Bera's revenge ~両親を殺された最弱の村人が冒険者になって魔王に復讐する物語~

遊津レイ

1章 ペティット村編

第1話 命の恩人

目の前で起きた惨劇に、僕は何も出来なかった。


母が悪魔の姿をした魔物から僕を庇い、その無防備な背中を汚らしい鋭い爪で切り刻まれている光景を。もう一匹の魔物によって父の首がへし折られ、糸の切れた人形のように崩れ落ちるその光景を。


次は僕の番だ。目の前で両親は死んだ。僕を守って。


抵抗する?

無理だ。僕にそんな力はない。

逃げる?

駄目だ。すぐ追いつかれる。


僕に残された選択はたったひとつ。最初から決まっていたんだ。


僕は目を瞑った。前からおぞましい気配が近づいてくる来るのを感じた。


母を殺した魔物が僕に向かって右腕を振り上げた。

そしてー




[ガキンッ]


「え?」


僕は戸惑った。絶対に死んだと思った。でもそんな思考は、目の前の金属音によってかき消された。


恐る恐る目を開けるとー




そこには、純白の鎧を着た一人の男が立っていた。男が魔物の攻撃を剣ではじいたのだ。


「キシェェェェッ!」


攻撃を弾かれた魔物が興奮し、もう一度右腕を大きく振りかぶり、男に向かって全力で走ってくる。


すると男も剣を大きく振りかぶり、迫り来る魔物を待ち構えている。そして


「一閃斬り!」


男はそう叫び、剣を振り下ろした瞬間、大地ごと魔物を斬った。


その光景は、僕には奇跡にしか見えなかった。


後方にいたもう一匹の魔物が、逃げようとした。すると男は左腰に付けていた鞘に剣を戻した。柄を握りながら。


そして腰を落とし、右手で柄を強く握り、構え、そして


「空間斬!」


再び男は叫び、剣を真横に振った。刃状の閃光がもの凄い速度で魔物に迫り、そして空間ごと斬った。




死んだ。死んだのだ。さっきまであんなにも恐れていた魔物が、こんなにも一方的に、あっさりと。


「大丈夫か? 少年」


剣を鞘に戻しながら、男は冷静に言った。


「は、はい……」


僕はまだ呆気に取られていた。現実ではないような錯覚に陥っていた。当然だ。奇跡が二度起きたのだから。


「君の両親を守れなくてすまなかった」


僕はその言葉ですぐさま現実に戻った。すると僕の中で何かが弾け、涙が溢れ出てきた。


「父さん……母さん……」


僕は泣きながら両親の姿を思い出す。今までの楽しかった思い出を。無残に殺されたその姿を。


僕は泣きじゃくっていた。ずっと、ずっと。


その間も、男は横で僕の背中をずっとさすってくれていた。カチャカチャと金属と金属が当たる音が聞こえていたが、それが僕には何故だか優しさに聞こえた。




何時間が経っただろう。やがて僕は泣き疲れ、急に睡魔に襲われた。そして僕は男に見守られながらゆっくりと、確実に眠りについた。







目が覚めると、僕はベッドの上で横たわっていた。妙な違和感を感じた。しかし僕はその違和感の正体に直ぐに気づいた。これが、僕がいつも寝ているベッドではなかったからだ。


「おぉ! やっと目が覚めたかベラ!」


僕の名前が呼ばれた。僕はまだ重たい体を起こし、声がした方向を見た。するとそこには杖をついた一人の老人が立っていた。僕はその人を知っていた。


「メイヤー村長!」


そう、この老人が僕が住んでいる村の長、メイヤー村長だ。


「ずっと目が覚めないから心配したぞ」


「僕はどのくらい寝ていたんですか?」


「まる三日じゃ」


嘘のように聞こえたが、本当なのだろう。僕に疲労が一切ないことが、それを証明してくれていた。


全部夢だったんだ。悪い夢だったんだ。そう思いたかったが、次の言葉でそんな淡い期待がかき消された。


「お前の両親は……残念じゃった……」


やはり夢ではなかった。分かってはいたが、現実を突きつけられると苦しい。


「辛いとは思うが、あの時お前さんに一体何があったのか教えてくれんかのう」


メイヤー村長はそう言うと、僕が寝ているベッドの真横にある椅子に腰を掛け、真っ直ぐに僕の方を見た。その目はどこか切なそうだった。




僕は覚えている限りのことを全て話した。

昼に両親と三人で森へピクニックに行ったことを。その帰り道で、二匹の悪魔の姿をした魔物に襲われたことを。そして、一人の男が僕を助けてくれたことを。


僕は話し終えると、また涙が溢れてきた。どんなに辛くてももう過去は戻らない。そんな辛さが、僕の涙腺を壊しにかかってくる。そんな僕を見て村長は僕の背中をさすり、言った。


「そうかそうか。辛かったのう」


また泣いた。自分でも情けないと思ったが、子供だということを言い訳に泣いた。しかし今度は直ぐに泣き止むことが出来た。


「ありがとうございます、村長」


「いやいや、礼には及ばんよ。礼ならお前さんをここまで運んできてくれた彼に言って欲しかったのう」


村長の口から出た、彼という単語には直ぐにピンと来た。


「あの人が、僕を……?」


「あぁ、そうじゃ。お前を抱きかかえてわしの家まで来たんじゃ。一体何が起きたのかわからなかったよ」


「それで、その人は?」


「彼はお前さんをベッドまで運ぶと、直ぐにどこかへ行こうとしたんじゃ。だからせめて名前でもと、聞いてみたんじゃ」


胸の鼓動が高鳴る。僕もあの男が誰だか気になっていた。命の恩人だから。


「その人の名前は?」


「アドベット・ヘイロー。彼はそう応え、どこかへ行ってしまったんじゃ」


聞いたことはなかったが、確かに胸に刻まれたような感覚がした。アドベット・ヘイロー。僕の勇者。


その時、僕の中で突然何か熱い感情が湧き出てきた。僕はその感情の名前を知っている。


怒りだ。


僕の中には両親の復讐しかなかった。しかし復讐しようにも、相手はもう殺されている。ならどうすべきか? 答えは直ぐに導き出された。


あの男、アドベット・ヘイローのような強い冒険者になり、この世界に魔物というおぞましい存在を生み出した、[魔王サタン]をこの手で殺せばいい。僕はそう決めた。


「アドベット・ヘイロー……。教えてくださりありがとうございます。ところで村長、話を聞いて貰ってもいいですか?」


「なんじゃ?」


僕はここで村長に話す。冒険者になりたい、と。


「僕、両親を殺した仇を、復讐をしたいです。だから僕、冒険者になります!」


「ならん! 絶対にならんぞ!」


凄い迫力で村長は言った。まさかの返答だった。村長なら良い返事をしてくれると思っていた。しかし結果は正反対のものだった。


「お前さんは絶対に冒険者にはなってならん!

このわしらの村、ペティット村の今の状況をわかっているだろう!?」


ペティット村。それが僕が住んでいる、そしてかつて両親と住んでいた村の名前だ。


「わしらの村は今存亡の危機に迫っているのじゃ!人口はもはや五十人にも満たない……。だからお前さんは冒険者という死と隣り合わせの危ない職業にはなってはならんのじゃ!」


事実そうだった。僕の住んでいるペティット村は近々地図から消えてしまうだろうと、王都では噂されていた。しかもら王都から離れた領土ギリギリの辺境の小さな村に、興味すら無い人も多くはなかった。





それから僕は村長と二時間ほど口論した。

色々話し合った。冒険者になってやりたいこと、村の存続などなど。

しかし努力虚しくついには村長を説き伏せることは出来なかった。


「お前は冒険者になってはならんのじゃ。分かったか?」


「分かりました。村長……」


「分かったらもう寝るんじゃ。明日は早いぞ。昼にはお前さんの両親の葬儀をするからのう。早く寝るんじゃぞ」


「分かりました……」


僕の返事を聞くと村長は部屋を出ていった。


僕はまだ諦めていない。さっきは渋々了承したが、絶対に諦めない!絶対に冒険者になって、復讐してやるんだ!


そう決意を固め、僕はゆっくりと眠りについた。

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