六、イッチは気楽に考えた

「アリーチェちゃん、可愛いよなぁ〜〜 」


 今日ユキさんの店に食料を買いに行った後、ついてきたユウジがにやけてため息をついた。


「てめえ、よだれ出てんぞ。あの子まだ十三歳だぜ。変な気起こすなよ」


「わかってるって。あの子がメンバーの中で一番若いんだよね。妹みたいなもんだよ」


「ま、お前の妹にしては美人すぎるけどな」


 俺たち五人は、ここに来てからすぐは確かに、パニックにはなった。

 なったけれど、ユキさんという頼れる人がいたし、何より昔から知っている友人と一緒だということもあって割とすぐに順応していくことができたと思う。


 全く、知り合いもなく一人だったらどうなったことだろう。


 ここに来て、はじめの混乱が過ぎてからは、まずユキさんが俺たちの世話を焼いてくれた。

 衣類を乾かしたり暖かい飲み物をくれたり、ここの小さな集落の説明などもしてくれた。

 そんな彼女の勧めもあり、俺たちは魚釣り主体で生きていくことに決めた。

 もちろん俺とユウジはあまり役に立たないのだが、三人が釣りに行っている間、こうやって魚を持ってきたり情報収集したり、時々畑仕事などの他の人の手伝いもしている。


 ユキさんの他に仲良くなったのは、第二陣でここに来たという二人のアフリカ人、ザブロンとハミシだ。

 彼らは大雑把だけれど底抜けに明るくて、とかくピリピリしがちな俺たち日本人を身振り手振りでよく笑わせてくれる。


 皆の住んでいる田舎家は大きかったけれど、俺たちが来て二十人となり、さすがに手狭になってきたということで、納屋の修理が始まった。

 林から木を切ってきて補強し、ドアらしきものをなんとか作ってつけ、寝起きができるまでになった。


 ユキさんとアリーチェの出している店は、母屋と納屋に挟まれた小さな建物で、裏には小川に沿って野菜の畑がある。

 基本的に朝食と夕食は皆一緒に取り、昼ごはんは弁当を持っていくのだが、その弁当はユキさんのところで、魚や採取してきた木の実等と交換してくれる。

 そしてユキさんのところに集まった食材を使い、母屋の調理場で女性たちが調理をするのだ。


 その日の夕食の時、カオリとミサトが俺にこっそり言った。


「ねえイッチ。今日、ミズキと釣りに行ったんだけど……見つけちゃったんだよね」


「え? 見つけた? ……っていうか、イッチって呼ぶのやめろよ」


「だって、みんなそう呼んでるじゃない」


 カオリが意味ありげに笑う。いつもカオリは俺をからかってくる。


「それは、みんなが俺の啓一というかっこいい名前を聞き間違えてだな……」


「カッコいい? そうかなぁ〜。まああんたにはイッチがお似合いだよ、だってさあ……」


 ミサトがため息をついた。


「ねえ二人とも。イッチの呼び名はいいから、とにかく見つけたものの話をしようよ。結構大事な話だと思うから」


 ミサトの話はこうだった。


 今日、三人はもっと魚がいそうな新しい川や池を探すため、近くの山に登ったという。


 めぼしい水場もなく、とうとう三時間以上かかって山の頂上までついてしまった。

 途中からはほとんど登山を楽しむ遠足気分だったらしいが、山頂で景色を眺めているうち、三人は遠くに霞む小さな集落のようなものを見つけたのだ。


 ちょうど正午頃。料理でもしているのか、いくつもの煙の筋がたなびいているのも見えたという。


「ねぇイッチ、ユキさんから何か聞いてない? 私たち以外に、近くに住民がいるとか」


 いつものふざけた調子とは打って変わったカオリの真剣な表情に、俺も真面目になった。


「いや、聞いてない。知らないんじゃないかな」


 ミサトも続ける。


「ユキさんが知らないなら、もしかすると誰も知らないかもしれないわね。下手すると彼女が一番、いろんな人と話す機会がありそうじゃない?」


「そうだよなあ。店には皆いくわけだからね」


「今夜、集会で皆に聞いてみるとか? ミサト、イッチ、どう思う?」


「そうだな。その前にユウジには教えといたほうがいいかもな。あいつ、自分だけ知らなかったって拗ねるかもしれないから」


「私もそれがいいと思う。……ユウジには、ミサトから言っておいて?」


 カオリがミサトに意味ありげに笑ってみせると、ミサトはうっすら頰を赤らめた。


「……もう、カオリったら!」


 あ、そうか。ミサトはユウジの事……。

 へえ、そうなんだ。

 ……でも、ユウジはどうなんだろう?


 ま、人の事だから首を突っ込まないでおこう。そもそも、それどころじゃない。


「じゃ、決まりね。どうする? 一番いいのは、イッチからユキさんに話して、集会でユキさんに説明してもらう方法だよね」


「確かにな。俺たちが言うのが本当なんだろうけど……あ〜あ、俺たち大学受験控えてるはずなのに、全く関係ないイタリア語に励んでるのがなあ」


「たぶん英語でも、わかってもらえるかもよ。あんた英語は得意でしょ」


 またもカオリはからかう気満々だ。

 英語が得意なんて、誰が言った。


「まったくもう……でも、本当にそれができてれば苦労しないんだがなあ」


 大学受験か。

 ここに来てから一ヶ月も経っちゃったけど、これからどうなるんだろう。

 受験のため今まで必死で覚えたことも忘れつつあるなあ。


 いつか帰れるんだろうか。それともこのままなんだろうか。

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