第10話 告別式

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 翌朝は九時の告別式である。近所で朝食を済ましホールに戻り遺族と挨拶した。会社や個人から寄せられた献花、弔電の確認と火葬場へ向かう送迎車への乗車確認は、葬儀が始まるまでに済ましておかないといけない。

 店長は高野ホールで朝礼を済ますと、白川ホールへまた応援に駆けつけてくれた。弔問客が多い会場も家族葬も似たような刻限だから、長沼家は何倍も忙しくなり朝から慌ただしかった。

 ホールのスタッフが行き交う中で三姉妹が会場に現れた。昨日は喪服が夕闇に埋没していた。今日は喪服が今朝の朝陽の中で基調の黒が鮮やかに引き締まった。結い直した黒髪と共に広い会場でも際立たせた。特に礼子は昨夜より綺麗に見えた。この時に雅美は同行の夫を紹介したが、慌ただしい会場の雰囲気を止めるだけの印象はなかった。

 野々宮は祭壇に飾られた遺影を見ながら、クルーズ船での船酔いに悩まされたのだろうと思わずにはいられなかった。 

 その合間に会場設営だが、通夜と違って昼間はホールの者が全員出勤してるからサブロクの応援は不要だった。

 住職との打ち合わせが終わると、遺族との私語もなく案内着席した。導師の入場着席で野々宮は告別式の開始を告げた。遺族とは出棺まで一定の距離で進行して厳かに進めた。焼香が終わると喪主の挨拶が続き、その後に遺族の手で霊柩車に棺が納まった。野々宮は遺族をハイヤーに案内して最終確認してホールを出てゆく車列の最後尾を着いてゆく。到着後は火葬場で故人との最後のお別れの場を設定した。これでやっと一服できて業者の待機場で、簡単な昼食を駆け込み連絡を待った。火葬が終わると内線の電話が鳴り、葬儀会社の名前と火葬された家の名前が告げられる。野々宮も店長と一緒に待っていると坂下が入ってきた。

「よう、新人のサブロクじゃないのに店長の桐山はんがここまでついてきてるんでっか」

「いや、このご当家は一寸興味があってなあ」

「ホウ、さよか。余裕のよっちゃんやね」そう云いながら紙切れを出した。

「もう一本取ったんか」

「夕べの通夜膳で判押してもうた。五千円や。喪主とちゃうで、喪主は今日入ってもらうように話し付けた」

「幾らや?」

「多分、五千円入ってくれるんちゃうか」

「今月もう十万ゲットか、余裕のよっちゃんは坂下はんの方でんがなぁ、ヘエーどやねん」

「夕べの親族は手応えありましたか?」坂下はにやけた顔で訊いた。

「ないな、そんな話しが出来る、と云うか入る隙がないのや。向こうにすれば別次元の世界やなあ」

「もうさっさと喪主から判もらったらいぬしかないなあ。そうちゃいまっか、野々宮はんには申し訳ありまへんが次の待機で良えェのん当てるこっちゃなあ」

 内線が鳴った。取った者がA社、長沼家を告げた。

「焼けたなあ、ほなぁいくわ」と立った。

 振り返れば坂下はすぐにその場に誰かが置き忘れた週刊誌を広げている。

「大掛かり過ぎてどっから手をつけてええか分からんなあ」

 バタバタせん家族葬の方がじっくり営業できると桐山は言っている。

「店長、うちは葬儀が終わってから膨大な名簿で営業出来るんですよ」野々宮は気休めのように云った。

 二人はロビーの一角で一塊になってる長沼家を遺骨が安置してある部屋へ案内した。待機している当社の女性スタッフが出迎えて「持病もないようで綺麗なお骨ですよ」と遺骨の状態を説明する。

 そのあと遺族が順次箸で拾って骨壷に入れた。最後にスタッフが仏さんのような形をした喉仏を説明して入れた。骨壷は桐箱に納まり白布に包まれて、埋葬許可書と共に喪主に渡された。これであの偉大な人物も消えてしまった。そんな雰囲気を漂わせて一向は分乗したハイヤーでホールへ戻った。

 ホールに残った親族と合流して初七日の勤行が始まる。本当は一週間後だが親族が全国バラバラになってからまた集まるのも一苦労と云う趣旨に基づく。しかしご当家にはその配慮は必要ないが、もう少し一族を引き止める何かがあるらしい。

 勤行が終わると初七日の会食は料亭でなく当ホールの別室で始まった。一連の葬儀を終えて肩の荷がおりたところを見計らってここからがサブロクの会員獲得の営業がまた始まる。

 まずはビール片手に当家以外に訪問できる口実を作れる目ぼしい相手を探す。店長と手分けしてビールを注ぎまわる。ちょっとした端々の会話から葬式に関心を寄せてもらい、費用の相談まで持っていければシメタもの。ご当家はこれからも何度でも寄れる口実があるからそれ以外の人へアプローチして行ったが、初っ端で喪主にお墓の相談で捕まった。

 明後日でもゆっくり相談しましょうと言っても、向こうはそうもいかない。仕方が無いここで印象を悪くしたくない。喪主の父は近くの寺に生前に墓を建て菩提寺にしていた。だが先祖の墓は雪深い丹後の山村に在った。交通の不便な昔ならともかく道路が発達した今日では、近くまでは車で行けるが道の無いそこからが大変だった。雑草が生い茂る路を虫に刺されながら登ってゆく。私だけなら我慢も出来ようが老いた母や親戚縁者の為にもこっちの墓へ移したい。つまり実家の墓を移転する相談だった。

 父が生まれた丹後の家は長男が継いだ。三男の父は樺太から脱出してからこの街に落ち着いて一家を成した。次男は戦死し兄は四十で病死して一人息子が東京へ出てしまった。実家のお墓は兄嫁が昨年亡くなるまで守ってきた。その息子は寺の催促にも応じずひと月前には、寺から親の墓が無縁仏になりますと通知された。父は近くの寺の住職と相談して、そこに墓を作って移す前に本人が亡くなってしまった。今こうして親父の遺骨を前にして今日にも曾祖父と一緒にしたい。事情を知ってるのは妻と弟夫婦と母と娘三人だけだが、この宴席を抜けられるのは礼子ぐらいしかいない。礼子が案内するのでついてはあんたに一緒に行ってもらえんかと云う。他の親戚筋を差し置いて奇妙な相談を受けてしまった。

 手続きは代理の人に頼んで終わっている。墓は地元の業者がすでに処分して、遺骨だけはその代理の人が預かっている。

 店長に相談すると「要するに本人の骨と本人の親の骨を今日自宅に一緒に帰してやりたいと云うことか。遠いんか?」

「車で片道二時間、往復四時間、帰って来るのは夕方になりますね」店長の返事を待たずに会員四つは堅いです、うち二本は七千ですと付け加えると間髪入れず「直ぐ走れ! あとは俺がやっとく」と桐山は彼の背中を押した。

 了解を得ると喪主は礼子を手招きした。喪主は父が生前一番気にしていたのが祖父の荒れている墓だった。病床の中で父は余命が短いと悟り、田舎の知人に依頼したが親の遺骨が戻る前に亡くなった。夕べは慌ただしく話し合った。しかし結論が出なかったが、今日は葬儀の流れの中で次第に思いが募り決めた。それを礼子は承知した。この親子の短い話しで夕べは控え室で相当やりやった事が伺えた。

「分かったわ」と礼子は一言云っただけで「じゃあ野々宮さんお願いします」と急がした。 

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