第4話 情報と欲しいもの

「それじゃ、行こうか」

 ライラが上着を羽織りながら、ダグラスの顔を覗きこむ。

「何処に?」

「服とか、いろいろ買わないと。ずぅっとそのまんま、ってわけにはいかないでしょ?」

 薄汚れた旅装束を指差されて、ダグラスが沈黙した。

「ほら、行こ行こ」

 そのまま手を引かれて、外に出た。

 思ったよりも、薄汚れた下層エデン

 ダグラスも下層エデンに出入りしたことがなかったわけではなかったが、第2都市の下層エデンはもっとましだった。

「どうしたの?」

「いや……」

「すっごいでしょ、ここ」

 ダグラスの考えを見透かしたようにライラがくすくすと笑う。

「薄汚れてて犯罪者だらけ、だからね」

怪物ジャバウォックさえ逃げ出す第七都市の下層エデン、か」

「そゆこと」

 耐熱性マントを羽織ったままのダグラスのすそをしっかり掴みながら、ライラはてくてくと歩いていく。

「さっき俺たちが居たのは、元診療所なんだって。誰も居ないから住みついてるんだけど、俺たち以外にも何人かいるよ」

「ほぅ」

「それで、あそこのね、雑貨屋が行きつけなんだよ」

 そう言って指差された先に、地下へ潜る階段がある。

「地下、か」

「下手に地上うえで商売やると、いろいろあるからね」

 そのまま扉を脇にある装置の前に立つ。

 専用の暗証コードを手馴れた手つきで叩きこむと、鉄製の重たい扉が開いた。

「はい、入って」

「ん」

 中は、酒場のような雰囲気だった。

「やっほー♪」

「よう、ライラ。景気はどうだい」

「ぼちぼち~だよ」

 カウンター席に座って、どうやら店主であるらしい中年男性と話をする。

「ほら、ダグ。こっち来て座って」

「あ、ああ」

「彼は?」

「ダグ、っていうの。俺の新しいご主人様だよっ♪」

「へえ」

 じーっと頭の先から足の先まで眺められて少し気まずそうにダグラスはライラを見つめる。

「大丈夫だよ、とって食うわけじゃないんだから」

 にゃははっとライラが笑った。

「ねぇ、いつものやつとダグに合うサイズの服を数着欲しいんだけど」

現金キャッシュか?」

「もちろ~ん♪」

「金払いがいいから、好きだよ。お前は」

「お褒めに預かり光栄です」

 そのまま店主は奥に下がって、大きなトランクと小さな箱を手渡す。

「これでいいか」

 手で金額を表示されて、ライラはちょっと首をかしげる。

「こんぐらいにおまけして」

 もっと少ない桁を指で示す。

「しょうがない。現金だしな」

「やたっ☆ ありがとっ♪」

 にこにこしながら、ライラは小さな箱の方をダグラスに手渡そうとした。

「これ、結構重いから気をつけて」

「あ、うん」

 箱の小ささから想像していたよりも、遥かに重い質量に一瞬箱を取り落としそうになった。

「なっなんだ、これ」

「俺の仕事道具。落とさないでね。こっちは俺が持ってくから」

 んしょっと、大きなトランクを抱えて、ライラはそれを自分の脇に下ろす。

「そういえば、ライラ」

 店主が受け取った海賊紙幣を数えながらライラに声をかける。

「何? なんかいい仕事でも入った?」

「いや。いい知らせ、とは言いがたいな」

「何それ」

「『壊し屋クラッシャー』がこの都市に戻ってきた、とさ」

 二つ名を口にされてライラは少し眉をひそめた。ある程度有名な賞金稼ぎバウンティハンターは二つ名もしくは通り名とも呼ばれる名で呼ばれることが多い。

「何、ずいぶん早かったじゃん。あいつが受けた仕事、後1ヶ月くらいかかるんじゃなかったの?」

「お前に会いたかったんだろ」

「じょぉっだんじゃないよ」

 二人の会話を聞いていても、話が全然わからないダグラスは黙り込んでいる。

 ふと、その存在に気付いたようでライラがダグラスの顔を覗きこむ。

「ごめん、話全然わからないよね」

「ああ、気にせんで」

「『壊し屋クラッシャー』って賞金稼ぎがいるの。そいつ、ちょっと10日くらい、あたしの仮の主人マスターだったんだよね。どうしても主人登録されてない人形じゃあ受けられない依頼があってさ」

「そう、なのか」

「でもダメ。扱いぞんざい過ぎなんだもん。『壊し屋』って二つ名は伊達じゃないよね」

「『壊し屋』……ねぇ」

 ふぅんと頷いて見せる。

「『壊し屋クラッシャー』ハリスン・クーガンを知らんかね」

 店主にそう言われて、ダグラスは少しだけ、本当に微妙に顔色を変える。人形ならばわかる程度の機微で。

「クーガン?」

「そう。第5都市チェシャの創造主マイスターマスターにして賞金稼ぎバウンティハンター。でも捕獲するより壊すことが多いから、付いた二つ名が『壊し屋クラッシャー』」

 なんだか人柄さえうかがえるようでダグラスはライラの説明に言葉ではなく苦笑いで答えた。ライラもそれ以上何かを詮索するのはやめたのか深くは聞いてこない。

「ま、いいや。じゃ、戻ろうか」

「ああ、うん」

「貴重な情報ありがとうね♪」

「また来いよ」

 店主に見送られて、大きな荷物を引きずるライラと小さな箱をとてもとても重そうに運ぶダグラスは仲良く連れ立って帰路についた。






「あぁ、そうだ」

 夕食の支度をしながら、ふと、思いついたようにライラが声を出す。

「どうした?」

 先ほどのトランクケースの中身をぶちまけながらダグラスが問う。

「ダグは、あたしに、何を望む?」

「は?」

「ほら、一応ご主人様と奴隷なわけよ。あたしたちって」

 ひらひらとジャガイモの皮むき器を振りながら、ライラが言葉を続ける。

「だから、ダグラスはあたしに何してほしいのかなぁ、って」

「……特に無いが」

「そう? 何だったら夜のお世話から何から全部するけど?」

「よっ、って、おまっ人形だろっ!」

「人形でも出来ないことはないよ?」

 ん~とちょっと考えるような仕草をして、そのまま、またジャガイモの皮を剥き始める。

「ま、ダグラスがイヤならしょうがないけど。警護が優先、かなぁ。やっぱ」

 ぶつぶつと言いながら、作業に没頭する。

「ダグラスは何かしたいこととかないの?」

「あぁ、今は」

「うん」

「我輩に出来ることは何か、それを、探してるんですがね」

「そっかぁ」

 ぴた、と作業を中断する。

 どうしたのかとダグラスが見つめる。

「見つかるといいね、それ」

 にこ、と笑った。

 それが、どうしてもパターンには見えなくて。

 人形なんて人工脳内に組みこまれたプログラムで動くものなのだと分かっている筈なのに。

 どうして、こんなにも心が揺り動かされるのか。

「どうかした?」

 その笑顔に見惚れる形になってしまったダグラスを、不思議そうにライラが見つめる。

「いや、何でもない」






 奇妙な共同生活は、まだ、始まったばかりだった。





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