九、ザブロンとチェスワフ

 夜の集会は、母屋と納屋、そして脇に小さめのユキさんの店に囲まれた中庭で行われる。

 

 特にこの季節、何もかもを焦がしつくすような太陽が沈んでからの薄暮には、山の方から吹いてくる心地よい風にみなリラックスして楽しそうだ。


 その夜は、会話に活気があった。ユキさんが、釣りをして暮らす日本人のミズキたちが今日見つけたという、遠くの集落の話をしたからだ。

 

 この村では、最初に来た十三人がそれなりに皆話せるということで、主にイタリア語が公用語になっている。

 

 ただ、日本人グループは英語すらおぼつかないようで、可哀想に苦労している。

 彼らは俺とそう変わらない年齢だと思うのだが、ユキさんを母親のように頼っている。

 それも時には度がすぎるように思えるほどで、まるでずっと年下の子どもかと思えてしまうことがある。

 忙しいユキさんのことを考えると同情してしまう。

 ニコニコして気持ちの良い奴らだが、もう少し彼らも自立することを学ぶべきかな。

 まあ、ユキさんがいいならいいけれど……。


 集会では、ユキさんが例の集落らしきものについて話を続けていた。


「……遠くから見ただけなので、人影まで見えたわけではないようですが……それでも、煙が立ち上っている集落なら、誰かいると考えるのが自然かなと思いまして」


 しばらくの沈黙の後、最年長ゆえに冗談半分に長老とも呼ばれ、皆のまとめ役をしているカルロが言った。


「人が住んでいるとなれば、隣人同士、助け合いができるかもしれないな。何か必要な物資の調達もできるかもしれない……その前に、本当に誰かいるのか、いるならまず交流を始める前に、彼らが友好的な人たちかどうかを調べねばならないと思うが……皆はどう思う?」 


 その後活発な話し合いが始まった。基本的に皆、交流そのものには前向きだった。


 話し合ったのは、だいたいこんな内容だった。


 まず、ミズキたちが行った山の上まで三時間以上。

 そこから見えたのが遠くに霞むという集落、それならば少なくとも片道六時間は見ておいたほうがいいだろう。

 しかもその日のうちには帰ってこられない可能性が高い。

 夜遅くに山の中を歩くのは危険だから、それなら目立たないところで仮眠をとり、翌日戻ってきたほうが賢いだろう。

 そしてその集落に誰かがいたとしても、とりあえず彼らと接触はせず、今回はただ様子を探った方がいい。

 それなら複数の言葉を解するものが行ったほうがいいだろう……。


 そこまで話が決まった後、誰が行くかという話になり、結局そこでなんと、俺、チェスワフとザブロンが選ばれた。


 ザブロンは第二陣でこの村に来た二人のうちの一人だ。もう一人は、ハミシ。


 ザブロンとハミシは、ブルンジ人だ。


 俺も知っている、あの以前のブルンジの内戦からはかなり改善したものの、まだまだ治安が完全に良いとは言えないという。

 ここに来る直前にザブロンは腕を撃たれて大怪我をしていた。

 ハミシは殴られて気を失っただけで済んだが、武装した泥棒にあったそうだ。


 彼らの住んでいた村では、たいていの者が旅行者向けの土産物を作って生計を立てていたそうで、ある日空港の土産物屋に村の皆の彫刻などの商品を届けた帰り、その代金を狙って襲われたと言う。


「まあ、それでもこうして生きてるよ」


 二人のブルンジ人は、そう言いながら心底おかしそうに笑う。

 しんみりとではなく、朗らかに。


 というわけで、ザブロンは今は怪我のせいで日々の力仕事はあまりできない。

 しかし過去の経験を感じさせずに持ち前の明るさで皆を笑顔にしてくれる。俺は彼らへの尊敬の念を禁じえない。


 俺が選ばれたのは、ザブロンと同じでやはり複数の言語がわかることのほかに、たぶんいつも空き時間にカルロ長老の手伝いをしたりしているので、自分で言うのも変だが皆に信頼されているのだと思う。

 それと、カルロ長老が言うには目が早いそうだ。

 いろいろなことを偵察してくるにはもってこい、ということなのだろう——。


 結構、これは責任重大だぞ。

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