第11話 礼子と野々宮は丹後へ1
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二人はホールを出て初秋の丹波路を野々宮の車で北へ走らせた。
「野々宮さんところの会社って会員を集めるのがそれほど大変なんですか」
「当社にすれば貴重な資金源でそれを元にして会社経営が成り立っていますから」
「なるほど互助会はメーンバンクみたいなものね」
「そうかなあ、それはそうと急な話ですね曾祖父の遺骨を取りに行くなんて」
「そうねぇ、夕べあれからねぇ、おじいちゃんがあれほど家に帰りたがっていたからご先祖様もあの荒れた墓から早く移りたがってるなんて言うもんですから。じゃ実際誰が行くの? 今日云うて明日なんて無理よってさんざん揉めたのよ、やっと納得してみんな寝たのに」
「そうでしたかお通夜なら日付が変わるまでワイワイやる親族もいるのに一寸早く引き上げてしまったけれどそう云う話だったのですか」
「なぜまた今朝になって話を持ち出したと思います」
「さあ、でも余程気にしてるんですね」
「そうよ、きのうはおじいちゃんが『なんでわしの言いつけを守らん』って棺の中で睨んでるって、お父さん気が小さいからそのお父さんがお山の火葬場でね、あたしにそっと言ったのよ『やはり今日おじいちゃんの骨を取りに行ってもらう』って云うから誰に、誰も行きゃしないわよっていったら『野々宮さんに頼む、あの人しかいないその見返りに大口の会員を用意すれば行ってくれるだろう』ってそれだけじゃないけれど、あなた気に入ったみたいよ、似てるところが」
「どう似てるのだろう?」
「さあ分からない」と彼女はとぼけている。
「お父さん最初はあたしを指差すからあたしは車の運転できないっていったら『分かってる道案内だ』ってお陰でお昼喰いっぱぐれちゃった」そういいながら「ゴメンネ」って云って宴席の料理を出して食べ始めた。
「お母さんが包んでくれたの、あらサンドイッチもあるわ、これなら野々宮さん運転しながらでも食べられるでしょう」
「いや、いいよ。火葬場で食べた」
「骨を?」
怪訝な顔付きで彼女は云ったが目は笑ってる。面白い子だと思いながら「軽食の店があったでしょう。一般は無理だが我々には出前をしてくれる」と野々宮はわざと不機嫌な顔をした。彼女は噴出しそうになって慌ててペットボトルのお茶をかけ込んだ。
「ごめんなさい、真面目に答えるから余りにも可笑しくって」
釣られて野々宮も頬を緩めてしまった。
「でも世の中には色んなお仕事があるのね」
「そりゃ人の営みが様々だからそれに応じて様々な仕事が出来てしまうよ」
「そうね、そう考えればなーんてことはないわね」
口調は軽いが全体としての品位は決して落とさない。言い換えれば口元と瞳だけは爽やかに澄んだ笑みを湛えている。それでいて口元を隠すことなく食事を取っている。空いてる左手は襟元と袂にしか動かない。洋服が主体の生活でこれほど喪服の着物がしっくり馴染んでいるなんて。厳しい躾をすり抜けて自由奔放に振る舞った結果、ここに落ち着いたとすれば誰の影響なんだろう・・・。
「どうしたの急にお喋りを止めて」
「あなたを見てるとおじいさんはどうい云う人なんだろうて、若い時の苦労は少しお聞きしましたけれど」
「急に改まったものの言い方なのね」
食事の終わった彼女は入れ物を綺麗に畳んで仕舞った。
「その伸びきった指の仕草は歌舞伎役者みたいですね」
「あらそう」
彼女は冷たくあしらった。
「ずっと傍にいられる永倉さんが羨ましいですね」
「野々宮さん、あなた誰の事が訊きたいんです。それに彼はずっと傍にはいませんよ。第一あの人は彼氏じゃありませんから友達のひとりにすぎません」
「じゃ一番親しい友人なんですね」
「どっちの話が訊きたいんです」
「ふたりとも」
「もうー。欲張りな人ねー」
「あきませんか?」
「いいわ、あなたなら許します」
亡くなった祖父は掴みどころが無いけど主義主張は一貫している。矛盾、そう矛盾だらけその時はね。でもあとから振り返ると頷けるものが節々に潜んでいた。奥が深い、そうあなたの仰るとおりだから、生前の記録は終わらなければ判らない。じゃあ今なら分かるって、経過が必要でしょう。前にも云ったように振り返らないと。だから判っているのは三男坊で田畑が継げないから樺太に渡った。そこで終戦を迎え樺太脱出に成功して、漂着した北海道で佐伯さんのお陰で九死に一生を得た。地元に戻りまず兄の農産物を闇市で売り、そこから手広く闇市場で資金を得て今日の財をなした。それじゃ昨夜と変わらない、そうなの、だってあたしが生まれるずっーと前でしょう、おばあちゃんならもっと詳しく知ってるけど未だに訊けない。で永倉さんねこっちは長いわよ、あたしと共存していたから。
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