肆・ 或曰 以子之矛 陷子之楯 何如 其人弗能應也


 あとは値段。両方ともそれなりに掛かったからなぁ、安売りは出来ない。買ってくれそうなのはあの短髪の青年と彫りの深い中年の男。どちらも金は有りそうだから多少盛っても払うだろう。なに、伊達に商人をやってない、交渉術くらいは……


「なぁ、商人の兄さん」


 ん、何だ?この子供、少し大人びていて背丈以外は大人のようだ。どちらにせよ金は無さそうだから客にはなるまい、軽く相手して追っ払うか。


「どうしましたか?」


 完璧な笑顔に優しい口調。年下とご婦人にはこれが一番。人と言うものは笑顔で対応すれば邪険じゃけんにはしない。


「もし、その矛でその楯を突いたらどうなるんだ?」


 ………


 ………


 ………


 静寂。


先ほどまで

『あの矛結構良さそう』だの、

『さっきの楯むっちゃ強そう』だのと

 買う気もないのに騒いでいた観衆も言葉を発しなくなった。いっそ何処かに消えてくれたほうが嬉しい、というか見つめないでほしい。


 え、どうなるの。


【絶対に貫けない楯】を【絶対に貫ける矛】で突く。


 どちらも壊れるとか?

 でも、それでは【絶対に貫く】ことが成り立たない。


 楯の裏板で矛が止まるなら?

 いや、それでは【絶対に貫けない】ということにはならない。



 え、どうなるの?

 あの爺さんに聞いて。

 しかし、この場を凌がなくては。


「………………どうなるの?」


 質問をした子供に聞き返して、答えを求めた商人。子供が答えてくれるはずもなく、観衆たちはスタスタと離れていく。その町で楯と矛を買う客は結局おらず、道端でただ立ち尽くす商人と一人の子供が残ったという。



(誰か、買い取って……)


 *


 あるひと曰く「子の矛を以て、子の盾を陥さばいかん」と

 その人応ふることあたはざるなり

  — 『韓非子』難編(一)


 *

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