第7話 ようこそ女子高等工科学校へ!⑤
コンコン。
遠慮がちなノックが聞こえ、みんな一斉にドアの方を見た。
「どう?準備は出来てる?そろそろ教場に向かうわよ…って、あなた達どうしたの?」
迷彩服から制服に着替えていて一瞬誰だか分からなかったけど、この声は四ノ宮班付だった。
四ノ宮班付の登場で桐村さんが三田さんの胸ぐらを離すかと期待したけど、桐村さんは焦りもせず掴んだまま。それが目に入ったのか、四ノ宮班付は、
「桐村生徒。なぜあなたは三田生徒の胸元を掴んでるのかしら?なにか理由があったら教えて頂戴?」
と、特に驚いた風でもなく笑顔を崩さず聞いていた。
「…別に」
「別に?それは答えになってないわね。花澤生徒、あなたは知ってる?」
質問の矛先が私に向けられ、一瞬戸惑う。
「あ、えーっと、なんか、三田さんが高山さんに」
「三田生徒に高山生徒」
「あ!すいません。三田生徒が高山生徒に、色々手伝おうとしたらしいんですけど、高山生徒が嫌がってて。それを見かねた桐村生徒が注意したら、三田生徒も反発して、それで桐村生徒も…」
「頭に来て三田生徒に掴みかかった、と」
ふー、とため息をしながら腕組みする四ノ宮班付。桐村さんの気迫が全然通じてないみたいだった。
「二人とも、花澤生徒の言った経緯で間違いない?」
三田さんも桐村さんも、お互いにらみ合ったまま否定はしなかった。
「そう、事情はよくわかったわ。でも今は時間がないから、みんな廊下に集合してくれないかしら?
横谷さんも高山さんも、そしてあの二人も頭の上に?マークが浮かんでいる顔をしていた。ヤバい!二人が揉めていてすっかり頭から消えていた。
「四ノ宮班付。すいません、私、言い忘れてました」
「言い忘れてました?」
四ノ宮班付のこの一言で、部屋の空気がさっきより重くなったように感じた。
それは他のみんなも感じたようで、横谷さんも笑顔が消えていた。
私も思わずゴクリと息を呑んだけど、四ノ宮班付は一度上を見てから
「まぁいいわ。桐村生徒、もう時間もないから三田生徒を離して頂戴。あなた達も、制帽持って外に集合よ」
と、私たちを急がせるので、言い忘れの件はこれで終わったと少しホッとする。
みんな手に制帽を持って部屋を出ようとしてる中、桐村さんはまだ三田さんを掴んだままだった。
その腕に、制帽を被った(少し斜めってるけど)高山さんがそっと触れて言った。
「な、なあ桐村。もうクソビッ…じゃなくて、三田のこと許してやってくれないか?
わたしはもう気にしてないし、ほ、ほら、もう集合時間だし」
目に涙を潤ませながら説得する高山さんに、桐村さんはじっと見る。三田さんはというと、高山さんに許してもらえて少し安心した表情だった。
これで一件落着…かと思いきや、
「悪りぃな高山。それでもあたしはこいつを許さねぇ。お前が許してもあたしは許さねぇ。元はこいつがお前に絡んだのが始まりなんだから、こいつから謝罪の言葉が出るまであたしは許さない」
桐村さんそれは少ししつこすぎでは!?
また、部屋の空気が重くのしかかった所で、「それでは、話が変わってしまうわね」と四ノ宮班付が高山さんを押しのけて桐村さんに近づいた。
「桐村生徒。あなたは当初、高山生徒のために怒ったのだけど、私はこれを『仲間思いの形のひとつ』だと思っていたのよ。でも、その高山生徒が三田生徒を許してるにも関わらず、あなたは許さないと言った。これって、もう仲間を思って、じゃあないわね。ただの私怨よ」
「私怨ね。で、どうするんすか四ノ宮班付。佐伯班長でも呼んできますか?それとも、あんたにどうにか出来るんすか?」
「佐伯班長を呼ぶまでもないわ」
そう言うと四ノ宮班付は桐村さんの身体に手を伸ばす。そして、なんと制服の上着に手をかけ、前面ファスナーを下ろし始めた!
「!?な、なにしてんだよ!」
「え?見てわからない?ファスナーを下ろしてるのよ」
「は!?わけわかん…ねぇっての!」
空いている左手で四ノ宮班付を押しのけようとするが、四ノ宮班付は右手側にいるので避けられてしまう。
桐村さんの左手が空振るたびに掴まれたままの三田さんは大きく揺られていた。
「ほら、早く離さないと、次はワイシャツよ」
「!?」
いつの間にか制服の上衣のボタンは全て外されていた。桐村さんの顔はさっきまでのいかつい顔はどこへやら、今は恥ずかしくて顔を真っ赤にしている女の子に戻っている。
「桐りん。今の顔イイよぉ☆かわいいかわいい」
ニヤニヤしながら写メをパシャパシャ撮る横谷さん。
「て、てめぇ!」
「あっとー。わたしに構ってると、四ノ宮班付がボタン外してっちゃうよ~」
3つ目のボタンに四ノ宮班付が手をかけるところで、桐村さんは漸く三田さんを離した。三田さんは2歩ほど下がると、掴まれて乱れた制服を直している。
「だ、大丈夫かビッチ三田?」
高山さんが駆け寄り、制帽を手渡す。
「あ、ありがとう、高山生徒…。ごめんなさい、私もしつこかったわね」
「あ、うん。あれはちょっと引いた」
「ははは…」
「だから、手伝ってほしい時はあたしから言うから。その時は…その…お願い」
三田さんは照れくさそうに鼻を触り、「任せて頂戴」と胸を軽く叩いた。
桐村さんは四ノ宮班付の攻撃?が止んだので、慌ててボタンを留めなおすと、制服を拾い上げ袖を通す。
「うん、横谷生徒の言う通り、今の表情がかわいいわよ、桐村生徒」
「う、うるさい!ひ、人の服を脱がそうなんて…変態かあんた!」
「人のことを変態だなんて。これが一番の平和的解決だと思ったから実行したまでよ。他に解決手段はあったかしら?」
確かに、誰も怪我をしていないしさっきまでの殺伐とした雰囲気も消し飛んだ。
これしか手段はなかった…のかな?
「おーい、何やってんだよ。もう集合時間すぎてるぞ」
豪快にドアを開けて小此木士長が入って来た。壁に掛けられた時計を見ると、すでに13時30分を回っていた。私たちは慌てて廊下に飛び出した。
「そっか。桐村と三田のケンカに四ノ宮が仲裁に入ったのか。まぁ誰も怪我しなくて良かったよ」
3階にある教場まで向かう途中、私は小此木士長に「遅れた理由を佐伯班長に報告しなきゃだからさ」と言われ、事の顛末を掻い摘んで説明した。大事にならなくて良かったと安心した表情の小此木士長は、桐村さんに一瞬だけ視線を向ける。
「桐村も四ノ宮に殴り掛からなくて良かった」
「ほんと、そうですよ。あの時は四ノ宮班付にまで掴みかかるんじゃないかってヒヤヒヤしました」
「はは、そっか。班付が着校日当日に生徒をフっ飛ばしたなんてなったら、シャレにならんもんな」
え?四ノ宮班付がフっ飛ばされるでなく?私が不思議そうな顔をしてたのに気づいたのか、小此木士長は少し真顔になる。
「四ノ宮が桐村の制服を脱がしにかかったのは、アイツなりの平和的解決方法だったんだろうよ。もし取っ組み合いになったら、ケガをするのは四ノ宮じゃなくて桐村だからな」
「っと、そうなんですか?四ノ宮班付って、どっちかっていうと雰囲気が暴力とかもめ事とか縁がなさそうっていうか」
「あぁ、今はな」
何かを言いかけた途中で、教場に着いてしまった。教場には既に他の班が並んでいて、私たちの並ぶところだけ間隔が空けられている。
「ほら、モタモタするな!」
制服姿の佐伯班長が羊飼いのように私たちを追い立て、あっという間に並ばされてしまった。小此木士長はスッと佐伯班長に近づいて何かを話している。さっきの事を報告してるのかな?
「1区隊1班総員13名事故なし現在員13名、集合終わり!」
先頭の佐伯班長がそう言って敬礼をする。班の並び方は佐伯班長の後ろに四ノ宮班付、小此木班付が横並びになっていて、二人の班付の後ろに私たちが並んでいる。
他の班も同じような並び方だ。
「あの前に立っている人、偉い人かな?佐伯班長とあまり歳が離れてなさそうだけど」
後ろの佐藤さんが囁く。うーん、佐伯班長が着ている制服とあまり違いはないけど、なんだか金色のピカピカしたバッチが目立つ。そしてどちらかというと佐伯班長より少しだけ幼そうな印象。
「あの階級章は2等陸尉だね。恐らく佐伯班長の上官にあたる人じゃないかな?」
「すごいね井上さん。階級章なんて見てわかるの?」
「はは。実は地本の広報の方に色々聞いたんだ。その時に階級章の事も教えてくれてね」
へぇ~、私なんかいつから外出できるのかくらいしか聞かなかったよ。
「あなた達、静かに」
後ろを少しだけ振り向いて、四ノ宮班付が注意する。みんな口をつぐんで背筋を伸ばす。2等陸尉の女性自衛官は、マイクに軽くフッと息をかけ、私たちを見た。
「休ませてくだ…え?あ、基本教練はまだ?あわわ、そ、そうでした!」
横にいた女性自衛官が耳打ちした途端に急にテンパりだした。
「え、えっと、わた、私は皆さんのく、区隊長を務めます、そ、反町と申します。お、親元をはな、離れて寂しいのかもし、知れませんが、私がお、親だと思ってなん、なんでもそ、相談してくれて大丈夫でしゅ!」
大丈夫でしゅ!て…。噛んじゃってるし。親だと思うにも、あまりに若すぎて難しいよ。『頼りないお姉ちゃん』ならしっくりくる。けど、とても相談できそうにない。
てか私から佐伯班長の背中が見えるんだけど、顔は見えないけどめっちゃ大きく肩が上下に動いてる。深っかいため息。
「じゃ、じゃあ各班の班長、班付。そ、それに事務室要員の隊員も紹介しますね」
反町区隊長がわたわたと後ろに下がると、ずっと耳打ちをしていた女性自衛官がスッと前に出て紹介を始めた。
その後、これから入校式までの日程を説明されて解散となった。この1週間のあいだに基本教練っていう敬礼とか行進の仕方と、駐屯地内の案内に授業開始の準備、健康診断に各関係部署への挨拶etc。
入校式までのんびり出来るかと思ったけど、そうはさせないのが自衛隊っぽい。
居室に戻る途中、桐村さんが三田さんを呼び止めていた。まさか、さっきの続き?と思ったら、「赤宮さんも」と、一緒に来てくれと頼んでいた。
赤宮さんがいるんだったら大丈夫かな?
私が自分の居室のドアノブを握ったところで、
「あ、そこの…誰だっけ?」
と、声を掛けられた。名前は覚えてくれてないけど、視線は私を捉えていた。
「その、あれだ。騒がせてしまって悪かった。三田、ごめんな」
三田さんは深々と頭を下げる桐村さんに驚いてる様だった。
「桐村さんは、なぜ私が高山さんに世話を焼くのが気に入らなかったんですの?」
「それはな…」
高山さんをチラリと見ると、少し顔を赤らめながら言った。
「あたしの妹に似てるんだ、高山が。なんていうのかな、ウチの妹はあたしにベッタリで、学校から帰ってくると『ろっかちゃん、おかえり♡』ってお迎えしてくれたりしてね」
話してる間、桐村さんの顔は緩みっぱなしだ。先ほどブチ切れた人と同じとは思えない。
「あたしもそんな妹が超好きなんだけど、だからかな。お前が高山に付きまとってるのを見て、妹が絡まれてるみたいに思えてしまってな。だから、ごめん!」
叩くように両手の平を合わせて桐村さんが申し訳なさそうに謝る。三田さんは少しオロオロしたものの、
「本当にビックリしましたわ。同性からあんな風に凄まれたのは人生初でしたわ。けど、理由を聞いてなんか羨ましいなって思った」
「羨ましい?」
「ええ。私、一人っ子だからそういう姉妹のやり取りに憧れてる所もあって。高山さんと妹さんを重ねるとか、それって本当に仲が良くないと出来ないでしょう?だから、そこまで大事に思える妹がいて羨ましいなって」
そう言って三田さんは右手を差し出す。
「この件はこれで終わりですわ。今度、妹さんを紹介してくださいまし」
「あぁ!わかった!」
二人は固い握手を交わすと、和やかな空気が流れた。横谷さんから事情を聞いていた赤宮さんは、二人を見てやれやれといった感じ。横谷さんは「青春ですなぁ」とスマホを取り出して二人を撮り始めた。
と、当事者の高山さんは安心しきった表情で二人に近づいた。
「お、お前ら、仲直り出来て良かったな」
「あぁ、高山には本当に申し訳なかったな。もうあんな事はしねぇよ」
妹さんにしてるように、なのか、高山さんの頭を優しく撫でる。なんだか本当の姉妹みたいだ。高山さんも少し恥ずかしがっている。
「ねーねー桐りん。妹さんって、歳いくつなのぉ?」
「歳?あぁ、小5になったばかりだ。やっぱ歳の離れた妹はかわいいって言うかさ」
再びにやけ顔の桐村さんの横で、高山さんはビクッと反応した。
「なあ桐村。わたしと似てるっていう妹って、小学生なのか?」
「おぉ!背はお前より少しだけ低いけど、去年は学級委員なんかやってしっかりものでな」
「あほ!ばか!ボケナス!わたしは小学生じゃない!ジョシコウセイだ!お前なんかキライ!ふん!」
散々悪態を吐くと高山さんはぴゅーっとどこかに行ってしまった。そのあとを赤宮さんが追いかける。
「えぇ…、何故?」
「貴方、私が自己紹介の時にやらかした事をもう忘れたの?」
「あ!!」
思いっきり肩を落とす桐村さんの姿を、
「これはこれで☆」
とにやにやしながら写メ撮る横谷さんパネェなって思った。
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