大事な事は、奴らが教えてくれる?

北きつね

第1話


 俺は、心霊現象と言われる類の物が好きになれない。

 怖いからではない。見えてしまうからだ。


 いつ頃からだろうか?

 俺は、心霊現象を認知する事ができる。幽霊と言われる物がはっきりと見えてしまうのだ。相手も、俺が見えている事が解るのだろう。コンタクトを取ってきたりする。


「田村!どうした?疲れ切っているぞ?」

「うるさい。話しかけるな」

「おっおぉ・・・」


 会社の同僚の村田だ。

 同期だという事もあり、よく飲みに行ったりしている。お互いの事情もある程度は知っている。


 違うな。奴の事情は、奴から聞いたわけでも聞き出したわけでも調べたわけでもない。

 俺の耳元でピーチクパーチク話をしてくる幽霊から聞いたのだ。


 奴に取り付いているわけではないとそいつは言っている。自分の事は一切話をしないのに、村田の事は、子供の頃から、それこそ産まれた頃の事から話を、聞いても居ないのに教えてくれる。

 そのおかげで、俺は村田が小学校二年生の時に学校の帰りにおもらししたのを知っている。別にどうでもいい話だが、この幽霊は楽しそうに話してくる。俺が話を聞かないと、心霊現象を起こしやがる。

 一度、何が気に入らなかったのか、癇癪を起こしやがって、会社中のパソコンの電源を落としやがった。

 それから、俺は面倒だとは思いながらも、こいつの話を聞くようにしている。


「田村。調子が悪いのなら今日は帰れよ」

「大丈夫だ。体調が悪いわけじゃない。たんなる寝不足だ」


 知っていたか?

 誰に話しかけるでもなく、俺は話す。


 幽霊もセックスをするのだ。子どもが産まれるわけでは無いらしいが、そんなわけで、俺が住んでいるマンションでは、取り付いている幽霊同士が乱交騒ぎをしている。次の休みには、体調を崩した住民がマンションから出ていくので、その騒ぎは収まるようだ。

 そんな事もあって俺は寝不足のまま会社に来ている。

 幸いな事に喫緊の仕事はない。デバッグ作業を今月末までに行えばいいだけだ。俺が担当している部分はすでに終わっている。今は、他の奴の部分を手伝って居る状況で、バグが見つかれば担当者に連絡して修正待ちになる。


 それが解っているのか、村田に付いている幽霊が朝から話しかけてくる。


 今日は、村田の恋愛遍歴のようだ。

 どこから、そんな情報を仕入れてくるのかわからないが、詳しく話してくれている。別に知りたくもなかった、村田の初体験の時期まで教えてくれる。高校三年生、俺よりも2年ほど遅かったのがせめてもの救いだ。


 それから、奴が今付き合っているのは職場の女の子の様だ。

 社内恋愛が禁止されているわけではないので、別に問題ではないが、その相手が美人で有名な営業補佐だ。皆が狙っていると噂されていたのだが、どうやら我が同僚が姫の心を射止めたようだ。


 この幽霊らの声が聞こえる力は、高校の頃は煩わしかった。

 試験の時に答えを教えてくれればいいのに、昨日何時まで勉強していただの、勉強しないで漫画を読んでいただの、どうでもいい話しかしてこない。同級生が勉強中に自慰をしたとか聞きたくもない話だ・・・それも、女の子に付いている幽霊からだ。学生の時には、こんな話ばかりされた。


 社会に出ても、話される内容はそう変わらない。


 しかし、受け手である俺が変わったのかもしれない。有効に使う事ができる。


 客先に赴いた。その会社は先代の社長からよくしてもらっていた、その先代が死んで息子が跡を継いだ。

 その息子との初会合の場に俺も出るように言われた。俺が、その会社との仕事を一番多く行っていたからだ。


 新社長の息子に付いている幽霊が話かけてきた

『ねぇねぇ貴方よく見るね』


 よくラノベ設定にある俺の心を読むような能力はこいつ幽霊らには無い。声に出して返事しないとダメなのだ。子供の頃は、返事をしてしまって、周りから気持ち悪いような目で見られた事が一度や二度ではない。彼女と行為の最中に話しかけられて、返事してしまった事もある。


『この人、父親を殺しているわよ?』

「え?」


 声を出してしまった。皆の視線が俺に集まる。

 今後の事を話している最中に、否定的な言葉を出したのだ当然だろう。


「どうした?田村。何か不明な事でもあるのか?」

『キャハハ。やっぱり驚くわよね。この人の父親。この人じゃなくて、副社長に会社を譲りたかったみたい!でも、この人はそれが許せなくてね、病気で入院している父親のなんとかって機械を止めたのよ』


「いえ、数字が俺が覚えているのと違ったので、少し驚いただけです」

「そうか?どう違う?」

「俺が覚えていた数字のほうが小さいのですが・・・そうですよね。俺だけが請け負っていたわけじゃないので当然ですよね。申し訳ありません」


 皆に謝罪してこの場をおさめる。


 どういう事だ?

 確か、先代は仕事中に倒れて、病院に運ばれて、そのまま死んたと聞かされている。

 目の前に座る奴が殺したとしたら話しが違ってくる。副社長はまだ残っているのだが、今代の社長と確執がある、早々に離脱するかもしれない。多くの優秀な社員は副社長に付いていくだろう。俺でもそうする。

 会議の最中に副社長が席を立つ。理由を見つけて、副社長の後を追う。


 副社長に付いている幽霊から

『ねぇねぇこの人、刑事って人に会っていたよ』


 え?刑事?告発でもするのか?


 どうやらそれだけではなく、会社を辞めて別の会社を立ち上げるようだ。俺の予想が当たった。

 副社長の真意は聞けなかったが、事情を幽霊から聞く事ができた。


 こういう事が何度か続いた。

 受け手側の、俺がいろいろ考える事ができるようになってきたからだ。


 暇になるといろいろ考えてしまう。

 一番の疑問は、俺に付いている幽霊と話をした記憶が殆ど無い。子供の頃に話を聞いた記憶はある。記憶が有るのだが思い出せない。そもそも、俺は、高校以前の記憶が曖昧なのだ。両親や祖父母や姉が居たのは覚えている。覚えているが、高校では一人暮らしだった。支援者と名乗る人が毎月様子を伺いに来た。俺自身が記憶が曖昧だというと、悲しそうな顔をして違う話を始める。そんな事が数回行われてから、俺は俺の事や家族のことを聞くことを辞めた。どうやら、俺は本当の名前が違うようだ。名前が変わっているようだ。これは、社会に出てから気がついた事だが、それで問題はない。大人たちが隠した過去を調べても、ろくな結果にならないのは解っている。


「田村。この後は?」


 上司の一人だ。

 幽霊らの話では取引先の女性と不倫をしているようだ。俺を誘うのも、断られるのが解っているからだ。そして、できた時間に不倫相手を呼び出すのだ。

 勝手にしてくれと思ってしまう。


「いや、今日は用事があります。でも、食事くらいなら付き合いますよ」


 これが正しい答えのようだ。

 食事をして別れたという言い訳になる。上司は妻に俺と飲んでいるという事ができる。


「そうか、それじゃいつもの店だな」

「了解しました。俺、用事がないから先に行って席を取っておきましょうか?」

「そうだな頼む」


 これが幽霊らから聞いた最上の答えなのだ。上司は、店には現れない。用事ができたと連絡が入る。不倫相手とラブホにでも行っているのだろう。この店は、俺が今の会社に努めてから贔屓にしている独立系の居酒屋で席が全部半個室になっている。

 店主とも顔なじみで、別の客がしていた、デポジットを申し出たら了承してくれた。上司も何度か連れてきた。上司が俺をアリバイに使っている事を後ろめたい気持ちなっていたのも幽霊らから聞いていたので、”デポジットを入れてくださいよ”と、お願いしたら、定期的に入れてくれるようになった。

 そう言えば、あの客・・・ナベさんとか呼ばれていたけど、最近見ないな。同業者らしいけど、デスマーチに捕まったのか?


 いつものように、店長のおすすめを頼んだ所で、いつもの連絡が入る。

 急な用事でいけなくなったという事だ。ボトルを勝手に飲んでいいと言われた。支払いは、デポジットからしておくと伝えたら、笑いながら明日にでも追加しておくと言われた。良い上司だ。上司としてだけだが・・・。俺は、奥さんに浮気が発覚しない事を祈っておこう。主に、俺のデポジットの為に!


 飲む気分ではなかったので、食事だけして店を出た。

 黄色い電車に乗って部屋に帰る。この電車が苦痛なのだ。幽霊から話しかけられまくるのだ。ヘッドフォンをしてもなぜか効き目がない。頭の中に響いてくる。


 部屋について、TVをつける。

 特に見たい番組が有るわけではない。丁度、夜のニュース番組がやっている。


”女性の白骨化した・・・”


 俺・・・。この場所を知っている。行った事がない県の小さな街の・・・。知らない山。標高707mの小さな山。覚えはない。覚えは無いが、知っている。


 心がざわついている。

 落ち着かない。


 スマホを取り出して、上司にメールする。明日は、土曜日・・・。出勤する予定はない。

 土日で行って、月曜日には帰ってくる。デスマが進行中の部署があり、駆り出される可能性がある為に、連絡だけは入れておく。


 数分後、上司から了承すると連絡が来た。

 それから、溜まっている有給休暇の消化の為に、できれば水曜日まで休め・・来週から月内は休めと言われた。約20日程度だ。上司としては、仕事がない今のうちに休ませておきたいらしい。


 もう終電には間に合わない。深夜バスという手段もあるが、はじめての場所でホテルがあるか・・・。そうだ、泊まる場所。慌てて、愛用しているホテル予約サイトを起動する。目的の町には、ホテルは無い。民宿が数軒有るだけのようだ。

 ニュースで”市”と言っていたから大きいと思っていたら、平成の大合併で市に吸収されただけのようだ。調べると、市から電車で20分程度の様だ。サッカーとちびまる子とマグロが有名な市の駅前に有るホテルに予約した。閑散期で部屋はスムーズに予約できた。


 俺は、圧倒的な潮の匂いがする駅に降り立った。

 そこは、田舎町という言葉が似合う場所だ。


 初めて来る場所のハズなのに、知っている。何かと比較している自分が居るが、絶対に折れは知っていなければならない場所だ。駅前にレンタカーがあると思ったのだが、そんな施設が見当たらない。

 改札を出ると、左手にタクシー乗り場があり、2台ほどタクシーが客待ちをしている。無人駅ではないが、無人駅のような場所だ。


『久しぶり。久しぶり!』


 え?

 いつものように幽霊らが話しかけてくる。

 駅のベンチで寝ているおばちゃん2人のどちらかに付いている幽霊だ。


 俺が驚いて、おばちゃんを見る。

 知っている顔ではない。知らないはずだ・・・よな。幽霊らには救われた事がある。顔を忘れた知人のことを思い出させるきっかけをくれる事がある。今回も同じだと思った・・・が、知らない顔だ。


『本当に久しぶり20年ぶりくらい?あれ?でも、妹が一緒じゃないの?』


 え?

 妹?俺に?誰かと間違えているわけがない。幽霊らは、なぜかそういう事を間違えない。


 白骨が見つかったという山に向かう。正直怖い。

 でも、行かないとダメだ。怖い、なぜ俺は山への道を知っている?


 時折通る車をよけて狭い田舎道を歩く。

 この坂道を登ると、高台になった場所に家が並んでいる。なぜそう思ったのかはわからない。でも、そう思える。最初は緩やかなな上り坂で途中から急になる。俺は覚えている。ここを子供の頃に駆け上がった。二車線の道路に出る。

 信号のない横断歩道を渡る。右に進めばいい。心と身体が覚えている。この道を、サッカーボールを蹴って通学したことを・・・。


 しばらく進むと信号が有る。古びた信号で押しボタン式だ。ここで、誰かと待ち合わせをした。


 山に向かうには、もう少し先に進んだ所から上がっていくのだが、ここから曲がっていくのが近道なのだ。

 なぜ俺は近道を知っている?俺は、ここを歩いていた。スマホを立ち上げて確認する。そうだ、小学校に通っていた。いつまで?思い出せない。


 俺は・・・。細い。細い。人が一人通れる道を進む。ここを曲がった先にプールが・・・ある。プールの横の路地を抜けていく、見覚えがある。俺はここを通った・・・はずだ。路地を抜けると、車一台が通られる道に出る。

 山の方に向かう道がある。少し行くと左手に・・・お寺が・・・あった。


 俺は、この小さな町を知っている。

 寺の前には小さな小さな川が流れている。今はコンクリートに覆われているが、ここで遊んだ。誰と?思い出さない。


 道は山に続いている。左右はみかん畑だ。夏みかんのはずだ。小高くなっている部分を抜けると、そこには新幹線が通っている。誰かとここで新幹線が来るのを待っていた。一瞬で通り過ぎる新幹線を見ていた。そして時々通るドクターイエローを見るのが好きだった。誰が?俺か?違う。俺じゃない。俺じゃない誰かが俺に話しかけている。誰だ?

 新幹線の高架を抜けると、左手に駄菓子屋があった・・・。今は、何も無いが確かにここに駄菓子屋があった。赤いポストは今でもある。公衆電話がある今住んでいる場所では見かけなくなったピンクの電話だ。俺は、あそこで電話をした事がある。いつだ。思い出せない。誰かを呼び出した。誰を?


 そこから、山の方向に向かう。

 道は解っている。


 ふぅ・・・。俺は、ここで生活していた。

 間違いない。だが、どうして思い出さない。頭の中にモヤが掛かっているようで、何も見えない。


 キャンプ場がある。

 覚えている。誰かと・・・違う。学校の行事で来た。俺が?俺たちが来た。


 ニュースでやっていた場所は解っている。

 足を向けると、非常線が張られている。警官が数名立って監視をしている。


 昨日の今日だから当然といえば当然だ。


 キャンプ場に戻って、木の切り株に座る。

 俺は何者だ?俺は誰だ?


須賀谷すがや那由太なゆたさんですよね?」


 俺の事か?

『クスクス。君だよ。君。疑うよ!』


 え?疑われる?


「違います。俺は、田村たむらたもつです」

「そうでしたね。今は、田村さんでしたよね。今日はなぜここに?あっ私」


 警察手帳を見せて名乗ってくれる。

 刑事だと言っている。


「あの・・・。俺の事を、須賀谷と呼びましたが?」

「えぇそうですよ。須賀谷真帆さんのお兄さんですよね?」

「え?」


 須賀谷真帆?


『ナユ兄。あぁせっかくナユ兄の記憶がなくなったから、私が消えていたのに・・・もう台無し!』


 え?

 あぁぁぁぁぁ・・・・・。


 俺は、那由太。真帆の兄で、真帆をいじめていたやつを殴りに行って・・・。そうだ。真帆が失踪したと聞いた。帰ってこなかった。あいつらを殺そうと思った。姉に止められた。柚姉を傷つけた。アイツラと同じ・・・。あいつら・・・親父とおふくろを・・・じいちゃんとばあちゃんも、全部俺がわるいのか?

 俺が俺が俺が俺が・・・・。


『あぁぁこうなるから、ナユ兄には来てほしきなかったのにな』


「真帆ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


『ナユ兄。安心して、復讐は終わったから!あとは、ナユ兄がこっちに来るのをみんなでゆっくり待っているよ』


「真帆ぉぉぉぉぉどういう事だぁぁぁぁぁ柚姉ぇぇぇぇぇぇ親父ぃぃぃぃぃおふくろぉぉぉぉ!!!答えろ!!!誰でもいい!!!答えろぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!」


---


「桜さん。またその聴取ですか?」

「あぁ不思議だからな」

「そうですね。被害者であり、ある事件の加害者でもあった、男性が現場に現れたのですよね?」

「そうだな。それだけじゃなくて、記憶をなくして居たらしいという証言もある」

「アリバイは有ったのですよね?」

「あったぞ。東京に居た、会社にもいたし、出勤していた証拠もある」

「それならなぜ?20日も勾留されたのですか?」

「秘密の暴露を大量に喋ったからだな」

「え?それなら犯人では?」

「無理だよ」

「なぜ?」

「最初の事件の時に、彼は海外に行ってた。間違いない」

「え?他には?」

「全部アリバイが、確実なアリバイがある」

「え?これが、推理ドラマならアリバイトリックが有るのでしょうけど」

「無理だな」

「やっぱり」

「あぁ」


 それ以降、桜さんは書類を見ながら黙ってしまった。

 桜さんはこの事件を担当する事ができない。知り合いが絡んでいるからだ。


 新たに発覚した事実は何も無い。

 でも、新たに発覚した事で、”死んだ者須賀谷真帆”の復讐ではないかと言われてしまっている。


 発覚した事実。

 白骨で見つかった、須賀谷真帆さんがいじめられていた事。いじめていたの子どもの親が今の県警のトップである事。そして、いじめていたと思われる全員が原因がわからない状況で死んでいる。


 白骨遺体を見つけた一般人。

 誘われていた当時の先生が未だ行方不明であること。


 そして、20日勾留された須賀谷真帆さんのお兄さんが釈放された日に、行方不明だった先生が頭が潰れた状態で発見された。遺書のような物が残されていた。そこには、須賀谷真帆さんをいじめていた生徒の親に脅迫されていた事が書かれていた。


 この名簿がなぜかマスコミに流れて、大騒ぎになっている。


 名簿は僕の前で書類を読んでいる人がマスコミにリークしたのを知っている。


「桜さん。名簿の事を黙っていて欲しかったら、お昼をおごってくださいね」

「ふざけるなよ。俺が発覚させたという証拠でもあるのか?」

「ありますよ」

「どこに?」

「僕は、タクミ君やユウキちゃんとも知り合いですよ?」

「っち。アイツらか・・・。わかった、何が食べたい」

「僕は良い上司に恵まれて嬉しいですよ」

「言ってろ」


 桜さんは、お兄さんの聴取した書類を伏せてから、壁にかけてあった春用のコートを手に持った。


「桜さん。今日は、そんなに寒くないですよ」

「そうか・・・あっそうだ、同じ口止めするなら一度のほうがいいな。タクミの奴とユウキを呼び出して・・・。そうなると、昼じゃなくて、夕方のほうがいいか?」


 今日は、他にも奥さんやマスコミの人間も呼ぶことになるだろう。僕の上司はそういう人だ。

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