第5話 すれちがう愛
そのひは、うらうらとしたようきで、あんなひげきがおこるだなんて、だれもしりませんでした。
「あれ? なんだあ?」
ロンロンが、コロンをせにのせ、ふるぼけたたてものに、ちかづいたときです。
なんだか、おとなのおとこのひとが、へいのむこうでイライラしていました。
ろうけんとはいえ、ロンロンには、はなでわかってしまいます。
「オヤジが、にゅういんしているあいだ、まったくエサをたべないきか?」
ふたりが、もんからのぞくと、くろいいぬが、いぬごやから、まえあしをだして、よこをむいていました。
そのまえには、せともののおさらに、ドッグフードがもられています。
「くわないなら、かってにしろ!」
おとこのひとは、いぬごやをけとばして、さっていきました。
かなしいよかんがしました。
ロンロンは、ろうけんにちかづいて、いいました。
「ごはんをたべなくては、いのちがもたんぞい」
「……」
すでに、げんきをなくしているろうけんは、こやのなかで、シッポをまるめて、かおをうずめています。
『ロンロン、どうにかしてあげたいでしゅ』
そのとき、おとがして、たてもののなかから、としよったしらがのおとこのひとがでてきました。
おとこのひとは、ろうけんに、てをさしのべると、そっとあたまをなでてやっています。
かたてには、ミルクのはいった、どんぶりをもっていますが、ろうけんはみむきもしません。
「このアパートのオーナーにしか、こころをゆるしてないんだなあ」
やがて、よるがきて、またあさがきました。
ロンロンが、ろうけんのようすを、みにいくと、こやのまわりには、おさらがいっぱい。
いずれも、こうきゅうそうな、ドッグフードがのっていました。
「こんなに、おもってくれるひとがいるのに、みむきもしないのか」
そのとき、アパートのもんのまえに、りっぱなくるまがとまりました。
なかからは、きのうのおとこのひとが、でてきます。
かれは、アパートのじゅうみんに、いいわたしました。
「このアパートは、ちかぢかうちこわします。オヤジがしんだら、かんりするものもいなくなりますしね」
いきなりのことに、じゅうみんはていこうをしめしましたが、ききいれられませんでした。
「つぎにくるときは、オヤジがしんだときだ」
おとこのひとは、いまいましそうに、ろうけんをみおろし、またこやをけって、さりました。
「コロン、ワシはおなじいぬとして、きのどくでならんよ」
『愛はどこにあるでしゅか?』
愛のようせいコロンは、愛のありかをさがしています。
かのじょは、みじゅくなままうまれたので、つよくふかい愛をいっぱい、ひつようとしているのです。
「まずは、かいぬしのところへ、いってみよう」
『あい!』
そうして、ロンロンのついせきで、たどりついたのは、せのたかい、いっけんやでした。
「ここだ! くるまがあるぞい」
コロンはロンロンのせにのって、にわさきにまわりました。
ガラスサッシのむこうに、おじいさんが、ベッドによこたわっているのが、みえました。
おじいさんはめをつむって、ねむっているようでした。
どうやら、さいごのひびをすごすため、びょういんからかえってきたようです。
「わんわん! おじいさん、たいせつなあいぼうが、しにそうだよ」
ロンロンのひっしのこえに、おじいさんはめをあけました。
「ジロー……」
おじいさんはそうして、すこし、ねがえりをうって、そとをみて、ロンロンにきがつきました。
「ジローではないのだな。あいつはどうしているだろうか」
『おじいさんのくれるごはんでないと、たべないって、きめてるみたいでしゅ』
おじいさんは、コロンのこえにおどろきました。
「おむかえかな?」
『おむかえではないのでしゅ。コロンは愛のようせい。はくりゅうのさとからきましゅた! おじいさんにジローへの愛があるなら、ねがいをかなえてあげるでしゅ』
「……」
おじいさんは、はらはらと、なみだをながして、こういいました。
「むすこのタローが、おとうとがほしいといっておったので、ジローとなづけたのだが、あれはいまも、わたしのかえりをまっているのだろうか?」
『きっとそうでしゅ』
「ならば、もう、またなくていい。そうつたえてほしい。わたしはもう、あそこへはもどれんから」
コロンは、こころがひきちぎれそうに、いたみましたが、でんごんをもって、ジローのところへいきました。
『ジロー、おじいさんが、しんぱいしてたでしゅ』
「ごはんをたべないと、もうおじいさんにあえなくなるぞ」
ロンロンがいいました。
けれど、ジローはみずのいってきものまず、すいじゃくしていくいっぽうです。
「わたしは、ほけんじょから、ゆずりうけられた。だいじなしゅじんを、なくすことにはなれている」
やっと、くちをひらいたジローのことばは、さびしさをおしこめた、くるしさにみちていました。
「そんなことに、なれなくていいんだ」
ロンロンがいいますが、ジローにはつうじません。
「どうせ、じいさん、もどってこないんだろ?」
ぜつぼうと、あきらめのことばが、じめんをはいます。
コロンは、はげしくどうようしました。
『それを、しっているでしゅか』
「ああ」
『おじいさんは、ジローにいきてほしいと、おもっているのに?』
「その、じいさんのきもちがうれしいから、いいんだ。もうじゅうぶん、いきた」
『だめでしゅ! あきらめちゃだめでしゅ!』
そういっているあいだに、タローがきました。
「オヤジがしんだ」
いうなり、タローはジローのくびわをつかんで、くさりからときはなつと、ものすごいちからで、むりやりにくるまにのせました。
「どうして……どうしてしぬまで、いっしょにいさせてやれなかったんだ!」
ロンロンはうなりましたが、おじいさんがしんでからでは、まにあいませんでした。
くるまのなかで、タローはいいました。
「おまえは、わたしのおとうとだ。まいにち、てんてきをうってでも、いかす。それが、オヤジのゆいごんだ」
まったくめんどうな、とタローはつけくわえて、くるまは、どうぶつようのびょういんをめざします。
コロンは、ロンロンにしがみついて、おおつぶのなみだを、ながしました。
『おじいさんがしぬまえに、ひとめあわせてあげたかったでしゅ』
「愛しあっていても、どうにもならないことは、ままあることなのだよ、コロン」
『でも……でも……』
コロンは、ひとばんじゅう、つきのひかりのしたで、なきました。
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