第5話 通夜1

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 受付を終え弔問客を案内する山岡が、そろそろ焼香やないんかと、野々宮に目で迫ってくる。嫌なやつだと思いながら焼香の案内係、おしぼりを渡す係、粗供養を渡す係の女の子たちに始めると目配せすると三人とも軽く頷く。事前に住職と打ち合わせをした通夜経の経文の途中から弔問客へ焼香の案内を告げた。焼香途中で桐山が寄ってきて「あの男が永倉井津冶と記帳した男やと」耳打ちして店長はその場を離れた。来るとは予想したが若干遅いと思いながら監察した。

 若い二十代半ばぐらいか目鼻立ちは整っていて、痩せ型らしく背もすらっとして見えた。野々宮はその男の焼香を親族席に座る礼子と、交互に喰い入るように見詰めるが顔を合わすことはなかった。男は一度礼子を見て焼香を終えると帰らず一番後ろに座った。

 全ての弔問客が焼香を終えるとさっさと家路に就くとは限らない。それらは故人やその遺族との繋がりが間接的であり、また面識があっても利害が浅い者たちだった。そうでなくもっと故人や遺族に励ましや思い出を伝えたい人々は、通夜式が終わった後の対面に思いを寄せて残っていた。

 姉達の話を聞けば彼もそのうちの一人に過ぎないとは思えぬものがあった。彼が焼香を終えた辺りから列は短くなりその内に途絶えきた。静まりかえると僧侶の読経だけがやけにホールに響き出した。そのうちに大音声と共に鐘が鳴り読経はピタリと止まった。野々宮は導師退場を告げ、通夜式の終了を宣言する。

 みんな立ち上がり遺族と弔問客との交流で挨拶や雑談が飛び交い始めた。バイトの女子は空いた椅子を片っ端から片づけだした。一番後ろに座っていた男も前列の親族席目指して歩き出した。礼子の周りには他の親族同様に遺族と弔問者に囲まれて弔問を受けていた。その集団に向かってあの男は確かな足取りで一直線に近づいていった。二メートル手前で礼子は気が付いた。周囲も異変に気付き彼がどう云う男か分かったのか、会話が止まり興味は二人に注がれた。緊張と期待の高まりで長い時間に感じたが数十秒だった。

「あなたにとって大事な人だったから来ない訳はないわね。祖父の口利きで今の一流会社に入れたのだから。それだけじゃないけど・・・」

 と最初に礼子が口を利いた。

「はっきり云ったらどうなんだ。二人を繋ぎ留めたと・・・」

この男は何をいきり立ってるのかと野々宮は思った。

「そうだったかしら」と言いかけて、悪いけどこの人に話が有るからとみんな席を外してほしいと礼子は頼んだ。周囲の者が散り始めると野々宮だけは引き止めた。

「何者なんだいあいつは」

「祖父の葬儀では付きっ切りでお世話してくださってる人だから、あなたからも礼を尽くさないといけない人よ」

「俺とどういう関係があるんだ」

「とにかくおじさまのお顔を見ておくのね」

 井津冶は黙って棺に近づくと小さな窓を開けて見ていた。

 中央の椅子は順次整理され残った椅子は周囲に移動した。喪主から通夜膳の合図が有るまで手持ち無沙汰にみんなは待機した。

 礼子は隅に移動された椅子に座り野々宮にも同席を勧め、棺から戻ってきた井津冶も座った。

「どう最後のお姿は?」

「あのおじさんがこんなに早く逝ってしまうなんて思わなかった。・・・あれほど干渉しながら今は罪のない顔をしている」

「真っ白ないい着物(経帷子)を着ていたでしょう。祖父の着替えは野々宮さんにしていただいたのよ。この人は司会だけでなく身の回りのお世話までやっていただいてるんですから、感謝しなさい」

 井津冶は一寸薄笑いを浮かべただけで返事はしなかった。そこで桐山に呼ばれ野々宮は席を外した。

「まあいいわ。それで何か言いたいことがあるんでしょう此処暫く会ってないから」

「おじさんが入院してから二週間ぐらいになるかなあ。なんせ面会謝絶だから見舞いにも行けなかった」

「来る気は有ったの?」

「あれほど身勝手なおじさんはないよ。親を無視して孫の名前と行く末を決めるなんて。君はもう自由だけどこれだけはおじさんの決めたとおりに心変わりなんか無しにしてほしい」

 穏やかに切り出した。

「また持ち出すのね、この話には祖父の意向なんて最初からあたしの頭にはなく、ただ意地だけだったけどそれも無くなって、もう自由なんだから冷静に振り出しに戻れてホットしている」

「振り出しってことはまた一からやり直せるのかい」

「なんだかバタバタしたけれど判らないわ。・・・それよりお父さんもう通夜膳の支度を頼んだのかしら?」

 広い会場に敷き詰められた椅子は片付けられた。控え室に近い会場の一隅に幾つかのテーブルを合わせてクロス掛けが済み、三十人が着席できるテーブルが組み立てられた。せわしなくホールの人達が動き回り、桐山も野々宮も人手が足りずに支度を手伝っていた。式が終われば応援の高野ホールのサブロクは帰り、バイトの女子三人が酒と料理の配膳しなければならない。

「今回は大当たりやなあ。こりゃあ山岡が云うように会員の入れ喰いになるかも知れん、そうなると今月は首位打者の坂下さんとトップを争うなあ」と店長は宴会設営に熱をいれながらも野々宮に語っていた。野々宮は時々礼子のほうに目をやりながら設定を終えてみんなに着席を勧めた。だがあの男は宴席には加わらず退席した。

「帰られたんですか」

 場違いなのよ、あの人は、とそれだけ言い残して礼子は席に着いた。何が場違いなのか考える野々宮を尻目に礼子は隣の席を勧めた。かまへん仕事やと店長は席に座らせながら頑張れよと云う催促の言葉も忘れなかった。だが最後の言葉を礼子は勘違いしたに違いなかった。物分かりのいい人ねと云う礼子の囁きで確信できた。

 会社関係の人々が代わる代わる喪主にお悔やみの言葉を述べて、次々と退席すると半分になっていた。尚も店長はビールを持って三十分ほど遺族にあいさつ回りを続けたが、祖母が席を外すと残った遺族も順次退席した。残っているのは早朝からの親族と次男の妻と優子の夫で佐伯の八人に減っていた。

 一人で飲み始めた喪主に営業のチャンスとばかりに、店長は斜め向かいに居る喪主にビールを注ぎにいった。

「あんたとこの若いもんはようやってくれますわ」

「野々宮はもう三十に手が届く男ですからね」

「独身かね」                       

「一寸堅物なところがありましてね」

「いや信念があってよろしい。此処で言うのもなんですが死んだ親父も自分の意志を貫き徹しました」と喪主はほろ酔い気分で今日の主役について店長に語りだした。



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