第9話 ママをしからないで

 ゆううつなきぶんの、ゆうぞらでした。

 

 きょうもコロンは、ロンロンといっしょに、たびをしています。


 ちょっと、あめがふらないか、しんぱいです。


 あんのじょう、じゅうたくがいにさしかかったころ、こさめになりました。


 そのいえは、すみっこのほうにある、まずしいいえでしたから、おそうしきもほそぼそと、おこなっておりました。


「おかあさん……」

「キッくん、ちょっと……」


 おかあさんとよばれたおんなのひとは、せいねんをキッくんとよびました。


 キッくんは、つかれたおかあさんのかわりに、うけつけにつきました。


「このたびはどうも……」


 ことばじりをにごす、ちょうもんきゃくに、れいをして、そっとおこうでんをうけとります。


 そのあいまに、すっかりひえこんだ、おざしきにあがった、おかあさんを、キッくんがみつめました。


 しんだおばさんとおかあさんは、たったふたりのしまいでした。


 それが、おばさんはこのはるから、よくせきをしていて、さむくなってきたとおもったら、あっというまにはいえんで、なくなってしまったのです。


「キッくん……おかあさん、ねえさんのこと、ほんとうにショックよ。あんなにげんきで、ひがなわらってくらしていたねえさんが……こんなことになって」


 キッくんはいいました。


「だれだって、さいごはしんじゃうものだろ」

「そうね。キッくんはかしこい。ねえさんの、いったとおり……」


「それって、どういういみ?」


 おかあさんは、ちょうもんきゃくにおじぎをして、あいさつをしました。


 きんじょのおんせんで、ほかほかのゆげをあげた、おにいちゃんがかえってきました。


「キッくん、おかあさんも、いってくるから、おにいちゃんとここをたのむわね」

「ええっ、おかあさんまで」


 キッくんは、おおあわて。


 いそいで、そうしきのマナーのほんを、トイレでよみます。


 そのあいだも、ちょうもんきゃくはきます。


 キッくんは、ほんをてあらいばにおいて、またうけつけにつきました。


 そのとき、ちゃいろのろうけん、ロンロンがきゅーんとはなをならして、ちかづいてきました。


 なんだろう?


 キッくんはおもって、たちあがりました。


 くびのところに、しろいふわふわのものをつけたいぬです。


「ああ、こっちへきたらだめだ」

『なみだのにおいが、するでしゅ』

「へ?」


 ピンクのほっぺたをして、ちいさいおんなのこが、ロンロンのせなかからいいます。


『コロンは愛のようせい。はくりゅうのさとからきましゅた! たくさんの愛があつまるこのばしょで、おねんねさせてほしいでしゅ』

「え? え?」


 キッくんはわけがわかりません。


 コロンをのせた、そのいぬは、のそのそとかってにげんかんをあがって、リビングにはいっていきます。


「ああっ、ちょっと!」


 あわてたキッくんは、ぞうきんをもって、いいました。


「こらー、どそくではいったら、いけないんだぞ」

『ロンロン、どそくはいけまちぇん』

「というよりか、いぬはいえのなかにはいったら、いけないんだぞ。おばさんにいうぞ」


 そういって、キッくんはおばさんのいえいをみつめます。


「おばさん、いいかたがキツイひとだったけど、よくボクたちのきょうだいゲンカのあとで、アメをくれたっけな」


 そんなひとりごとをいいます。


 コロンはひとやすみして、ねむってしまいました。



 そのよる……。


「そうだ、おてあらいにほんを、おきっぱなしだった」


 キッくんは、つめたいろうかをわたって、ほんをとりにいきました。


 すると、トイレのなかから、だれかがすすりなくようなおとがします。


「おかあさん?」

「あっちへいって!」


 まるでたたきつけるようなひとことに、キッくんはおどろきました。


『おかあさんは、おばさんのことどうおもっていたんだろう……』


 そのあとはなんにもかんがえずに、ふゆもののコートをはおって、リビングのソファでねました。


 キッくんは、おばさんのことが、ほんとうはよくわからなかったのです。


『ちいさいころ、たまにいえにきて、おかあさんにもんくをいっていた』


 ちいさかったキッくんは、そのたびになみだをかくさない、おかあさんにこんわくしたのを、おぼえているだけでした。


「キッくん、ねた?」

「おきてるよ」


 あたまのうえから、かたりかけるおかあさんに、キッくんはなにごとかとおきあがります。


「キッくん、ねえさんね」

「なんにも、いわなくてもいいよ」


 なんとなく、いいよかんがしなくて、キッくんはくちをはさみました。


「おばさんはしんじゃったんだろ。もう、いいじゃないか」


 そういいました。


 キッくんはてっきり、おばさんをせめるのじゃないかと、おもいこんでしまったのです。


「ちがうの」

「なにがちがうの? おばさんは、おかあさんをこまらせる、わるいひとだった……そうでしょう」

「ううん、いまさらね」


 おかあさんは、そういってなみだをふくと、キッくんのよこのソファで、からだをよこたえました。


 キッくんはそのそばに、いっさつのにっきちょうを、みつけました。


「おばさんのか……」


 おばさんは、ついさいきんまで、かいていたようです。


『もっと、ミイちゃんがしっかりしてくれますように』

『いいこたちにそだってる。きっとキイチくんなんかはミイちゃんににたんだ』

『ミイちゃんが、もっとつよくなってくれますように』


 キッくんは、おかあさんにもんくをいっていた、おばさんをおもいだしました。


『こどもがけがをするなんて、おやのせきにんよ。もっとしっかりしなさい』

『ああ、あたまがいたい。そういうところ、キイチくんはあんたにそっくり』

『ないてるばあいじゃないのよ、あんたがそんなでこどもはどうするの』


 そういって、なおさらおかあさんをなかせました。


「ああ、そうだ。そうだった」


 キッくんは、ようやくおもいだしました。


 じぶんが、おばさんを、あまりよくおもっていなかったこと。


 そして、おさないころのじぶんが、ないたおかあさんをみて、おばさんをなじったこと。


「ひどいよ、ボクがけがをしたのはボクのせいなのに、ママをしかるなんて!」


 そういって、キッくんもないたのです。


 すると、おばさんはおどろいて、おろおろして、れいぞうこからブドウをだしてきていいました。


「キイチくんのだいすきなもの、おばさん、かってきたよ。もう、ママをしからないからね。ごめんね」


 おばさんは、たかいところからおちて、うでのほねをおってしまったキイチくんのために、おみまいをもってきてくれたのです。


 おもえば、おばさんは、やさしいひとだったのでした。


 そして、にっきちょうのさいごには、こうかいてありました。


『わたしがしんでも、ミイちゃんがなきませんように。つよく、いきてくれますように』


「おばさんはばかだなあ。こんなことがかいてあるのをみつかったら、おかあさんはなおさら、ないてしまうにきまってる」


 キッくんは、さいごのそのページをやぶって、むねポケットにしまいました。


 しゅっかんのひ、にっきちょうはそのまま、ひつぎにいれられて、かそうされました。


「おばさんはばかだったよ。でも、そこがいいところだった」


 おかあさんのかたをたたく、キッくんをみあげて、すみっこにいたコロンは、すこしホッとしました。


 おばさんのしは、なにものもきずつけず、かんぺきな愛をとげたのでした。


『こんかいも、なんにもできませんでちた』

「いいんだ、コロン。こういうときは、だまってれば」

『あい……』


 ふたりのたびのそらは、つづきます。

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