第6話 ようこそ女子高等工科学校へ!④
佐伯班長が三田生徒に「言葉はもっと選んで話すように」とお説教し終わると、「じゃあ、最後」と自己紹介の続きを促した。
「あ、はい」
スッと立ち上がったその女の子は、どこか私たちより大人びた顔立ちをしていた。
桐村さんと同じくらい、落ち着いた雰囲気がある。
「神奈川から来た
ペコリとお辞儀をすると、呆気にとられてる私たちに佐伯班長が説明を始めた。
「本人が言った通り、赤宮は一般の高校に通っていたんだが女子工に入りたいって事で君たちと同じように受験して、合格したのでそれまで通っていた高校を中退してウチに入学してきたんだ。因みに、横須賀の工科学校にも毎年少なからず赤宮みたいに一般高校を中退して入ってくる生徒がいるらしい」
へぇ~、一同感心したような声を上げる。1コ上だったら、この落ち着いた雰囲気も頷ける。でも、中退してまで
「これで全員の自己紹介は済んだな」
佐伯班長は軽く手をたたくと立ち上がり、二人の班付きを招き寄せる。
「以上、10名は第1区隊第1班の班員として1年間、共に学校生活を送ります。普通の高校生と違い、同級生と朝から晩まで24時間ずっと一緒に過ごすのだから、当然今までと違った悩みとか出てくると思います。
もし、何か困った事があったら彼女らか、私にでも気軽に相談して下さい。直接相談しづらくても、あとから支給されるタブレット端末にはメール機能も付いてるから、メールでのやり取りでも構いません。とにかく、内に秘めておく事のないように」
それと、と佐伯班長が二人の班付きに手渡すと、何かを配り始めた。
「生徒同士のトラブルは我々に相談してくれればいいけど、私たち指導する側に問題があった場合は誰に相談したらいいか?その時は、今配ったカードに記載されているメールアドレスに直接メールして下さい」
配られたカードには、(パワハラホットライン)と書かれていて、メールアドレスがそれに続く。
「パワハラですか」
小此木班付が苦笑いで佐伯班長に聞く。勝手なイメージだけど、一番危なそうな感じがする。小此木班付の場合。
「これくらい当然だ。彼女たちの場合、今まで会ってきた大人たちとは全然違うタイプの大人と接するようになるんだ。我々が普通と思っていても、彼女らにとっては違和感のあることもあるだろ。そういう時は我々以外の機関の方が相談しやすいだろう」
佐伯班長の話を聞きながらカードを裏返すと、また別のメールアドレスが書いてあった。
「佐伯班長。裏に別のメールアドレスが書いてあるんですけど」
「あぁ、それは学校長の敷島1佐のメールアドレスだ」
「「「学校長!!」」」
これにはみんな驚いた。さっきまで感心なさげにカードをペラペラしていた桐村さんも「え!?」って顔をしている。そりゃそうだよね。校長先生のメアドなんて普通教えないよ。
「敷島1佐は本気で君たち生徒と関わりたいと思っているらしい。本人曰く『相談だけじゃなく日常の事でもいいから軽い気持ちで、ツイッターでつぶやくようにメールしてくれ』だそうだ」
小此木班付は『ありえない!』って表情。四ノ宮班付きはその表情をただただ笑顔で見ている。なんか怖い。
「さっきも言った通り、横須賀の工科学校とは一線を画す学校にしていくと敷島1佐は仰っていた。このメアドだけでなく、他にも驚かされる事もあるだろう。実際、我々も驚かされることが多い」
小此木、四ノ宮両班付がウンウンと頷く。何があったのか気になる。
「これから1年間、よろしく頼む」
自己紹介の後、私たちは制服類一式が支給され、名札の縫い付けをするよう四ノ宮班付から言われた。
「次の集合までネームを戦闘服や体操着に付けてて。別に時間内に終わらなくても大丈夫よ。昼食は食堂で、親御さんが来てる生徒は一緒に食べて大丈夫。あ、この時には制服に着替えるから、ネームプレートは付けておいて。付ける場所はこの紙に書かれてるから間違えたりずれたりしないでね。何か質問ある?」
何人かが首を振るのを確認すると、「じゃ、私と小此木は事務室にいるから、なにかあったら呼んでね」と言って出て行った。
「わたし裁縫苦手だなぁ」
佐藤さんがぶつぶつ言いながら戸棚から裁縫セットを取り出した。
「私も苦手。ゼッケンだっていつもお母さんに縫ってもらってたもん」
「みんなそうだよ。針の穴に糸を通すのだって、家庭科の授業以外じゃやらないでしょ?」
「私は自分でやってるわ!」
みんなが声の主に視線を集める。隣の部屋の三田さんだ。
「いつの間に入って来たんや、えっと…
「
伊瀬さんが面倒くさそうに相手する。
「そうやった、三田さんやったわ。で、何の用?」
「私は自分で縫ってるわ!」
「それさっき聞いた」
「もう自分の分も縫い終わったの!」
「へぇ、そらすごいでんなぁ」
「だからこの部屋で裁縫が苦手な人がいたら、この私がお教えしようと思って来てあげたの。さ、誰か困ってる人は?」
「ちょい待ち三田さん。そんなに教えたかったら自分の部屋の人に言えばいいじゃん。なんでわざわざウチに来るのさ?」
不機嫌そうに佐藤さんが質問する。すると三田さんの顔が少し曇り気味になる。
「あっちは赤宮さんが買って出たのよ。『こういう時くらいしか年上らしい事出来ないかもけど』とか言って。教え方も上手いから、みんな赤宮さんの周りに集まって」
三田さんは俯いてしまい、聞いた佐藤さんも気まずくなったのか、私たちに視線を合わせようとする。すると伊瀬さんが軽いため息の後、
「あー、三田さん?あたし縫いもの苦手やから、ちょっと教えてくれへん?」
「も、もちろんよ!」
一瞬にして復活した三田さんは伊瀬さんの横に座り、糸の通し方から説明し始めた。神崎さんは本当に裁縫が苦手なのか、手に針と糸を持ちながら二人の間から説明を聞いている。
私と佐藤さんは顔を見合わせ、
「じゃ、私たちも教わろっか」
裁縫セットを持って三田さんのそばに行った。
「あら!素敵な制服じゃないの!写メ撮るからちょっとバック持ってて」
食堂の前で待ち構えてた母は、制服姿の私を見つけると恥ずかしいくらいにはしゃいでいた。袖の縁が真紅色の詰襟で、タイトスカートは初めて着るのでなんだか(着せられてる感)がする。
「ちょ、お母さんやめてよ恥ずかしい。写メなんて誰に見せるのよ」
「え、普通にインスタにアップするだけだけど」
「お願いほんとにやめて!」
佐伯班長からは、撮影は良いけどSNS系へのアップロードは「絶対にダメだ」とキツく言われている。
『女子高等工科学校はただの女子高と違い、世間でも見る目が違う。中には平和を求めるあまり廃校を訴える人間もいる。そしてその中には君たち生徒のプライベートを暴こうとする人間が、いないとは言い切れない。だから不必要な写メのアップはやめておけ』
佐伯班長から言われたことを伝えると母は渋々スマホをバックにしまった。やれやれ。
食堂の中はかなり広かった。
四ノ宮班付が「今はあなた達1年生だけだけど、2年後には全学年が揃って千人近くがこの食堂を利用することになるの。だからこれくらいの広さは必要なのよ」と高山さんに説明している。
高山さんは目をキラキラさせながらお盆を持って歩いていた。そのすぐ横にはご両親がいて、父親は何かの兵器か?って思わせるくらいデカい一眼レフのカメラで愛娘を盗撮…じゃなくて撮影をしていた。こわっ。
昼食が済むと、ここで母とはお別れとなる。次に会うのは1週間後の入校式だ。
「入校式はお父さんと来るからね。もしそれまでに『もう無理!』と思ったら、すぐに電話してきなさいよ。『頑張れ!』って応援してあげるから」
そこは「帰っておいで」じゃないのかよ!ってツッコミをして母を見送った。
部屋に戻る途中、小此木班付に呼び止められた。
「
分かりました、と隣の第2営内班のドアに立つ。軽くノックし、ドアノブを握った瞬間、「いい加減にしろっつってんだろ!」と怒鳴り声が聞こえた。
恐る恐る開けると、鋭い目つきをした桐村さんが誰かの胸ぐらを掴んでいる。三田さんだ!胸元を掴まれて、三田さんは苦しそうな顔をしているが、目はしっかり桐村さんに向けている。
「あ、貴方には関係ないでしょ!?何をそんなに怒ってるの?」
二人のすぐ手前には高山さんがオロオロしていて、そこから少し離れた所には横谷さんがニヤニヤしながら成り行きを見守っている。
「高山が嫌がってんだろ。もう放っとけよ!」
「わ、私は高山さんに何かお手伝いできればと」
「それが本人嫌がってんじゃねーか!」
桐村さん怖い。こんなにキレてる女子を、私は今まで見たことがなかった。私の通っていた中学にも不良と呼ばれる生徒はいたけど、幸いにして縁もゆかりもない人たちだったので接点もなかったから。
「横谷さん。これってどういう状況なの?」
場の空気に似合わない、まるでバラエティ番組を見てるような笑顔でいる横谷さんは、「あぁ、これねー」と説明を始めた。
「それがさぁ、三田ちゃんがほなみっちに構いすぎててねぇ。三田ちゃんは善意でほなみっちの手伝いを買って出るんだけど、ほなみっちは『いい!』っつって断ってたんだよねぇ。それを見かねた桐りんが三田ちゃんにキレて」
「で、今に至る、か。赤宮さんは?」
「赤宮の姉御はまだ両親の見送りから戻ってないのよ」
「そうなんだ。で、なんで横谷さんはこの状況を笑ってみてるの?」
「え?だって面白くない?一人のために二人が争ってるのって、なんかのドラマみたいでさぁ」
面白い?争っているのが?横谷さんやっぱ変。
当事者の高山さんは、二人に声をかけようとするが桐村さんの圧が強すぎて近づけないみたいだった。
「もう引けよ。お前のお節介が迷惑だって本人が言ってんだからさ」
「高山さんからは一度も『やめて』って言われてませんわ!」
「…お前わかってねぇな」
さらに部屋の空気が重くなる。相変わらず横谷さんはニヤニヤしたまま。
高山さんはもう泣きそう。私もだけど。
誰か、なんとかして!
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