第9話 やってしまった、そのいち。


あれは、私が初めてゼパールと会って、しばらくしてのことだった。


ゼパールは、未知すぎる攻略対象の上に、現在まさかの教会に多額の出資をしている準男爵家の令息。

関わるとめんどくさいことになる予感しかしなかったから、話しかけられても笑顔で誤魔化して避け続けていた。




でもある日、



『ねぇ、今日は遊ぼうよ』


『……(にっこり)』


『今日は街で秋祭りがあってるんだ。それにこっそり抜け出して行かない?リベラは街にあんまり行けないでしょ。』


街、その言葉の甘い誘惑に顔に浮かべた笑顔が少し揺らぐ。



そう、私は何故か他のみんなと違って、あまり街に、というか教会の外に出られない。

出ようとしたら、シスターに『今日はお手伝いが』

とか、『貴女の体調が』だとか、何だかあやふやな理由をつけられて阻まれるのだ。


常々街への憧憬の念を抱いていた私は、ついその誘い文句に揺らいでしまったのだが、その様子に目敏く気づいたゼパールに手を引っ張られ、気がついたら街に繰り出していた。



流石商売で成り上がった家の子。他人ひとの感情の機微に敏感だわ。


とか妙なことに感心しているうちに、『その髪色は目立つから』とつばの大きめの白い帽子を頭に被せられ、ゼパールに手をひかれて街の屋台を2人で見回る。



久々の街は思ったより楽しめたのだが、どこの世界にもヤのつく方々はいるわけで。


『おおっとぉ』


明らかにいいとこの坊ちゃん、という出で立ちのゼパールに肩をぶつけて白々しく痛がる人相の悪いヤーさん不良約3名に、慰謝料をせびるべく脇道に私達は連れ込まれてしまった。



『おいおい、ぼっちゃァん。ぼくがぶつかってきたから、俺っちの腕の骨が折れちまったなぁ。』


『おい、ガキ。相棒が痛がってるじゃねぇか。慰謝料だせや、あぁん!?』


そう凄んでくるヤーさんズにゼパール少年は果敢にも私を背に隠して睨み返す。



ぶっちゃけ私は何処でもこういう人種はいるんだなぁ、ぐらいにしか思ってなくて、あんまりビビってなかったけど。

すまんね、私の心臓の毛はワサワサなのよ。


そろそろヤバいかな、と思ってたら、痺れを切らしたヤーさんが拳を振りかぶった。


『なんとかいいやがれ、糞ガキがぁっ』


ヤーさんの拳はゼパールの柔らかい頬に見事にクリーンヒットした。


拳を頬で受けながらも、ゼパールはこちらを振り向かずに叫ぶ。



『リベラ、逃げて!!』


『……あぁん!?…おっ、女のガキもいるじゃねぇか。しかもかなり上玉だぜ。』


『おい、相棒、この糞ガキボコッたら、この女のガキはいただいて行こうぜ。』


『リベラ、早く!!』


流石にヤバいと思った私は、ある決心をして、ゼパールに背中を向けて走り出した。



『あっ、ガキがっ。』


『野郎、俺は追いかける!!おめーら2人はそのガキをボコッとけ!!』


『……ぐっ!!』



そんなやり取りを背後に、私は脇道でてすぐの表通りを見回して、あるものを見つける。



『……おばちゃん、これちょっと借りていい?』


『いいけど嬢ちゃんあんた、そんなもん何に使うんだい?』


それを了承と見なした私は、直ぐにその、自分の身長を30cmは優に超える長い棒を携えて元いた脇道に駆け込む。


『待てガキが!!』


『邪魔!』


『……ぐふぅ!!!!』


私を追ってきたヤーさん1人と途中で鉢合わせるが、構えていた棒で素早く薙ぎ払い、昏倒させ、殴られているゼパールの元に急ぐ。



『……兄貴!!女のガっっ』


最後まで言わせないとばかりに男の急所を正確にひと突きし、残りの1人も有無を言わせず棒を振るい、気を失わせる。


3人とも意識を飛ばしていることを確認して、棒をくるりと回し、一息をついた私の目に飛び込んできたのは、

殴られて顔をパンパンに腫らし、目を極限まで開いて驚愕した、ゼパールの姿だった。




(あっ……やっちゃった…。)


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