第5話 旅立ち
「あぁ……。懐かしい母の声がする」
徐々に視界がハッキリし、母ウミンが僕に本を読み聞かせてくれている光景が目に映った。
「昔むかしあるところに、ハージェルという冒険者がいました。彼は剣神ヘクトール、大賢者ミーミル、大僧正ベレヌス、レンジャーマスターウルを引き連れて、この世界に魔物を生み出した存在とされている魔王サタンを倒しに旅に出ました」
「昔よく読み聞かせてくれた本だ。こんな話だったっけ……」
「彼らは幾多の難関を乗り越え、遂に魔王サタンの住む北の魔大陸ハイボリに到着しました。そして魔王城に突入し、魔王サタンと激戦を繰り広げました。そして遂には魔王サタンの右腕を奪い、衰退させることに成功しました。そして彼は英雄ハージェルと呼ばれ、人々に語れ継がれるのでした。めでたしめでたし」
「なんでこんな夢を見ているんだろう。懐かしい。できれば覚めないで欲しい……」
そう願っていたが、やはり夢は夢だ。すぐに覚めてしまう。
意識が徐々に現実の方へ引き寄せられていく。それと同時に見ていた光景が、声が、遠のいていく。
「嫌だ、母さん。行かないでくれ……! 行かないでよ……!!!」
目が覚めた。
村長のベッドの上だった。
覚めて欲しくなかったな。
そう思い、起き上がろうとした瞬間左肩に痛みが走った。
「いたっ」
見ると、肩が包帯でぐるぐる巻きにされていた。
「あぁ、確か僕魔物と戦ったんだっけ」
寝起きだからなのか、頭があまり回転しない。ぼーっとしていると、横から声が聞こえた。
「おぉ、起きたのか……ベラ……!」
村長の声だ。声がした方を見ると村長が僕の方を向いて座っていた。
顔を見ると驚きながらも涙目の表情なっていた。
「だ、大丈夫なのか、ベラ?」
そう言うと僕に駆け寄り、両手で僕の右手を握った。
「は、はい。なんとか生きてるみたいです……」
「そうか、そうか。良かった……。本当に、良かった……」
村長の目から涙がぽつりと落ちた。
その涙は僕の右手の甲に落ちた。
それを見て、こんなにも心配してくれていたんだと思うと、僕も泣きそうになる。
「心配かけて、ごめんなさい……」
「いいんじゃ、いいんじゃ。お前さんが生きているだけで充分じゃ……」
それを聞いて涙が溢れ出た。
あぁ、僕は変わってないんだな。
泣きやみ、落ち着いた時に話を切り出した。
「村長、あの約束を覚えていますか?」
村長は、僕の質問を聞いてやはり来たかといったような顔をした。
「あぁ、覚えておる。ウィールドボアを倒した暁には冒険者として認めるという約束じゃな」
「それで、僕は認めてもらえるんですか?」
「あぁ、もちろんじゃ」
やっと念願だった冒険者になれる。そう思うと嬉しさでまた泣きそうになったが、ぐっと堪える。
「あ、ありがとうございます!」
「じゃが、旅はその左肩の傷が治ってからじゃ。その傷では魔物と戦えんからのう」
そう言われて僕は左肩の傷をさする。こんな大怪我をしたのは生まれて初めてだった。
「はい、それまでゆっくり休みます」
それを聞くと村長は用事があると言って家を出て行った。
「やっと、冒険者になれるんだ、僕……!」
ワクワクして鼓動が高鳴る。興奮を抑え、僕は治療に専念した。
そして時が過ぎ、一ヶ月後。旅立ちの日。
「本当に行ってしまうのじゃな、ベラ」
村長が、村の皆が寂しそうな顔をしている。そう、今日で僕は村を出る。とうとうこの日が来たのだ。
「はい、傷もすっかり癒えましたし、もう出ようと思います」
とは言っても僕も寂しい。僕の両親が死んでから、男手一つで僕をここまで育ててくれた村長に、村の皆に、そして、僕の故郷であるこの村を去るのは心が苦しくなる。
しかし、これは僕が望んだこと。全てはあの日から決まっていたんだ。
「あ、そうだ、これを渡しておこう。役に立つから持っていてくれ」
ウィーンさんが僕に一枚の紙を渡した。
「ありがとうございます! 大切に使わせていただきます!」
僕は紙を受け取り、肩にかけてるカバンの中にしまった。
「では、行ってきます! 今までありがとうございました!!」
皆に一礼して門から出た。振り向くとみんな手を振っている。僕も手を振り返し、道なりに進んだ。
とりあえず今目指すのは[王都ヘクト]だ。ペティット村は[グエリア王国]の領地内で、西部の端の方に位置している。ペティット村から王都までは歩いておよそ三日だ。その分の食料などは村の皆から貰ったので、安心だ。
そして一番危険なのは、魔物と出会うこと。
ウィールドボアより危険な魔物はいないとは思うが、万が一のこともあるので油断は決してできない。村から出て冒険するという事はそれほど危険なのだ。
「怖いなぁ。魔物と出会わないことを祈ろう」
僕の今の所持品は、剣一本と小型ナイフ、そして食料と野宿するためのキャンプ道具入っているカバンと、動きやすい薄めの服。服は本当にただの服なので、防御面では心もとない。できれば極力魔物とは出会いたくない。
僕は足を止めることなくどんどん進んだ。昼に村を出たのに、気がつくともう日が暮れそうになっていた。幸い今まで魔物とは出会わなかったので、ひとまずは安心だ。今から野宿の準備をする。と言っても、カバンから道具を出して組み上げるだけだが。
準備は十分ほどで完了した。簡易的な折りたたみ椅子を組み上げ、、寝るための寝具一式を敷いて、そして簡易焚き火セットに火打石で火をつけて、今から食事だ。
カバンからパンを出した時、一枚の紙切れが落ちた。なんだろうと見てみると、ウィーンさんからのものだった。
「俺が焼き上げた最高のパンだ。これ食って活躍してくれよ!」
そう書かれていた。僕はウィーンさんの優しさに触れ、味わってパンを食べた。
小鳥のさえずりが聞こえ、この世界には本当に魔物がいるのかと思ってしまうくらい気持ちよい目覚めだった。
近くの川で顔を洗い、軽めの朝食を済ませ、すぐ出発した。
昼くらいだろうか、真っ白で雪のようなうさぎが一匹近づいてきた。
「わぁ、このうさぎ可愛いな。一匹なのかな……?」
このうさぎも魔物だが、魔物の中にも凶暴でないものもいる。
「一匹だと可哀想だから森に返してやらないと……」
この先進む方向に小さな森があるので、そこを目指しうさぎを抱え、歩きはじめた。
うさぎは僕の腕の中で鼻をひくひくさせている。怖いのだろうか……?
二時間ほど歩いて森に着いた。
森は魔物の住処でもあるので、入るのは怖い。そう思っていたが、どうやらその心配はいらなそうだ。
「あ、同じうさぎが沢山いる!」
すると腕の中にいたうさぎが飛び出し、うさぎたちの方へ一目散に走っていった。
「良かった、家族だったんだね。もうはぐれないように気をつけるんだよ〜」
僕は走り去るうさぎたちを見送り、森を迂回して進もうとした、その時だった。
[バサバサバサッ]
木に止まっていた鳥たちが急に一斉に飛び立った。
何だか嫌な予感がする。
森恐る恐るの方を見ると、奥に赤い瞳がふたつ、こちらを見ている。
「グオォオオォオオオ!!」
[ドドドドドドド]
殺気立って凄い勢いで走ってくる。
奥の方にいたので暗くて見えなかったが、ようやく見えた。
目に映ったのは恐ろしいほどのさっきで走ってくる熊だの魔物だった。
「あれは……ウィールドベア!?」
ウィールドベア。大人二人分はある大型の熊の魔物だ。ウィールドボア同様かなり凶暴魔物だ。
「まずい、逃げないと……!」
僕は振り返り、一心不乱に逃げる。が、逃げ切れるわけがない。直ぐに追いつかれた。
僕に追いついたウィールドベアは、その大人の足のように太い右腕を振りかぶり、僕に振りかざした。
[ガキンッ]
「くっ……!」
本当にギリギリだった。追いつかれた瞬間に剣を抜いていて正解だった。僕はウィールドベアの一撃を間一髪、剣で受け止めた。
ウィールドベアの爪はとても鋭く、切りつけられたら重症だろう。
攻撃を受けられたウィールドベアは興奮し、再度右腕を振りかぶった。
「右腕の大振り……。左がガラ空きだ。上手く飛び込めばいけるかも……?」
ウィールドベアはパワーは凄いがその巨体故に動きは鈍い。
僕は左足の筋肉全てを使い、思いっきり地面を蹴り、間合いを詰めた。
「うおぉおおぉおおおおお!!!!」
僕はに両手で握りしめた剣を横に振りかぶり、そして切った。
[ザンッ]
「グオ……オォオオオ……」
ウィールドベアはドサッと倒れ、そして死んだ。
「やった……。僕でも、やれた……!」
前のウィールドボアとの戦いとは違い、無傷で、さらに割と余裕をもって倒せたことに、僕は自信を持った。
「あ、そう言えば、冒険者はギルドに倒した魔物の素材を持っていくことでお金が貰えるって確かショーンさんが言っていたなぁ」
僕は小型のナイフをカバンから取り出し、ウィールドベアの手首を切り落とした。
「雑だけど、仕方ない」
切り落とした手首を食料に触れないように避けてカバンに入れた。
それからは魔物にも出会わず、翌日ついに、王都ヘクトに到着した。
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