長い爪のはめ込まれたグローブのようなもの。


「何に使うんだ?」


「ああ、これ?」


 小さな箱の中身は、拳銃の弾丸と金属製の爪だった。


「人形の捕獲が仕事、って言ったじゃん」


「ああ」


「戦闘型だとさ、すんごい抵抗するから、対抗手段を持っておかないとね」


 ん~、と爪のひとつひとつを確認するようにグローブというよりかは、長めの手袋にはめ込んでいく。


「そいえばダグはなんか持ってるの? 武器」


「いや、我輩は、何も……」


言われてみればダグラスは学者風の装いをしていて、そういうものを携帯していそうな雰囲気はない。身長は180cmそこそこはあるから160cmほどの身長であるライラは見上げるようにその目を見るが、体格はそこまでがっちりしていないし伸びた焦げ茶色の髪と同じ色をした目は少したれ目がちでお人好しそうな雰囲気を受ける。


「マジかー。よく無事だったよね。今まで」


 苦笑して、ライラは自分のグローブをテーブルの上に置くと、寝室まで戻っていって何か小さな箱を持って帰ってきた。

 自分だって直感でこのヒトなら自分を拒まないと思ったから主人に指定した。主人と定めたのならば、守らねばならない。それだけは人形としての自分の大事な部分なのだとライラは思っている。


「はい」


 手渡されて、ダグラスが困惑する。


「何?」


「デリンジャーって型の銃だって。小さいから携帯向き。殺傷能力は弱いけど、護身用としてなら充分だ

よ」


「だが……」


「あたしが側に居られれば絶対ダグに怪我させない自信はあるけど、必ず側に居られるとは限らないでしょ?」


 ライラの菫色の瞳が、やや淡く染まる。強い感情が発露した時にわずかだが彼女の瞳は色を変える。


「銃扱ったことはあるでしょ?」


「まあ、一応は」


「使う機会がないことを祈るけどね」


 そう言ってライラがにゃははと笑う。

 ダグラスは手渡された銃を、重たそうに眺めていた。






 そして、一緒に暮らし始めて1ヶ月が過ぎようとしていた。


  




 手に職をつけねばと何かないかと探していたダグラスは、ライラからひとつの提案を受けた。


医師ドクターってのは?」


「な、何故?」


 ほんの僅かな動揺。あまり下層の常識を知らないダグラスが動揺するのはいつものことだったので、それがいつもとは違うことにライラは気付かない。


「応急処置くらいでいいんだよ。傷の縫合とか出来る?」


「ああ、針と糸があればね」


「じゃ、機材はあたしが揃えてあげる。だから、医師ドクターやってみない?」


 第7都市の下層エデンの中でも、このあたりは特に医者が不足しているのだとライラは言う。


「治療費の相場はねぇ、これくらい」


 電卓ではじきだされた数字に、ダグラスは口をぱくぱくとさせる。


「法外、だと思う?」


「……ああ。だって簡単な治療だけなんだろう?」


「そう。でもね、ちゃんと治療費取らないところは信用できないって思われちゃうから、治療費はちゃんと請求しないとだめ。ただ、ツケでって言って踏み倒す奴らも多いから、その分も考慮した数字なんだよ」


「なるほどな」


 妙に納得して頷いたダグラスに、ライラが笑いかける。


「ダグがイヤなら無理強いはしないよ? ただ、出来るならやってみたら、ってだけ」


「ああ、そうだな」


 ダグラスはその提案を承諾した。

 何もせずに日々が過ぎ行くのには退屈していたせいもあった。自分の何かが、その役に立つのならましかとも思った。

 とりあえず、必要なものを書き出しながらダグラスがふと思い出したように言う。


「そういえば」


「何?」


 相変わらずくるくるとよく変わる表情で、ライラが振り返る。


「噂の『壊し屋』から、なんか連絡あったか?」


「……ん~、ないね。全然。なんで?」


 顔を覗きこまれて、ふい、と視線を逸らす。


「いや、別に……」


「気になる?」


 うふふ、とどこか揶揄うようにライラが笑う。


「あたしの昔のご主人様」


 自分で言って、ライラはそのままけたけたと笑い出した。

 ダグラスは少し呆れたようにため息をつく。


「ライラ……」


「ごめん。こういう冗談嫌いなんだよね」


 ひーひー笑いながら、眼の端ににじんだ涙を指で拭う。まるでヒトのように。


「不器用な人だよ。すっごい大雑把で、あまのじゃくで、寂しがりやなんだ」


 昔を思い出すような眼差し。


「ま、今は関係ないけどね」


「ふぅん」


「そんなに気になる?」


「いや、別に」


「そぉかなぁ?」


 吐息が触れるほどの至近距離でまじまじと顔を眺められて、ダグラスの顔が少しずつ朱に染まる。


「……ライラ」


「何?」


「あんまり顔近づけないでくれ」


「ああ、ごめん。ダグラスに見惚れてた」


 悪びれもなくそう言ってにっこりと微笑まれて、ダグラスはため息をついた。


「……小悪魔」


「何か言った?」


「いや、何も」


 そのまま書き物を進めるダグラスを見ながら、ライラは、くす、と笑った。

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