疑心暗鬼

壱・人有亡鈇者、意其鄰之子、


 春ほどじゃねぇが、砂塵がよく舞う日だ。今日は特に風が強い。砂漠なるものが遥か彼方にあるらしいが、生憎とほとんど村を出ない俺は直接目にしたことがねぇが、時々町の方にやってくる行商人が言うには『地平線までずっと砂が敷き詰められているんだ。照り返す太陽が眩しくて、水が無性に飲みたくなるんだ』だとか。だが、俺の村にはすぐそばに森があって、よく薪を取りに行ってるし、何より水が枯れているなんて想像がつかん。行きたいとは思わねぇが、一度くらい村から出てみてぇもんだ。


 それはそうと、今日は薪を取りに行く日だったな。さっき川で釣っていたら空気が湿っていやがった、明日明後日は雨になっちまうだろう。そろそろ寒くなる時期だろうし、薪は欠かせねぇ。野菜の収穫が終わった農閑期に済ませておこう、むしろ作りも始めないとな。


 薪は折れた枝を拾ってもいいが、長く燃えん。適当に木を切って集めたほうが後々楽になる。だから、いつも家の前の斧と縄を持って山に入り、二束程集めて帰ってくるのだ。


 だが、


「あぁ!? 斧がねぇじゃねぇか」


 今日は斧がねぇ、斧がなくちゃぁ木が切れねぇ。別にそう貴重なもんじゃねぇが俺の所有物に変わりわねぇんだ、誰かが持ち去ったんなら一言くらい文句をつけてやる。


 そういやぁ隣の親父の息子が山に入るとかいってたな、山の木を切ってくるとか。あいつも薪集めだろうが、あの家は斧を持っていなかった気がするし、あの息子が勝手に持って行ったんじゃなかろうか。人様の物を持っていくとはいい度胸だ、帰ってきたら問い詰めてしまおうか。



 *


 人にうしなえる者ものり、の隣の子をうたがう。


 *

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