八、ドミニクは嗤う
「ルカ! ルカ」
ドミニクは、彼女の一番信頼の置ける従僕を呼んだ。
「ここにおります」
ルカは、ドミニクと同じ日にここに来た、もっさりした中肉中背の男だ。
彼はしばらく意識不明だったが、数週間後に目が覚めた時は、ドミニクはすっかりシナリオができていた。
可能な限りの情報を収集し、全てを計画し、彼を、この状況を利用する準備を整えていた……。
「どうやら、
「はい、二人。英語を話す若い男女で、どうやら夫婦のようです。これで村の住民は百人を超えましたが……どうされますか」
ルカは髭をなでつけながら、ドミニクを信じ切った様子でニコニコと尋ねた。
「夫婦者と言うのなら、独立した住居を考えてあげなければね」
ドミニクは微かな笑顔で威厳を持って言いながら、一種の理解を示して見せた。
愚鈍で素直なルカは、これでドミニクの人間性にまた感嘆することだろう。
この男は操りやすい。
最初にこのルカが意識不明から覚めた時、ドミニクはすぐに彼女の計画を実行に移した。
マルコ老人と妻・ジュリアのおかげでルカより先にすっかり回復していた彼女は、イタリア人であるルカが訛りの強すぎる二人のフランス語を解さないのを利用した。
ドミニク自身は、母国語のフランス語、学校で学んだイタリア語と英語は問題がなかったため、事はうまく運んだ。
まずルカには、彼女が隣の屋敷の女主人であるが、病気にかかったため隣家の彼らの元へ一時的に来ていると吹き込んだ。
そして、ドミニク自身が自分の病気を押してルカを介抱した、と滅茶苦茶な理由をつけて恩を売り、ルカが完治した折には執事に取り立てると甘い言葉をかけた。
一方老夫婦に対しては、ドミニクが貴族であり、ルカがもともと彼女の召使であったと信じ込ませた。
どういう理由でここに来たかなど、曖昧に答えておいた。
もちろんドミニク自身にもわからないからだが、老夫婦の方はドミニクが何か事情があって言いたくないのだろうと、それ以上追求することもなかった。
そして彼女は常に『貴族らしく』精一杯気取った態度をとり、老夫婦にしてみればたぶん一緒に過ごすのが苦痛になるに違いないほど、巧妙かつ念入りに高慢ちきな様子をし続けた。
日を追うごとに、老夫婦のからは笑顔が減っていき……
ある日、ドミニクが計画通り、住む者のいない隣の屋敷にドミニクとルカのみ住み替える、とほとんど決まったことのような口調で提案をしてみると、彼らはおずおずと、しかし安堵したように賛成したのだった。
そして。
今ドミニクは、人口百人ほどの村の有力者の座に収まっており、皆、彼女を恐れている。
彼女の計画通りだ。
住人は、マルコ老人夫妻以外は皆、ドミニクと同じように、突然ここに『来た』者ばかりだ。
彼女は新参者には住居を与える代わりに、彼女の土地の小作人として働かせる。
もちろん、死ぬほどこき使ったりはしない。
ただドミニクは領主として、彼らに住居を与え、仕事を与え、収穫を納めさせる。
そして、『ドミニクが元の場所に戻る方法を知っているらしい』という噂が、まことしやかに囁かれている。
もちろん、これはドミニク本人が計画的に流した噂だ。
いつか元いたところに帰りたい、それまで生き続けなければ……。
人々はあまり表立って話はしないが、大抵はそう考えている。
その為、自然と人々は戻る方法を知っているという噂のドミニクの機嫌を取ろうとするようになるのだ。
それがドミニクの狙いだ。
それでも、収穫を納めるのが負担だ、住居の環境が気に入らない、ドミニクの機嫌を損ねて、もう戻れなくなったとしても構わない……などと不平を持つ者達もいた。いたが——もう、いない。ある日突然、いなくなる。
もちろん、彼女は悪事の証拠をひとつも残さない。
しかし、ドミニクに不満を持つものは安心して生きられない、という噂が、どこからともなく湧いてくる。
これはドミニクが流したものではないが、ドミニクが根拠なく恐れられている理由なのだ。
領主・ドミニク様に逆らってはいけない、と。
ドミニクがこの館の持ち主ではないという事実を知るマルコ老人夫妻には、何やかやと理由をつけて、他の者との接触を絶たせている。
——彼らの取り扱いは慎重にせねばならない。彼らはまだまだ利用できるから、今のところ元気でいてもらわねばならない。
そう、ドミニクは考えている。元気でいてもらわなければ。
とりあえず。
ドミニクはルカに、思慮深そうに言った。
「ルカ、南側の農地に、空家がたくさんあったでしょう。その夫婦を住まわせるなら、あの辺りがいいと思うわ。まだ住人は少ないけれど、若い夫婦というなら発展に貢献してくれるでしょうからね」
「はい」
「私から言いたいこともあるから、あなたは今日はその二人を連れていらっしゃい。そのあとで、彼らを農地に連れて行って、住居や仕事についてよく教えてあげるのよ」
「仰せの通りに」
ルカを下がらせた後、ドミニクは周りを見渡した。
手入れの行き届いた居間。
棚にぎっしりと詰まった本。
装飾的なドレスに宝石。
豪勢な館。
そして、この一帯の権力者の座。
もうそれが全て、自分のものなのだ。
「なかなか、楽しくなってきたじゃないの」
ドミニクはワインを注いだグラスを片手に、ほくそ笑んだ。
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