第10話 幸せの味

宿屋につくと、僕は置かれている机や椅子を無視して一直線にカウンターに向かった。疲れたのですぐに寝たかったからだ。


「すみません、一泊お願いします」


カウンターにはマイスさんのような若い女性が立っていた。


「はい。一泊ですね。では銀貨一枚いただきます」


僕はカバンから銀貨一枚を取り出し、お姉さんに渡した。


「はい、確かに銀貨一枚頂きました。ではこちらへどうぞ」


そう言うと、カウンターから出て二階に案内された。


一体どんな部屋なんだろうと、初めての宿屋に、期待に胸を膨らませてついて行った。


二階に上がり、廊下をまっすぐ進んだ一番奥の部屋に案内された。


「こちらになります」


そう言い、お姉さんは扉を開けた。


部屋はおよそ六畳で、ベッドと小さめの椅子、そして書き物机の上にランプが置いてあった。


割と簡素な部屋だが、村出身の僕からすればとても豪華に思えた。


「あ、ありがとうございます!」


そういい僕は足早に部屋に入った。


「では、ゆっくりお休みなさいませ」


お姉さんがそう言い、そっとドアを閉めた。

廊下をコツコツと歩いていく音がだんだん小さくなったことを確認し、僕はベッドにダイブした。


「あぁ〜、疲れたぁ〜」


ベッドがボブっと音を立て、優しく僕を受け止める。


布団に顔をうずめ、グリグリと押し付ける。ほのかに柑橘系の花の匂いがした。


「はぁ〜、柔らかいなぁ〜。いい匂いだし、最高だなぁ〜」


表情筋が自然と上がり、おそらく、今までで一番の笑顔が飛び出した。他人に今の僕の顔を見られたら、確実に笑われるだろう。


しかしそんなことを気にせずに、暫く幸せのひとときを過ごした。


「よしっ」


区切りがつき、肩に掛けているカバンと、腰にかけていた剣を机の上に置いた。


「疲れたし、もう寝よう」


カバンを机に置き、再びベッドに入った。


「ふわぁ〜。明日は黒のクエストを受けよう。絶対にあいつに勝ってやる!」


そう意気込み、幸せに包まれながらゆっくり眠りについた。









翌日、僕はいつもの時間に起きた。とは言っても、この部屋には時計がないため、感覚なのだが。


「むぅ〜」


両腕を天に向けて、大きく伸びをした。この時の伸びが一番気持ちが良い。


まだ少し寝ぼけた気ではいるが、起きろと自分に言い聞かせ、ベッドから出た。


ギシッと木が軋む音が鳴り、それと同時に布団のやわらかさが消えた。


少し名残惜しかったが、仕方がない。僕は残念に思う気持ちを抑え、両手で両頬をパチンと叩いた。


「よしっ! 今日も頑張るぞ!」


自分に気合を入れ、カバンと剣を手に取り部屋を出た。




一階に降りると、他の冒険者たちが朝食を取っていた。昨日、僕が宿屋に着いた時間が夜遅かったせいか、こんなに冒険者が泊まっていたなんて知らなかった。


少しびっくりして、カウンターのお姉さんに尋ねた。


「あ、あの、朝食をいただけるんですか?」


僕の問いに、お姉さんはにっこりと笑顔で答えた。


「はい。今お持ちしますね」


お姉さんはそう言い、カウンター奥の部屋に行った。


それを確認した僕は後ろを振り返り、どこか席が空いていないか見渡した。


入口側の席が一つだけ空いていた。同じ机に灰色のフードを被った一人の男性が座っていたが、気にせず向かった。




「あの、隣いいですか?」


僕が尋ねると、スープをすすっていた男性がスプーンを持つ手を机の上に置き、こちらを向いた。しかしフードを被っているので顔が見えない。


そして男性が僕の顔を見てこう言った。


「君は……。確か昨日ギルドに入った新人か?」


僕は驚き、目を見開いた。突然だったので少しドキッとしてしまった。しかし僕はこの男性を知らない。


「え、僕のこと知ってるんですか?」


僕が不思議そうに尋ねると、男性は少し誇らしげに言った。


「あぁ。初めて入ったやつのことは一応チェックするようにしてるんだ」


そして男性は床に置いていたカバンから手帳を出した。


「ほら、ここ見て」


男性がそう言い、指さしたところを見ると、たしかに僕の名前が書かれていた。


そしてその上に、あいつの名前、ソルディが書かれていた。


「マメなんですね」


僕がそう言うと男性はフードをとった。


そして笑いながらこう言った。


「ははは。冒険者の中じゃ、常識だよ?」


男性は四十代前半くらいの見た目で、少し顔にシワができていた。。あごひげが生えており、勇ましい顔立ちをしていた。


思っていたより歳がいってて、少しびっくりしたのは内緒だ。


「まぁ、立っているのもなんだし、座りなよ」


男性はそう言い、椅子をこちらに向けてくれた。


「あ、ありがとうございます」


僕は男性の言葉に甘え、椅子に座り、カバンを床に置いた。


「あぁそうだ、自己紹介が遅れたな。俺の名前はテリルだ。よろしくな、ベラ」


テリルさんはそう言い、右手を前に出して握手を求めた。


「あ、えっと、よろしくお願いします」


僕はその手を握り、テリルさんと軽い握手をした。


そのタイミングで、お姉さんが僕の元へ朝食を運んで来てくれた。


「こちらが本日の朝食です」


出された朝食は二品だった。


一つはさっきテリルさんがすすっていたカットされたキャベツの入ったコンソメのスープ。


そしてもう一つは大きな黄身の目玉焼きだった。


どちらも出来たてで湯気が上がっており、食欲を掻き立てるいい匂いをかもし出していた。


口の中の唾液が一気に押し寄せる。もう待ちきれんと、一緒に出されたフォークを手に取って、両手を合わせた。


「頂きます!」


僕は目玉焼きを一口サイズに切り、流れるように口に運んだ。


そして二口ほど噛み、味わった。


「おいひい!」


口の中に甘い白身が広がる。そして飲み込み、喉から胃へ幸せが流れ込むがハッキリとわかった。


まさに幸せの味とはこのことだと、顔をほころばせ、うっかり幸せそうな顔をしてしまった。


昨日と違い、隣には人がいたことを思い出し、僕は恥ずかしくなりとっさに顔を隠した。


それを見ていたテリルさんは顔を少しニヤつかせ、こう言った。


「いやぁ、美味そうに食うなぁ。君を見てるだけで何だかこっちも幸せに思えてくるよ」


そしてテリルさんはスプーンを手に取り二度スープをすすった。


まだ少し恥ずかしかったが顔を上げ、僕もスプーンを手に取り、キャベツとスープをいっぺんにすすった。


そして驚いた。スープも美味しいのだ。スープによってふやかされたキャベツはコンソメの味をしっかりと纏い、噛めば噛むほど味がにじみでてくるようだった。


村にいた時は基本的にパンしか食べていなかったので、世の中にはこんなにも美味しい食べ物があるだなんて知らず、感動してしまった。


そんな僕をテリルさんは横目で見て、スープを飲み干して立ち上がった。


「んじゃ、俺はもう行くよ。君はゆっくり食べてな」


食事に夢中だった僕は手を止め、テリルさんに向き、軽くお辞儀してこう言った。


「はい。またギルドで会った時はよろしくお願いします」


「おう、その時はよろしくな!」


テリルさんも軽くお辞儀をし、宿を出た。


「冒険者ってちょっとだけ怖いイメージあったけど、いい人ばっかりでよかった〜」


僕は残ったご飯をゆっくりと時間をかけてかみ締め、ついには全てを食べ終わり、宿を出てギルドへ向かった。

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