五、イッチと愉快な仲間たち

 俺たちがここに来てから、早や一ヶ月が経とうとしている。


 ここがどこなのかはわからないが、見た感じは欧米の田舎のようだ。

 家の作りが日本的ではないし、レンガなども多々使われている。

 それにここに来た時、すでに他に十五人もいたが、二人の黒人と、中年の日本人女性が一人いるけれど、ほぼ皆欧米人らしい。多分。


 ここでは皆、主にイタリア語で話している。


 イタリア語なんてさっぱりだけれど、幸い例の日本人女性が訳してくれるおかげで、彼らの中に溶け込むことができた。

 それに、知っているイタリア語の単語——ピザ、とかスパゲッティ、パンナコッタ、などと駆使して彼らに話しかけると喜んでくれて、こちらも楽しい。

 例えば平たいパンを見せながら、ピザ、ピザとおどけてみせるだけなのだが。



 もともと自分は出不精で、大学受験を控えていながら家でゲーム三昧だった。


 ある休日、中学時代からの友人たちに誘われ、出かけることにしたのがそもそもの始まりだった。


 友人グループの五人中三人までが釣りにはまっていて——そのうちの二人は女の子だ。カオリとミサトは女の子にしては珍しく、純粋に釣りが好きなのだ——夜釣りに行こうという話になった。

 釣りそのものにはあまり興味もなかったが、引きこもってばかりの俺を心配したらしい親の勧めもあって、一泊で海に行くことにした。


「海に落ちないように気をつけるのよ。夜は寒くなるから、暖かい衣類も持って行って。それから……」


 母の言葉に、


「もう、子供じゃないんだから。大丈夫だよ」


 と返したが、ここに来てから気づくと、リュックの中に防寒着や携帯食、水筒など、いろいろ入っていた。

 結局、そのありがたみを今身にしみて感じている。


 とにかく、俺たちは電車で海に行った。

 その日は風が強くて、釣りをするには不向きじゃないかなと思ったが、とりあえず釣りマニアの三人はいそいそと竿を準備して早速釣りを始める。

 しかし思った通り、夜は更けてもあまり釣果はなく、結局皆で堤防に座り込んで、浮きを見ながらビールを飲んでいた。


「こんなところ見つかったら、停学処分なんじゃないか。受験前だっていうのに」


 釣りにはあまり興味のない、もう一人の友人・ユウジが言う。

 どちらかといえば軽薄で、女子にはもてているのだが、そんな彼が真面目そうにそんな心配をするのがなんだか意外だった。


「だからビール持ってくのなんてやめとけって言ったのに〜」


 カオリも不安そうな顔で言う。


「大丈夫大丈夫。人が来たら海に捨てればいいよ」


 釣りに飽きてきたミズキは、空になったビールの缶を振ってみせてから、真っ暗な海面に放り投げた。缶はテトラポッドの上に落ちた。


「ちょっと、やめなさいよ」


「おいおいミズキ! お前〜〜釣り人の風上にも置けねえな! 海を汚すなよ〜〜」


 他の四人の批判に苦笑し、ミズキが缶を回収しに行こうとした時、俺は気がついて叫んだ。


「お、おい、見ろよあれ!」


 港の入り口から、赤い回転灯をつけたパトカーが、音もなく入ってきた。


「やばい、おい! ビールだよ、ビール! 隠せ!」


「隠れなきゃ!」


「身を伏せて!」


 全員であたふたしているうち、カオリとミサトが足を滑らせて、テトラポッドのない方の海面に落ちた。

 

 すぐにユウジとミズキが助けようと飛び込み……俺はというと、単に足を滑らせて、背負ったままの重いリュックごと海に派手に落っこちた。


 落ち着け、大丈夫、そんなに深くはないはずだ。泳ぎは得意だ……


 自分にそう言い聞かせながらもがいたが、一向に海面に浮かび上がることができず……気がつくと、五人揃ってずぶ濡れで『ここ』にいたのだった。

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