第3話 立ち上がれ

「大きくなったのう、ベラ」


村長はそう言い、僕の右肩をポンと叩いた。


「そうですかね、あはは」


「それにしてもあれからもう五年かぁ……。時が経つのは早いのう」




僕の両親が殺されてから五年、僕は十五歳になった。僕は隠れて毎晩毎晩来る日も来る日も欠かさず剣を振り続けた。


結果、筋肉がついた。見た目も肩幅の広い少年という感じだろうか。


心残りなのは、[スキル]を身につけられなかったことだ。


スキルは、ある一定の経験で得られる特殊な技だ。剣に限ったことではなく、斧や弓、鞭といった多種多様な武器にもある。


さらに世界には[魔法]という、呪文を唱えることで、自身の傷を癒すことが出来るものや、魔物を燃やしたりすることが出来るものがあるらしい。


また、魔法は、特殊な職業に就かなくても使用することができ、世界中の誰にでも経験さえ積めば使うことが出来るらしい。




やはり修行をするからにはスキルの一つや二つは覚えたかったが、そう簡単にはいかなかった。




「そうじゃ、今日はお前さんの十五歳の誕生日じゃろう? 昼からお前さんの成人の儀を行おうと思っておるのじゃが、もう願いは決めておるのか?」


来た。この質問を待っていた。この時のために五年間修行を積み重ねてきたんだ。僕は少し高揚する気持ちを抑え、村長に話す。


「はい、もう決めてあります。冒険者になりたいです」


言った。これで僕はやっと冒険者になれる。復讐を果たせる。


そう思っていたが、村長からは意外な言葉が出てきた。


「やはり、か……。まだ諦めておらなんだのう……。その事についてなんじゃが、認めてやらんことは無いんじゃが、一つ条件がある」


まさかの返答だった。僕は直ぐに認めて貰えると思っていた。しかし結果はどうも違うらしい。ただ、条件付きということなので聞いてみる。


「条件というのは...…?」


「あぁ、最近畑仕事をしていた村人が近くの魔物に怪我をさせられたらしいんじゃ。幸い致命傷にはならず、、その時は大人五人でなんとか追い払えたのじゃが、今後も現れると思うと何回も、というのはさすがにしんどくてのう……。そこで、お前さんがその魔物を倒してくれたあかつきには冒険者として認めてやるということにしたのじゃ」


「なるほど、そういうことですか……。それで、そいつはどんな魔物なんですか?」


「あぁ、ウィールドボアと言ってな、イノシシの見た目をした魔物なんじゃが、大人ぐらいの大きさでのう……。おまけに突進が強烈で、王都の冒険者でも油断をすれば死んでしまうと言われている凶悪な魔物なんじゃよ」


は? 無理だ。勝てるはずがない。王都の冒険者でも死ぬ?なら僕は瞬殺される。


「そんな……。絶対に勝てっこないじゃないですか!」


「無理ならやらんでいいんじゃぞ?ただ、やめるとなると冒険者として認めるということは出来なくなるんじゃがのう……」


僕は、村長は僕を冒険者として認めさせる気がないことに気づいた。でも、ここで諦めては冒険者になれない。


「や、やります! そのウィールドボアという魔物は、僕が倒してみせます!」


僕が勇気を振り絞ってそう言うと、村長は驚いたような顔をした。まさかこの僕がやるとは言わないだろうと思ったのだろう。


しかし今の僕は五年前までのか弱い僕とは違う。


ウィールドボアという魔物にさえ勝てなければ、僕は復讐を果たせない。


「ほ、本当に言っておるのか?」


「はい、倒して冒険者になります!」


「そ、そうか……。わ、わかった。ウィールドボアの討伐は成人の儀の後にしよう」


「分かりました」


勢い半分でやると言ってしまったが、これで良かったのだろうか。いや、良かったのだろう。そう信じ、僕は覚悟を決めた。







成人の儀の準備を終える頃にはちょうど昼になっていた。木陰で少し休んでいると、ウィーンが僕を呼びに来た。


「ベラ、準備が出来たぞ! 村長も待ってるから早く来いよ!」


「分かりました! 今行きます!」


僕は立ち上がり広場に向かった。あの日のように。


広場に着くと、周りはとても盛大に飾られていた。中央の井戸も、綺麗な布や色々な花で装飾されていた。そして何より、複数の椅子とテーブルがあり、その上には豪華な料理が用意されていた。


集まっていた村の人々が僕に気づき、話しかけてきた。


まず体格が大きい男性、ショーンさんが話しかけてきた。


「ベラ! もう十五になったんだな! 大きくなったなぁ!」


「え、えぇ……」


すると次に五十歳くらいだろうか、少し歳をとった女性、レラさんが話しかけてきた。


「あの頃の泣き虫ベラ君ではなくなったのかしら? うふふ」


「も、もちろんです……」


久しぶりに聞いた呼び名だった。昔から僕はなきむしで、ことある事に直ぐに泣いていた。まぁ、今もそうなのかもしれないが。


「あ、も、もう僕前に行きますね!」


そう言うと人混みをかき分け逃げるように中央へ走った。


中央に着くと、村長はあの土台の上に立っていた。


「おぉ、やっときたか。では始めるか、ベラ」


「はい。お願いします!」


ついに来た。儀式の段取りは、まず僕が願いを言い、それを条件付きで承諾した村長が僕とみんなを村の外れに誘導して、森の方から村の大人たち三人でウィールドボアを一匹僕の元へ引き寄せてくる。そして僕がもし倒すことが出来たら村の中央で村長が儀式専用の冠を僕に被せてくれて、宴が始まる。


しかし村長から段取りの説明を聞いている時には主に、仮に僕が失敗した場合の時の段取りについてを説明された。やはり僕が失敗すると思っているのだろう。


失敗した場合、つまり僕が死にかけた場合は直ぐに大人十人がかりでウィールドボアを倒し、後ろで控えているポーションを持った人が僕を回復させてくれるらしい。


僕のためにポーションまで使ってくれるとは、村長は僕をどこまで心配してくれているのだろう。


ポーションは僕たち村人からすれば高価なアイテムなので、本当にありがたい。




村長が咳払いをして、開会の宣言をした。


「皆、これよりベラ・バールの成人の儀を行う!」


わあああっと広場が盛り上がり高揚感で包まれた。


「ではベラ、前へ」


緊張しつつも僕は村長の隣に立った。


「ではベラ、お前さんの願いを言ってくれんかのう」


僕は拳を握り締め、思い切って言う。


「僕はー」


僕が願いを言おうとした時、前にいた皆がざわつき始めた。


「お、おい、あれって……」


その中の一人が僕の後ろの方を指さしている。


僕と村長は後ろを振り返った。


するとそこには遠くの方から猛突進で僕目がけて走ってくる大きなイノシシの見た目をした魔物いた。


「あ、あれはウィールドボア!? 何故こっちに!?」


村長がそう言ってようやく気づいた。あれがウィールドボアだ。初めて見たが、怖い。怖すぎる。あんな勢いと鋭い牙で突進されたらと考えたら意識を失いそうになる。


恐怖で立ち尽くす僕を見て村長が僕の腕をつかみ、勢いよく土台から降りた。


「皆、自分たちの家へ逃げるんじゃー!!」


村長がそう言うと、皆慌てて家へ逃げた。


僕が走っている途中でも後ろからはドドドと猛スピードで追いかけてくる音が聞こえた。完全に僕を狙っている。僕は、なんて運が悪いんだと思いつつ必死で逃げる。


家に着くや否や村長が勢いよく扉を開け、すぐ鍵を閉めた。


怯える心を落ち着かせつつ恐る恐る窓の外を見てみると見、失ったのか、ウィールドボアが家の前で僕を探している。


足の震えが止まらない。怖い。これが魔物の恐怖か。


恐怖のせいで森で両親が殺されたあの日の恐怖を思い出してしまった。


怖い、怖いんだ。でもここで逃げたら冒険者になれない。大好きだった僕の両親の仇を打つことが出来ない。そして僕を助けてくれた冒険者アドベットさんにもお礼を言えない。


僕は震える足をなんとか抑え深く深呼吸をし、村長に言った。


「僕が外に出てあいつと一対一で戦います。村長はその隙に村の大人たちを集めてください」


「お、お前さん一人では無理じゃ! ウィールドボアは凶暴で獰猛な魔物じゃ、死ぬかもしれんのじゃぞ!」


僕は安心させるように笑顔でこう言った。


「大丈夫です、僕鍛えてますから」


村長はまるで僕が別人になったかのような目で見てきたが、僕はそれを気にせず奥のクローゼットを開け、立てかけてある剣を一本手に取った。


「まさか、お前さん本当に……!」


「はい、やります。僕がやります!」


僕がそう言うと村長が僕の元へ歩み寄り、両手で僕の両肩を叩いた。


「ベラ、お前さんならやれると信じておるぞ……!」


その目は真っ直ぐで、僕のことを真に信じてくれている目だった。


「はい、村長もさっき言った通りお願いします」


「あぁ、すぐ助けるからそれまで頼むぞ、ベラ!」


僕は一度深呼吸し、扉の鍵を開け勢いよく外に飛び出した。

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