第2話 その墓に眠る者
窓から差し込む心地の良い日差しを浴びて、目が覚めた。この前の出来事をまだ鮮明に覚えている。
苦しくなる気持ちを抑えながら、まだ重たい体を起こすと、テーブルの上にあるミルクのスープが入ったボウルとパンが目に入った。
村長が見えないので、彼が僕のために置いておいてくれたものだろう。
そういえば昨日の夜からずっと何も食べていなかったことを思い出しながら、僕は吸い寄せられるようにテーブルへ向かった。
椅子に座り、その簡素な朝食を食べた。量が少ないので直ぐに食べ終えてしまった。
次に僕は洗面所へ向かった。
洗面所と言っても、錆びた蛇口と木でできたな洗面器というだけの簡単な作りのものだが、割としっかりとしているので侮れない。
僕は蛇口を捻り水を出し、受け止めるために手をおわん型にして前に出した。水が溜まっていき、頃合いを見て溜めた水を顔いっぱいに叩きつけた。とても冷たいので一気に目が覚める。
隣に掛けられているタオルを手に取り、顔を拭いた。そして
「よし、今日は泣かないぞ!」
と気合を入れ、タオルを戻した。
まだ少しお腹が空いているが、その欲を押さえ込み玄関の方へ向かった。
木の板を取っ手代わりにした簡易的な扉を押し、家を出た。
最初に目に飛び込んできたのは、何人かの村人で木材を運んでいる光景だった。今日の昼は僕の両親の葬儀がある。
少し辛い顔をしてしまったが、直ぐに平常に戻る。
僕はそこでなにか作業をしている顔なじみの男の元へ向かい、声をかけた。
「ウィーンさん、おはようございます」
「あぁ、ベラか、おはよう」
いつもの調子のウィーンさんとは違うことにすぐ気づいたが、何故かは察しがつくので聞かない。
「何してるんですか?」
「あ、あぁ、その……今日は君の両親の葬儀だろ? だからそのための準備をしてるんだよ」
「そうなんですね」
また少し胸が苦しくなるが、抑える。
「あぁ、そういえばメイヤー村長が君のことを探していたよ。何かあったのかい?」
「いえ、何もないですけど……」
昨日の口論のことについて考えたが、あの優しい村長のことだから違うだろう。僕は直ぐにその考えを消した。
「それで、村長はどこにいるんですか?」
「あぁ、広場の井戸に行くと言っていたよ。行ってくるかい?」
「はい、行ってきますね」
そう言い僕が手を振ると、ウィーンさんも手を振り返してくれた。
村の広場は村の中心にあり、さらにその中心には井戸がある。村自体が余り大きくないのでここからは歩いて二分くらいで着く。
広場に着くと、井戸に座って木の土土台を持った村長が真剣そうに作業をしていた。
「村長、おはようございます!」
僕が挨拶すると村長は手を止め、こちらを向いた。
「おぉベラ、おはよう」
「えっと、ウィーンさんが、村長が僕を探していると……」
「そうなんじゃよ。少し話があってな、まぁ立ったままもあれじゃろうから、隣にお座り」
僕は村長の左隣に座った。
「話というのは?」
「あぁ……。実はお前さんを引き取ろうと思ってな。一人じゃと何も出来んと思うじゃろうからのう。どうかのう?」
正直少し嬉しい。これから一人でどうしようかと悩んでいたところだった。
「もちろんです。よろしくお願いします!」
「あぁ、こちらこそよろしく、ベラ」
村長が嬉しそうに言ったので、僕も少し笑顔になった。
「あぁ、そういえば村長は今何をしてるんですか?」
「これはわしが前に立って喋るための土台じゃよ」
「なるほど。葬儀……ですね?」
少し軽い気持ちになったせいか、葬儀に関して少し楽に聞くことが出来た。
「そうじゃ……。前に立って司会をしようと思ってのう。そのための点検をしてるんじゃ」
「では僕になにか手伝えることはありますか?」
「おぉそれは助かる。じゃが……お前さんの両親の葬儀なのに手伝ってもらってもいいのかのう……?」
確かにやはり少しは辛い気持ちはあるが、この前ほどではない。
「いえ、むしろ手伝いたいです。僕も乗り越えないといけない壁が出来ましたから」
「そうか……。ならここを軽く叩いて大丈夫かどうか点検してもらおうかのう」
そう言って村長は持っていた土台を僕に渡し、脚と脚のつなぎの部分を指さした。
「分かりました。やってみます」
それから色々と手伝いをした。気づけばもう昼になっていた。皆も準備が出来て、広場に集まり始めていた。
「手伝ってくれて助かったよ。ありがとう」
「いえ、こちらこそありがとうございます。」
「そろそろ時間かのう……」
村長はそう言うと土台を地面置き、上に立った。
そして
「みんな〜、集合じゃぞ〜!」
村長が声をだいにして言うと、村中の人が村長を半円上に囲むように集まってきた。
僕も集まらなきゃと思い、一番前の村長の正面に立った。先程村長に、花を添えないといけないと言われたからだ。
そして村長が全員いることを確認すると、
「ではこれより、ベラ・バールの父、ファズ・バールと母、ウミン・バールの葬儀を行う!」
と言った。ちらりと横を見ると皆悲しそうな顔をしていた。
「では、ベラ・バール、この花をあそこの墓に添えてきてくれ」
そう言うと村長は向こうの野原の方を指さした。よく見ると石でできた墓が二つ並んでいた。
村長が二輪の白い花を僕に差し出したので、それらを受け取り、墓の方へ向かった。後ろから皆が付いてきた。
着いた。僕が足を止めると、後ろの皆も足を止めた。墓の前に立つと、墓にはそれぞれ僕の両親の名前が彫られていることに気づいた。
泣きそうになったが僕には乗り越えなければいけない壁がある。ここで泣いていては壁を乗り越えられない。
色々と溢れてくる気持ちを抑え、僕は父、母の順でそれぞれ花を添え、手を合わせた。
後ろの皆も手を合わせた。
どうか、安らかに眠ってくれと祈り、葬儀を終えた。
葬儀が終わり、皆が僕に声をかけてくれた。
よく泣かなかったとかこれから頑張れよなど色々言ってくれた。
その夜、僕は眠る前に目標を再確認した。
両親の復讐。
そのためには修行をしなければいけない。村長は僕が冒険者になることを反対していたので、これからはバレないように夜にこっそりと家を抜け出さ無ければいけない。更に、修行を積んだとしても、認めてもらえなければ意味が無い。
どうしようかと悩みに悩んだあげく、一つの考えを思いついた。
五年後の僕の成人の儀で、冒険者になりたい、と村長に言えばいい。
成人の儀では一つだけ村長に願いを聞いてもらうことが出来るという決まりがあった。
僕の中に再び熱い炎が燃え上がる。
これから五年間バレずに修行を積み、あの男のような強い冒険者になり魔物という存在を生み出した魔王サタンに復讐を果たすという大きな目標を自分の中で掲げた。
それから僕の五年間の隠れた修行が始まった。
村長の家にある魔物撃退用の剣を一本拝借して、夜に抜け出しては三時間ほど剣を振り続け頃合いを見て剣を元の位置に戻して眠るという、修行というよりも訓練や習慣に近いものが始まった。ある日家を抜け出す途中で一度バレそうになったことがあったが、剣を背後に隠し、眠れないから外に出るという下手な嘘で何とか誤魔化すことが出来た。
そんな生活を続け、ついに五年後、僕は十五歳の誕生日を迎えた。
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